二章 二話


その日のうちに俺は松永家に与えられた自分の屋敷に戻った。久秀に言われた任務を遂行するための準備をするからだ。屋敷といっても他の家臣のように広くはなくとてもこじんまりとしている。俺を慕う家臣も俺と愛しあう妻も家族もいない。二十代にもなってまだ嫁も子供もいない。周りからどう思われてるのかは大体察しがつく。が、俺の仕事、暗殺者としては独り身の方がなにかと都合が良かった。任務より大事なものが一つ減る。寂しさも不安もないまま身体中に武器を仕込んだ。両手首に二又の小刀"音叉おんさ"を、伸ばした爪を模した剃刀かみそり、針を束ねたものを二の腕に敷き詰め鎧にする。足首には鉄でできたつなを、懐には普通のあみ、他にも投げ苦無くない、大きさがまばらな焙烙ほうろく玉、など全身をありとあらゆる武器で身を固める。武器がなくて戦えないことがないように、囚われても抜け出せるようにと理由はさまざまだ。動きやすく調整もしてあるし動くたびにチャキチャキ音が出る心配もない。伊賀忍 い  が  にん直伝の鎧だ。


着々と準備を進めていると屋敷に人が近づいてくる。気配を察知し刀に手をやる。が、ただの杞憂だった。作業に戻ろうとすると、

「おや?まだいらしたのですか?もうすっかり信長を殺しにいっているものと」

いつもの鼻につく物言いをする。

「流石、耳が早いですな、飯田はんだ殿?」

わざと飯田殿を強調していった。

飯田基次はんだ もとつぐ。松永家に来てから仲良くなった新参者同士だ。

「おいおい!他人行儀すぎるだろ!」

親しい奴に敬語を使われるのが嫌いらしい。

「お前が鼻もちならない言い方をするからだろ」

「なんだよ、そんなキレてんのかよ。悪かったって」

そう言いながらちまきを差し出す。

まあ、実際そんなキレてるわけじゃない。

お前と同じ態度を取っただけだ。そう言いかけたがギリギリで止めた。言いすぎる。

そんな気を使った葛藤を尻目に飯田はズカズカと縁側に座り粽を食べ始めた。多分言ったとしても怒ったりはしないだろう。彼の無頓着な性格に癪だが感謝をする。自分の隣に座れとペチペチと縁側を叩いている。

俺も作業を止め、飯田の隣に座り粽を受け取り笹を剥いた。あれ俺、犬みたいじゃね?

真っ白な粽を口に頬張り味のしない味を噛み締める。

急に飯田の言葉が喉につっかかる。


——「信長を殺しに行っているものと」——


「なぜ、俺が信長を殺しに行くことをお前が知ってんの?」

ガダガタッ

「ゴホッゴホッ」

鼻もちならない態度に気を取られすぎて気づくのに時間がかかった。久秀に言われた時は二人きりだったはず。問いただすように声を落とした。俺が苛立ってるのも意に介せず

「ん?あぁ。お前だけ天守から出てくんのが遅かったからなんかそういうこと話してんのかなーって」

両頬に粽をパンパンに蓄え喋りづらそうに喋る。もしやこいつは松永の情報を流しているかもと疑った。しかし、これ以上追求するのはやめた。多分、怖かったからだと思う。友を疑って関係を壊すのが。


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飯田基次はんだもとつぐ

松永家家臣。なんか全然検索しても出てこない。信貴山城の戦いの開戦時に織田勢を寡勢で蹴散らしたとしか出てこないからこの物語に最適な人。彼がこんなに日の目を浴びるのもここだけでは?でも、親戚とかは色々出てくる。筒井家家臣時代もあったらしい?

描いてる時は「いいだ」と描いてました…


【焙烙玉】

壺の中に火薬を詰めた、いわゆる手榴弾

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