第46話 転職Ⅲ 新米受付令嬢のギルド経営

 次の日の朝。


「長いことクリアされていないクエストの難易度を全部見直した上で、今ランベンドルト領に残っている度の冒険者ならば能力的に担当してもらえるかをまとめてきましたっ! 」


 そう言ってレムさんの前に置いた山のような書類にレムさんは目を丸くする。


「こ、この書類、全部アリエルちゃんが一晩で作ってきたのですぅ? 」


「はい。このギルドに登録されている冒険者パーティーのステータス票とかを加味して。確かにこれまで記載されていたクエストの難易度は一般的な考え方に沿ったものです。でも、魔法の使い方の工夫やうまく立ち回って魔獣との戦いを避けることで難易度を下げられるクエストなんて沢山あるんです。なのに、この冒険者ギルドの人はそれに気づかずに難易度の低いクエストしか受注できてない。それって発注元も、その冒険者も、そして何よりこの冒険者ギルドにとっても不幸だと思いませんか? 」


 ぼくの熱弁を聞きながらレムさんはぼくの作った書類に視線を走らせる。レムさんが今読んでいるページはカイゼルジャガーの毛の採集依頼。カイゼルジャガーは攻略難易度Aに分類される、推奨冒険者ランクA帯のゾーンでも比較的浅瀬に生息する魔獣。その毛は薬の調合などに使われてそれなりの取引価格がつく素材だった。でも、モンスター自体の攻略難易度がAのため、この冒険者ギルドでは長らく放置されてしまっていたけれど……。


「例えばBランク冒険者ギルド『美琴の水晶』には幻覚魔法が得意な魔術師と単体攻撃を範囲攻撃に拡大するスキル持ちがいます。この2人の力を組み合わせてカイゼルジャガーを昏睡させれば、戦うことなく毛を採集することができます。それにカイゼルジャガーはそれ自体の凶暴性を恐れて他のAランクモンスターが近寄ってくることはほぼほぼあり得ません。つまり、この依頼は『美琴の水晶』さん達に任せられる案件です」


「アリエルちゃん、まさか全ての依頼についてこのようなプランニングを全てしてきたのですぅ……? 」


 信じられない、といった表情でぼくのことを見つめてくるレムさん。そんなレムさんのことを見て、ぼくはそこでようやく我に返る。深夜テンションでこんな各クエストの攻略法なんて考えちゃったけれど、余計なことだったかな……そうぼくが自信を失いかけている時だった。


「レムちゃん、俺達このクエストを受注したいんだけど……」


「『美琴の水晶』さんっ! そのクエストよりもっといい儲け話があるのですぅ。乗りませんですぅ? 」


と真剣な表情でぼくの作った書類を見せる。それを見た瞬間、入ってきた時から死んだ魚のような目をしていた『美琴の水晶』のメンバーたちの表情が見るからに活気づいていく。


「これまで俺達には縁遠いと思ってたこのクエストだけど……俺達の力でも手が届くのか! 」


「もしこの依頼を達成出来たら今夜は御馳走だぞ! 」


「もちろんここに書かれた方法を使えば皆さんでこのクエストはクリアできると思うのですぅ。でもこれは本来、Aランクのクエスト。それ相応の命の危険はありますが、それでも大丈夫ですぅ? 」


 盛り上がる『美琴の水晶』さん達にレムさんが一応釘をさす。でも、それは杞憂だった。


「俺達を何だと思ってるんだよ。俺達は冒険者だぜ? 多少の命の危険なんて、冒す覚悟はできてるさ」


 そう言って『美琴の水晶』さん達は気合十分に冒険者ギルドを後にしていった。


 それからレムさんはようやくぼくの方を振り向いてウインクしてくる。


「これ、行けると思うのですぅ。もちろん冒険者の皆さんには多少の危険を冒してもらう必要が出てくるから、全く不安じゃないと言ったら嘘になるのですぅ。でも、これなら寂れ切ったこの冒険者ギルドを立て直し、活気あふれる冒険者ギルドに戻すことができるのかもしれないのですぅ。だから、アリエルちゃんのまとめてくれたこの書類を元に、冒険者の人達にクエストを斡旋していこうなのですぅ! 」


「はいっ! 」


 それから。ぼく達は冒険者パーティーが冒険者ギルドを訪れる度にそのパーティーならばクリアできるこれまでよりも数ランク高いクエストを作戦と共に紹介し続けた。その度に冒険者達は希望に胸を高鳴らせてギルドを後にしてラルカの森へと出発していく。


