一章 六話
それから気づけば凄惨な我が家を後にし火炎と悲鳴と残虐にまみれた村をさまよう。
兵は撫で斬りを敢行したと思ってこの村を後にしていた。
家の中にもういたくなくて外に出たのに、どこを見渡しても似たような光景が広がっている。
人型の黒い何か
自分よりも小さな子が斃れた母をゆする。
自分の家族と自分の手足を探す男。
火の粉が舞い、星空へ消えた。
俺はあのときの目の前にある景色をみて何を思ったのだろう。自分のことなのにそこだけはどうも思い出せない。
ーーーー
あの時見た炎と同じ色をした月を狭い楼門の窓から見上げながら吹雪のなか眠りについた。
ヒュオォオ
隙間風の音がする。戦火を耐え抜いた門もガタが来ているようで部屋のあちこちで不快な軋む音を奏でている。
「ガダ。ガダガダ」
夢と同じ音がする。この世で一番嫌いな音で目が覚める。
「ダン!ダンダンダン!」
くそ、夢から戻ってきても地獄かよ。
重い瞼を擦り痛い目で刀を探す。
足元に転がる刀を拾うとあることに気がついた。暖かさで手の感覚が戻っていることを。
もうこの赤い刀は腰でかちゃかちゃなる邪魔なものではなく命を守るものになっていた。
柄に手をかけたままそろりそろりと近づく。
刀を抜く。
登る煙か明るさで生き残ったものが助けを求めやってきたのか吹雪の風でただただガタガタ鳴っているのか。一か八か、後者であることを願いながら扉に手を伸ばす。その瞬間「ガタダ」
扉が外れ俺の方へ倒れてきた。
「っ!」
咄嗟に避けたが足がもつれ、倒れてしまう。その倒れた左足に扉が重くのしかかる。全然痛くはない。
「あ?」
動けなくなるほど目の前にある光景に目を奪われた。
まだ夢の中なのか?信じられない。瞬きも忘れて口から涎が出てるのもわからないまま目の前の不気味をただみつめることしかできない。
しばらく放心した後やっと脳に思考が入っていく。
煙か明るさに誘われた、の方で合ってた。
半分は。
もう半分は“生き残ったものではない”
ということだ。それはニ、三十人以上の兵士だが頭がないものや肩から下がないもの、背骨が露出してるものなど戦か、凍傷かで体の一部が欠損していた。
なぜこうなったとか誰?とかそういう細かい事は考えられなかった。まず先に逃げる。俺の生物的本能が俺を導いている。左足を助ける。
「あぁ…。あぅ、あぁ…」
喋ることができないのか知性がないのか不気味な低音で嘆いている。
嘆きながらぞろぞろと部屋に入ってくる。目的は火のようで俺のことが見えてない。なら今のうちにでも逃げないと。上体を起こし扉を思い切り持ち上げる。しかし座り込んだ姿勢では思ったような力が出ない。
「ギシ、ガタガタ、ドンドン、ふん!…あっ」
体勢を変えたり、無理矢理引っこ抜こうとしたりして扉を退けるのに苦戦している。
とその音に反応してか兵士が一斉に俺を見る。
あ、まずい…。
刀を抜こうとするがもう抜かれていた後だった。倒れた時に刀身を手放してしまったようだ。刀は見渡しても見つからない。ならばと自分の左に転がる鞘に手を伸ばす。届かない。
「うぁ!」
死体が間合いを詰める前に体を左側に伸ばす。
「うぁあ!」
寝そべる間抜けな姿勢の俺に一人が気怠そうに隙だらけの俺へ襲いかかる。右手で死体の頭を抑え左手で鞘を探る。くそ!どこだ!ない!くそ!
ガシ
あった。
左手に思い切り力を込め頭に一撃を喰らわす。
バキ!
頭蓋が割れた音、であれば良かったが割れたのは鞘の方だった。
「キェー!」
気持ち悪い声を上げ後退りをした。顎に当たったのか脳が揺れているようだ。
戦でもそうだが一人がダメなら囲めばいい。兵士としての本能があるのだろう。俺はいま獲物になっている。
場は緊迫している。俺もどこから襲いかかられてもいいように警戒する。殺る気があるもの、ただ囲いにいたもの、生きる気がないもの様々だった。今聞こえるのは薪が燃える音、吹雪の隙間風の音、頭がクラクラしてる死体の声。
「うぁ!…ぅう!」
頭を抑えていた死体のクラクラが治ったようだ。懸命に頭を横に振る死体は再び俺を見据え最前線に出る。
さらに緊迫していく。
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