第53話 仇敵Ⅱ 見つかった糸口

 それから。私はプロムと2人きりになりながらも勇者パーティーとしての活動を続けた。アリエルさんだけでなく勇者の片翼であるチェリーを失った私達の戦闘能力は1/3以下に落ちた。4人いた時は余裕で勝てていた相手に2人だけになってギリギリの戦いを強いられることが増えた。もっと言うと期待してくれている国民の期待に応えられずに魔獣との戦いで敗走し、あからさまな失望を向けられることも増えた。そんな過酷な戦いの中で私は何度も死にかけ、その度に回復術師であるプロムになんとか命をつなぎとめてもらった。




「……ベリー様はわたしのことを責めたりしないんですか」


 ある日の夜。その日も死の淵からプロムに無理やり叩き起こしてもらったばかりでまだぐったりとしている私に、プロムは泣きそうな顔で見つめてくる。


「責めるって、なんで? 」


「それは……」


「別にプロムさんは何も悪いことをしてないんだよね? だったら、チェリーに言われたことなんて気にする必要ないよ」


「……ベリー様はなんで1人になっても、こんなに頑張ってるんですか? わたし、今のベリー様を見てるといつも胸が張り裂けそうな気持ちになるんです! だって、今のベリーさんはいつも無茶をしてる。わたしが言うのもアレですけど……アリエルさんもチェリー様もいなくなって、ベリー様が体を張っても見てくれる人なんて誰もいない。死にそうになりながら戦っても戦果を上げられなければ、誰も褒めてくれない! なのに、なんでそんないつも無茶をするんですか? 」


 ここで「それは私が勇者だからだよ」と言ってあげるのが勇者としての模範解答だ、っていうことくらいわかってる。でも、そんな模範解答を口にする気はなかった。


「それは別にアリエルさんが見てくれていないとしても、結局アリエルさんのためなんだよ」


「へっ? 」


「私さ。実はアリエルさんのことが好きだったんだ。振り向いて欲しくて、私だけのことを見てほしかった。私にないものをたくさん持っていて、勇者じゃなくちゃいけなかったはずの私よりも強いアリエルさんのことが大好きだった。


 でも、アリエルさんがいなくなってようやく気付いた。勇者である私はアリエルさんの強さに甘えちゃいけなかったんだ。大好きになったアリエルさんのことを、勇者である私が守らなくちゃいけなかったんだ。でも、今の私はまだまだ弱くて、アリエルさんはきっと弱い私達に失望して私達のことを棄てた。


 だから私は、少しぐらい無茶をしてでも強い相手と戦って強くならないといけない。アリエルさんが安心できて、もう二度とアリエルさんに身の危険ってやつが訪れないと言えるくらい強くなりたい。そんな強くなった私で、アリエルさんがいつかこの勇者パーティーに帰ってくる時まで待っていたい。だから、無茶でも何でもするよ。それに」


 そこで私はプロムさんの方を向いてぎこちなくウインクして見せる。


「今の私は1人じゃないよ。プロムさんがいてくれるからこんなに無茶ができる。誰も見ていないんじゃない、プロムさんが見守ってくれるから、私は戦えてる。だから、プロムさんには感謝してるんだよ」


 私の言葉にプロムさんは恥ずかしそうに頬を赤く染める。そんなプロムさんを見ながら私は、アリエルさんも今みたいな科白をかけてあげたら同じような反応をしてくれるかな、なんてことを思っていた。プロムさんには悪いけれど、最近のプロムさんは私にとって、私を蘇生させてくれる人であり、感情を表に出すのが苦手な私の実験台でしかない。申し訳ないと思わなくはないけれど、アリエルさんに振り向いてもらうためなら、そんなこと幾らでもしてやる、そんな気持ちでいた。



 アリエルさんとチェリーと別れてから2ヶ月近くが経ったある日。私とプロムさんはランベンドルト領へと訪れていた。ただの経由地にするつもりだった私達だったけれど。


「えっ、S-ランクモンスターのヒュドラを単騎で倒した人がいるの? その人は、今どこに? 」


立ち寄った朝の喫茶店で聞いたそんなうわさ話に、私はつい、食いついちゃった。ヒュドラを1人で倒したような人と戦えれば、私はもっと強くなれる。アリエルさんが戻ってきた時、アリエルさんを守ってあげられるような強い女に一歩近づける。そう思うと、この話に食いつかない訳に行かなかった。


 そんな私の食いつきに喫茶店のウエイトレスは若干引きつつも


「わ、私も詳しくは知らないんです。領主様に聞けばわかるんじゃないでしょうか」


と答えてくれた。




 勇者と言う肩書は割と便利だ。どんな相手とでも容易に謁見できる。今回もそうだった。片田舎の冴えない辺境伯が、この国で2人しかいない勇者が会いたいと要望してそれを断れるわけがない。アポなしで突撃した私達だったけど、1時間後には私達はランベンドルト辺境伯と面会できていた。


 ランベンドルト辺境伯の人となりとして、これまで私が関わってきた貴族から考えて中年の男性を想像していた。でも、応接間に入ってきたのはそんな予想に反して、まだうら若き女の子だった。腰まで伸ばしたピンク色の髪に空色の瞳。多分同い年ぐらいの可愛らしい少女がそこにはいた。そんな素材はいいのに、目元は泣きはらしたばかりのように赤く腫れていて頬には涙の痕が残っていて、せっかくの美貌がちょっと台無しだった。