 そして数時間後からはそれと入れ替わるように、先に出発していた冒険者パーティーが続々とクエストをクリアして帰ってきた。そうやって帰ってきた冒険者たちの表情はこれまで自分達がクリアできると思っていなかった高い難易度のクエストをクリアした自信と達成感で輝いている。今の冒険者ギルドはどんよりと暗い雰囲気が流れていたのが嘘だったかのように活気づいている。それと表裏一体でぼくとレムさんはクエストの受注斡旋とクエスト完了の事務作業でてんてこまいになっていたけれど、その忙しさは昨日のクレーム対応なんかよりも数段達成感のある忙しさだった。


 そんなギルドの活気は次の日も、その次の日も続いた。ぼくの立てた作戦でうまくいった冒険者はぼく達の斡旋を信頼してくれて同程度か、それ以上の斡旋を快く引き受けてくれる、いや、寧ろ自分達から求めてきてくれる。そしてぼく達から斡旋を受けた冒険者達が自分の冒険者ランクよりも高いクエストを攻略したという噂が広まると、ギルドに登録していながらも殆ど冒険者を廃業状態だった冒険者もクエストの斡旋を受けようと出てきてくれた。


 3日間の内でレムさん達の冒険者ギルドが抱える実働冒険者の数は実に5倍に増えた。そしてその一人一人が、これまでに遥かに取引価格の高い素材や価値の高い成果を挙げて帰ってくる。今ではぼくが提案したことを自分たちなりにアレンジしてこっちが斡旋しないでも高いランクの依頼を受け、無事にクリアしてくれる人さえ増えてくれた。結果、ランベンドルト領にある冒険者ギルドはここ数十年で一番の利益を叩きだしたのだった。そしてその勢いは、当分留まるところを知らない。


「あんなに寂れていたこの冒険者ギルドがこんなに賑わってるなんて……今でも信じられないのですぅ」


 そうしみじみと言ってレムさんは目元に溜まった涙を小指で拭う。


「この寂れた冒険者ギルドを冒険者でいっぱいにするなんて夢のまた夢だと思っていたのですぅ。ギルドの経営改善なんてできるわけがない、そう思ってどこか諦めている自分がいたのですぅ。だからせめて自分ができることはやる気のある冒険者の人達にどうかこのギルドを見捨てないでもらうために一人一人との関係を密にするくらいしかできなかった。そんな冒険者達の目はどんどん死んでいって、彼らを束縛していることに罪悪感さえ抱いていたのに……今はみんなの目が輝いている。レムに束縛されているんじゃない、みんな自身の意思で、冒険に赴いてくれている。それがレムには嬉しくてうれしくて、堪らないのですぅ」


 そう言ったかと思うと、レムさんはいきなりぼくに抱き着いて頬を擦りつけてくる。それにぼくは驚きこそすれ、呼吸が乱れたり鼓動が異様に早くなったりすることなんてもうなかった。レムさんとぼくは、もうそれだけの関係になっていたから。


「アリエルちゃん、本当にありがとうなのですぅ。これもすべて、アリエルちゃんのお陰なのですぅ」


「ほんとにレムさんはこのギルドのことが、冒険者の人達のことが好きなんですね。そんなレムさんが諦めずにこの場所を守り続けたから、受付嬢に誘ってくれたから、今の冒険者ギルドはあるんですよ。だから、今の冒険者ギルドは何よりもレムさんのお陰であるんです。ぼくがしたのはそれに比べると些細なこと。だから、胸を張ってください」


「アリエルちゃーん! 」


そう言って咽び泣きだすレムさん。と、その時。


「今、取り込み中? 」


 ジャック君の声に振り向くと、そこにはジャック君以外にも3人の男の人がいた。


「これはこれは『黄昏の宝具』の皆さん! 退院なさったんですね! 」


 ぼくがそう感嘆の声を上げるとパーティーのリーダーらしい男性が一歩前に歩み寄る。


「その節は世話になったな。それに俺達が療養している間にジャックにでもぎりぎりクリアできるクエストを色々斡旋してくれたみたいで、気づいたらこいつCランク冒険者に昇格してるじゃねぇか! 俺達が動けない間、こいつの面倒を見てくれたことも含めて、本ッ当に世話になった」


 そう言いながら、リーダーはジャック君の髪をくしゃくしゃっ、とする。そんなジャック君は口では嫌がりながらもどこか安心しきった表情をしていた。そんな2人を見ていると微笑ましい。でもジャック君もジャック君で、1週間前にぼく達にただ泣きついてきた頃とは違う、冒険者らしい貫禄が少しずつ芽生え始めてきた気がする。


「それで何だが……復帰したばかりに俺達でもクリアできそうなAランク相当、もっと言うとSランク相当のクエストがあったりしないか? 他の連中には1週間も遅れをとっちゃったからな。俺達だってこのビックウェーブに乗りたい」


 大きな体に似合わず少し恥ずかしそうに言うリーダー。その言葉に、ぼくはレムさんに抱き着かれたままだけど満面の笑みで答える。


「はい、喜んで! 」

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