一章 七話

突如、頭のクラクラが治った死体が覆い被さる。なんとか割れた短い鞘を口に咥えさせ防御するので精一杯だ。

自分を守るとなれば力が発揮するのかもしれない。


先に行く勇気がなかったのか一人が襲いに行くと今度は我先にと一斉に襲いかかってきた。

周りから他の死体が上に重なり横から手を伸ばしたりして、俺の上に死体の山ができている。しばらくは押し押されの攻防が続く。


もうだめだ。腕の力が抜け始めた。プルプルしてる。鞘は死体の歯に当たりガタガタ音が鳴る。

死体はそれを楽しんでるかのように笑う。その余裕綽々よゆうしゃくしゃくな目をみて俺はいま生物としてこいつに負けていると実感した。勝てない。もう死のう。俺の人生は素晴らしかった、後悔はない!ろくに過去の思い出の一つも見ずにそう誓い力を抜く。人生最後、俺は俺を騙した。


ーー「たすけてぇえ!」

何度も見たあの"見たくない光景"泣きじゃくり手を伸ばす妹。ーー




「…っ!」

俺も抵抗も出来ず死ぬのか?くそが!

心の底から熱い悪魔のような感情が芽生えた。

「うぉおぉお!!」

憎たらしい顔、憎たらしい目、憎たらしい思い出。

「ああぁああー!!」

くそくそくそくそくそ!くそが!消えろ!

頭の中ではあの場面が何回も繰り返して蘇ってくる。


ーー

「やだよ!このままじゃ死んじゃうよォ!」

妹は痛いだろうに赤く腫れた目を細め、笑顔で囁いた。


「生きて…!」

ーー


「うらぁああぁあ!!!」

気づけば目の前にいる死体の目には余裕などなく体勢も押し返していた。口から鞘を引っこ抜き頸へ割れて殺傷力が上がった鞘を突き立てる。

「がひゅ…」

喉から破裂した音が漏れる。しかしこれでやっと一人片付けられた。全力で。

あと三十人ちょい。鞘を失った俺には闘争心はあってもなす術はない。餌と餌に群がる野獣の関係になっていた。まだ左足は扉に挟まれたまんま。絶望しかない。

「ふふ」

よっしゃ、やってやる!

パシン!自分の掌を殴る。なぜか俺の胸はくすぐられたように心地よかった。


「ジュアァ…」

倒れてる俺のすぐそばに燃える焚き火の中へ左手を突っ込む。肉の焼ける音と共にたたら場と同じ匂いを感じる。しかしなぜか熱さは感じなかった。適当に火の中で燃える薪を掴む。薪は紅く燃えずっと俺の手を焼き続けている。

「うぁあ!」

薪を肩が抜けるような速さで力強くぶん投げる。煙は虹のように弧を描きながら空を舞う。死体は流れ星を見た少年のように薪を目で追う。そのまま星は死体が入ってきた戸の外へ落ちる。

「うぁあ!!」

一斉に死体は戸の外へ向かい始めた。やはり火に何かある。

思惑通りことが運びそうだ。


狙い通り死体は何十人も一斉に狭い戸を通ろうとするのでつっかえてる。

よっしゃ!この隙に左足を倒れた扉から救い出す。さっきは音を立てないようにすることを念頭に置いていたから抜け出すことは失敗したが今は違う。全力で助ける。

「バダン」

思ったよりも大きな音が鳴る。右足を立て、本腰を入れ扉を持ち上げなんとか抜け出せた。その扉を離した時に

「ガダン」

音が鳴ってしまった。


群がる死体たちの後ろの方少し出遅れた奴らがその音に反応して数人が重い頭をふる。

「うぁあ」

目があった途端俺に襲い掛かろうと両腕を前に出しノソノソ近づいてくる。

やってやる!と息を巻いていたが武器がない。刀は死体の群れの足元に転がっている。

何か…ないか?

こちらに向かってくる数人の死体の一人には背中に槍が貫通しているものがいた。

これだ!

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