第52話 仇敵Ⅰ 君と出会った日のこと

 今回、ベリー視点です。

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 チェリーと勇者に選ばれたことを、私は嫌だなんて思ったことはなかった。確かに勇者としての戦いは過酷なものだった。でも、勇者である限り私は合法的に大好きなチェリーと一緒にいられる。むしろ世界全体がチェリーと一緒にいることを望んでいてくれる。だったら、少しぐらい辛かったり痛い目にあったって気にならない。それくらい、私にとってチェリーと一緒にいられることは幸せで、何ものにも代え難いことだった。最初から好きな人と一緒にいるためだけに勇者を続けてた、なんて言うと王国民みんなから蔑まれちゃいそうだから、絶対に誰にも言えないけれど。


 その点、私とチェリーが他の人間よりもはるかに強くなり、必要以上に神聖視しだすのは私にとって都合が良かった。私とチェリーの間に余計な人間は誰も入ってこない。私とチェリーの『聖域』は守られ、2人きりの時間が過ごせる。そう内心ほくそ笑んでいるところがあった。


 でも、チェリーはそんなことを感じている余裕もないのか、2人きりの時でも疲れた表情を見せることが少しずつ増えていた。そんなチェリーと2人きりでいられることが嬉しくありつつも、チェリーのことが気がかりになりかけたそんなある日。『彼女』――アリエルさんが私達の前に現れた。


 勇者パーティーメンバーが1人抜けた代わりとして私達の仲間になったアリエルさんのことが私は最初、正直に言って苦手だった。彼女はチェリー以外の人と話すことが苦手な私に対しても、ぐいぐいと迫ってきた。これまで長いこと他の人が神聖視して踏み込んでこなかった私とチェリーだけの『聖域』に躊躇なく入り込んできた。   それが最初の頃は私の居場所が土足で踏み荒らされているようで正直不快だった。まあ、私は感情を表に出すのが苦手だし、そんなことを言う勇気なんてなかったんだけど。チェリーに嫌われても嫌だし。


 そんなアリエルさんに対する感情が『恐怖』や『警戒』に変わったのはアリエルさんが私達の仲間になってから1ヶ月ほど経った日のことだった。ある日の夜。みんなが寝静まった夜にチェリーは私の部屋までやってきた。そんなチェリーは頬を赤く染めていた。


「あたし、アリエルちゃんのことが好きになっちゃった」


 そう言われた時、私の全身に電撃が走った。これまでの戦いで受けたどんな苦痛よりもその時に感じた胸の苦しみの方が、ずっとずっと痛かった。


 ――なんであんな人のことを選ぶの? ずっと一緒にいた私のことを見てよ!


 そう思った。けれど、そんなことを正直に言えたら苦労しない。好きな人から嫌われるのが怖い私は結局、愛想笑いを浮かべて「そうなんだ」と答えるしかなかった。そしてチェリーから「あたしとアリエルちゃんのこと、応援してくれる? 」と言われた時、つい、「うん」と頷いてしまった。



 次の日から。私がアリエルさんを見る目が少し変わった。なんとかしてアリエルさんの悪い所を見つけよう、アリエルさんがチェリーに相応しくないことを指摘して、チェリーを諦めさせよう。そう私は、1人内心で意気込んでいた。でも。


 彼女のことを『女の子』として注意深く見ているうちに、私は見つけるべきアリエルさんの短所以上に彼女の魅力に気づかされた。アリエルさんは戦闘能力だけじゃなくてお料理もお裁縫もできる。それでいて、困っているとすぐに気づいて助けてくれる。何だったら私が唯一誇れる剣術も、アリエルさんには負けちゃうかもしれない。


 アリエルさんには勝てないな。そう思い始めた時、その台詞は私の中でマイナスなイメージを持っていなかった。これまで『勇者』として崇められ、私が強くないとこの国が終わってしまうというプレッシャーがあったからこそ、『勝てない相手』がいることに安心感を覚えていた。その時、私ははじめて恋愛感情というものを抱いた。思い返してみるとチェリーに対して抱いていた愛は恋愛感情じゃなかったんだと思う。チェリーはあくまで、大切な友達として一緒にいたかっただけ。でも、アリエルさんに対する気持ちはそれとは違った。アリエルさんの全てを私のために注いでほしい。アリエルさんをもっと近くで感じたい。アリエルさんのことを独占したい。こんな気持ちは、生まれて初めてだった。


 そんな感情が恋愛感情だと気づかせてくれたのも、思い返すとチェリーだったな。


「まさかベリー、あなたもアリエルちゃんのことを好きになっちゃった? 」


 泣きそうな表情になったチェリーに言われて、その時にはじめて私は、自分のアリエルさんに対する感情が『恋愛感情』なんだって言うことに気付いた。


「あたしの方が先にアリエルちゃんのことが好きだったのに……で、でも! 絶対にベリーには負けないんだから」


「わ、私も負けないよ! 」


 今にも泣きそうになりながら言うチェリーを微笑ましく思いながらも私は言うべきことは言う。チェリーのことは今でも大好きだけど、それとこれとは別。その時には既に、私の中での優先順位はアリエルさんの方がチェリーより上になっていた。