 私とプロムのことを認めた瞬間、辺境伯はあからさまに嫌そうな表情になる。


 ――明らかに歓迎されてないな。まあ、顔を見る感じさっきまで泣いてたんだろうし、そんな時に唐突に押しかけてきたら相手が誰だろうが不機嫌になる、か。別にどうでもいいけど。ヒュドラを単騎討伐した女の子についての情報を聞き出したらもう二度とこの人達に会うことなんてないだろうし。


 そんなことを思っていると。


「それで。勇者様はこんなしがない辺境伯の所まできて、何をお聞きになりたいんですか? 」


 迷惑なのをなんとか押し殺そうとしているのが伝わってくる声で、ランベンドルト辺境伯は尋ねてくる。


「はい。実はこの街でヒュドラを単騎討伐した女の子がいると聞きまして、勇者として研鑽を積むためにぜひ手合わせをお願いできないかと思いました。つきましては、ランベンドルト辺境伯にはその方との取次ぎをお願いしたいのです」


 私のその言葉にランベンドルト辺境伯は怪訝そうな表情になる。それと対照的に、青髪の執事は明らかに「しまった」といった表情になる。


「ヒュドラ? あたし、知らないんだけど」


 おいおい、報連相しっかりやってよ。そんな風に思っていると青髪執事がしぶしぶ、と言ったように口を開く。


「ボクもレムから話を聞いただけですし、その直後に蒼弓の魔女とのごたごたがあったから言い忘れてましたけど、あの日の昼間、アリエルはヒュドラを1人で倒して冒険者を助けてるんですよ」


 アリエル。青髪執事の口にしたその名前に私は息を飲む。


「えっ、今、アリエルさんって言ったよね? 良かった、生きててくれたんだ」


 私の頬に一筋の涙が流れる。これまでずっと、アリエルさんは自分の意思で勇者パーティーを抜けたのだから、アリエルさんが死んでるなんてことは端から思ってなかった。でも、これまで見えなかったアリエルさんの道筋を辿れると、やっぱり安心する。


「それで、あの、今アリエルさんはどちらに……? 」


 ちょっと声が震えながら私は尋ねる。アリエルさんが生きていることが確かめられたことは嬉しい。嬉しいけれど、もしアリエルさんがすぐ近くに居て、今の弱いままの私でアリエルさんに再会するのは少し怖くもあった。だって、今のまだ弱いままの私じゃ、また拒絶されるのが目に見えてるから。


 『勇者のくせに弱いあなたと一緒にいたくない』


 アリエルさんは優しいからそんなにストレートに言ってくることはないだろうけれど、面と向かって似たようなニュアンスのことを言われる状況を想像しただけで、胸が苦しくなる。そんな私の心配とは裏腹に辺境伯は言いずらそうに


「それが、アリエルはもうランベンドルト領にいなくて。たぶん帰ってくることはないと思います」


と告げる。その言葉にどこか安堵している私がいた。今の私はまだ、アリエルさんに会う勇気がない。そんな私にとってお預けは願ったり叶ったりだ。


「わかりました。色々教えてくれてありがとうございます」


 そう言って私達が立ち去ろうとした時だった。


「もう、じゃないです」


 青髪の執事の言葉に私は足を止める。


「アリエルは絶対帰ってきます。だってアリエルは、ご主人様のことが大好きなんですから」


 アリエルさんは辺境伯のことが好き……? その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になる。


「ちょっとソラ。勝手なこと言わないでよ」


 慌てたように言う辺境伯。でも執事の言葉は止まらなかった。


「ごめんなさい、ご主人様。でも、ベリー様とアリエルの話を少しするのを見てるだけで思っちゃったんです。ご主人様は未だにアリエルのことを思ってるんだな、って。それなら、その気持ちを無理に蓋をしちゃダメです。ご主人様とアリエルは両想いなんだから、ご主人様が帰ってくるって信じていてあげなくちゃ」


 私の前で口論を始める辺境伯と執事。でもその2人の口論の結論なんてどうでも良かった。状況を理解し出した途端、私の中で沸々と怒りが湧き上がってくる。


 ――こんなにほっそりとしていて筋肉も大してついてなさそうな、ひ弱な女辺境伯のことを、アリエルさんが好き……? ふざけないでよ。


 そんなこと、私に受け入れられるはずがなかった。だって、それを受け入れてしまうとこの私の2ヶ月間を否定することになっちゃうから。


 ――チェリーだったらまだ100歩譲って負けても仕方ないかもしれない。でも、こんな冴えない片田舎の貴族がアリエルさんに釣り合うわけがない。もし冗談で言ってるとしてもここで叩き潰しておかないとアリエルさんにとって害になる。


 そう確信した私は、気づいたら口を開いていた。


「……ふざけないでください。あなたみたいなひ弱な女性は、アリエルさんに相応しくない」


 その言葉に辺境伯の表情は一変する。


「相応しくないって……そんなこと、あなたに言われなくってもあたしが一番わかってるわよ。初対面のあなたに言われる筋合いはない」


「だったら! 今この場で宣言してください。金輪際、アリエルさんに変な気を起こさないし、アリエルさんがあなたに変な気を今後起こしそうになったらきっぱりと拒絶するって」


「それは……」


 口ごもる辺境伯。そんな煮え切らない態度に私はムカついて、つい


「もし相応しいって言うなら、私と決闘してください。決闘して、あなたがアリエルさんに相応しいことを私に認めさせてください」


と言っちゃった。

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