 と、徹底抗戦を宣言したはいいものの――。


 明らかな猛アタックを続けるチェリーに比べて感情を素直に表すことが苦手な私は、あまりアリエルさんにアタックを仕掛けられずにいた。その上、アリエルさんはあんなにあからさまなチェリーの求愛行動に対しても一向に気付く気配がない。


 ――私達のこの気持ち、もしかして永遠に気づいてもらえないんじゃない?


 その気づきは少しショックだったけれども、別にいいか、と思っている自分もまた、いた。アリエルさんに愛を伝える行動力の無い私はきっと、アリエルさんと今以上に距離を詰められることはない。だったらアリエルさんと、この世で2番目に好きなチェリーと、3人で一緒にいられる今の状況はある意味、私にとって都合が良かった。いつまでもこんな日々が続くんだ、続くといいな。そう、安直に思っていた。



 そして、そんな日々を、『日常』を保つ努力をしない限り、そんな『日常』が崩れ去るのも呆気ないのは当然なわけで。勇者になって初めての漆黒七雲客との戦いを何とか凌いだ夜。私にとって何よりも大切だったアリエルさんは忽然と姿を消した。


 アリエルさんが消えたことに対して、チェリーは感情をむき出しにして悲しみ、怒った。チェリーはもう1人の勇者パーティーの仲間であるプロムさんのことを何の根拠もないのに疑っているようだった。


 でも私はそれ以前の情報整理ができてなくてパニックになっていた。アリエルさんが怖くて逃げだす? そんなことはありえないと思い込みたかった。でも、私達が未熟だからアリエルさんに必要以上に負担をかけていたかもしれない、アリエルさんに怖い思いをさせてしまっていたかもしれない、と昨日の今日では思わずにはいられなかった。


「プロム、あなたがアリエルちゃんに何かしたんじゃないでしょうね? 」


 頭に血が上ったチェリーはそう言ってプロムさんの胸ぐらをつかむ。


 ――なんで人のせいにするの? アリエルさんが勇者パーティーからいなくなったのは私達が未熟だったせいかもしれないじゃん。


 本心ではそう思ってた。でも、感情を正直にするのはチェリーに対しても苦手で、その時は


「チェリー、さすがにそれはやりすぎだよ。十分な根拠もなく仲間を疑うのは良くない」


と言うのが精いっぱいだった。


「じゃあベリーはアリエルちゃんがどこかで野垂れ死んじゃってもそれでいいっていうの? 平気な顔をしてられるの? 」


 その問いに、私は一瞬口を噤んじゃう。そんなこと思うわけないに決まってるじゃん。なんでそんな風に考えるの……? 明らかに暴走したチェリーの言葉に苦しくなって何も言えずにいると、そこに、畳みかけるようにチェリーは言ってくる。


「あたしは、そんなことできない。アリエルちゃんはあたしに『人に恋をすること』を教えてくれた大切な人なの。恋愛感情なんて勇者に要らないって諦めていたあたしが、はじめて好きになった人なの。あたしはその感情を偽ったり隠したりなんて、もうしない。もし勇者パーティーここにアリエルちゃんがいないなら――あたしも勇者パーティーを抜ける」


 そう言われた時、さすがに私も驚きはした。でも。


 ――これってアリエルさんを独占する絶好の機会じゃない?


 私の中の悪魔がそう囁く。アリエルさんのことはもちろん心配。でも、今のまま私達が何の成長もせずにアリエルさんを見つけ出したところでアリエルさんは勇者パーティーに戻ってきてなんてくれない。私達はアリエルさんが安心して帰って来れるほど強くならなくちゃいけないんだ。そしてそうなればきっと……アリエルさんも私のことを『女の子として』好きになってくれる。今の私にとっての最大の恋仇ライバルであるチェリーがその努力を怠って感情任せにアリエルさんを探すなら、恋人レース的に都合がいい。そんなことを私は考えちゃった。


 前だったら絶対に抱かなかったそんな考え。でもその時にはじめて、明確に私の中のチェリーの優先順位は下がっていたのだった。


 それをチェリーは私が驚きすぎて唖然としたとでも思ったのか。


「……天命だとか世界だとか、もうどうでもいいよ。アリエルちゃんがいない世界なんて守る価値なんてないし、アリエルちゃんがいなくなったのにそんなに冷静でいられるような冷たい人とは、もう一緒にいたくない」


とだけ言って、荷物をまとめて勇者パーティーを抜けた。

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