第45話 転職Ⅱ アリエルと2つの仕事
「今のアリエルちゃんは2つの仕事から選ぶことができるのですぅ。1つは冒険者としてクエストに挑戦する、2つ目はギルドの受付嬢として働く、なのですぅ」
冒険者かギルドの受付嬢。その究極の2択に、ぼくの心は沈んじゃう。
冒険者、っていうことは武器を使って魔獣とかと戦わなくちゃいけない。でもつい数日前に良かれと思って、しかも勇気を振り絞って大切な人のために戦った末路があんなことになっちゃったから、武器を握ること自体、正直今は怖い。
一方、ギルドの受付嬢は受付嬢でこれまたぼくにとっては重大な問題がある。それは受付『嬢』と言うからには女の子用の制服に身を包んで働かなくちゃいけないってこと。そんなことをしていて絶賛(誰も絶賛なんてしてない)女性恐怖症発症中のぼくの心臓がどれだけ持つかわかったもんじゃない。
そんなぼくの心中を察してか、レムさんが心配そうな目で見つめてくる。
「冒険者と言っても当分は前衛が療養中の『黄昏の宝具』のピンチヒッターとして、CランクやDランククエスト、もっと言うと冒険者としてまだまだ未熟なジャック君達のサポートをお願いするつもりなのですぅ。受付嬢を任せるにしても書類整理とか裏方の難しくない仕事を振るつもりだったのですぅ。それにどっちにしても、今すぐに答えを出してほしいわけではないのですぅ。ともかく、選ぶ参考に冒険者用の初期装備でも見に行ってみるですぅ」
その一声で、ぼくとレムさん、そして成り行きでついてきたジャック君の3人は冒険者ギルド提携の鍛冶屋さんを訪れることになった。
ぼくは冒険者を真剣にやってみたことなんてないから知らなかったけれど、駆け出しの冒険者は装備する防具とかは大体相場が決まっていて、あんまり悩む余地がないらしい。そして唯一選択の幅が多少あるのが武器。
「多少はソラちゃんからお金を預かってるから、そこそこのものなら買ってあげられるのですぅ。まず、武器の種類としてはどういうのがアリエルちゃんは得意なのですぅ? 」
そう尋ねられてぼくはずらっと並んだ武器の中から迷わず片手剣やナイフの並んだ一角へと向かう。かつて魔法騎士と言うクラスで冒険者パーティーに属していた頃のぼくの最大の武器は魔法ではなかった。極限まで高めた剣技に更に魔法を乗せて放つ一撃。それこそが魔法騎士たるぼくが一番得意とする戦闘スタイル。
「気になる武器があったら手に取って、軽く振ってもらっても構わないからな」
武器商のおじさんのその言葉も後押しして、ぼくが振りやすそうな濡れ羽色の片手剣に手を伸ばそうとした瞬間。
「うっ」
突然頭が縛り付けられるような痛みが走ってぼくはその場にうずくまっちゃう。剣、それはぼくにとって勇者パーティーにいた時の象徴。それが、コンプレックスのトリガーにならないわけがなかった。
「アリエルの兄ちゃん! 大丈夫かよ」
「しっかりするのですぅ! 」
ジャック君とレムさんに支えられてなんとか立ち上がるぼく。その頃には頭痛はすーっと消えていた。
「あはは、ちょっとCランク冒険者に片手剣は荷が重かったみたい」
2人を安心させようとぎこちない笑みを浮かべたぼく。そして次は裏葉色のダガーナイフに手を伸ばす。
――ナイフならお料理する時に使う包丁と変わらない。
そう自分を思い込ませよう、思い込ませよう、そう思ったけど、どうしてもここにある刃物は『戦うための道具』って言う観念を捨てきれなくて、ぼくの手は震えたまま、結局そのナイフを掴み取ることすらできなかった。
「……ごめんなさい、レムさん。今のぼくには、やっぱり武器を握ることすら難しそうです」
「別に気にしなくていいのですぅ。確かにアリエルちゃんは1人でヒュドラを倒しちゃったどころか、蒼弓の魔女様さえ1人で相手どっちゃうくらいの凄い力を持った人なのですぅ。ギルドの受付嬢としてはそんなアリエルさんには無理を通してでも発破をかけるべきなのでしょう。でも――今のレムは、アリエルちゃんの友達として接していたいのですぅ。だから、アリエルちゃんを苦しめてまで冒険者をやれ、とか言う気はさらさらないのですぅ」
レムさんの言葉にぼくは驚いちゃう。これまでレムさんのことを『友達』なんて意識したことはなかったから。
「……レムさんとぼくって、いつ友達になったの? 」
ぼくの疑問にレムさんは首を傾げる。
「うーん。いつから、と言われたら答えに困るのですぅ。でも、アリエルちゃんはレムの大好きな人が曲がりなりにも大切に思っている人で、その時点でレムにとっては友達なのですぅ。少なくともアリエルちゃんを探している時には、レムにとってアリエルちゃんはソラちゃんから頼まれた探し人であると同時に、友達でしたよ? 」
そう言ってはにかんで見せるレムさん。
――友達、か。
レムさんの言葉を反復するとレムさんに対する恐怖心がだいぶ和らいだ気がした。
そして次の日から。ぼくはギルドの受付嬢見習いとして働くことになった。
「ほ、ほんとにこの恰好じゃなくちゃダメですかぁ? 」
ぼくの弱音にレムさんは全く動じない。
「ですですぅ! ギルドの受付は可愛い女の子が純白の可愛い制服を着て、って相場が決まってるのですぅ。アリエルちゃんだって、RPGで男の子がギルドの受付やっているのは見たことないでしょう? 」
「いや、そもそもこの世界にRPGなんてないので……って、なにメタい発言させてるんですか! そもそも、こんなにスカート丈が短い必要なくないですか? 」
「スカート丈が短かろうが長かろうが、それこそスカートの時点で一般的には女の子の恰好に違いなくないですぅ? ちゃんと胸はぎゅうぎゅうに縛り付けてあげて女の子っぽさを少しでも減らす努力はしたんだから、レムには感謝してほしいですぅ」
「いや、それもそうですけど……って、胸の件は絶対いくらか僻みが入ってましたよね? ぼくの胸を潰してもらう時、殺意みたいなのを感じたんですけど? 」
ジト目でみつめるぼくにレムさんはひゅーひゅーとわざとらしく口笛を吹く。そんなレムさんの胸はものすごく慎まやか。
「それに、その恰好のアリエルちゃん、すっごく可愛いですぅ! 」
「可愛いっていう誉め言葉、嬉しくなーい! 」
そう叫びつつも、レムさんとそんなくだらない会話をしていたら服装についてのコンプレックスは大分緩和されてきた気がする。それと同時にレムさんを『友達』と意識してから少しずつレムさんには話しかけやすくなりつつあった。今はこんなしょうもない会話をできるくらいまでになった。そんなレムさんとぼくの関係性の変化が、少しぼくには嬉しかった。
そしてようやくギルド受付嬢としてのぼくの仕事が始まった。ギルド受付嬢としての仕事は思ったよりも多岐にわたった。領内の商店や他地域の冒険者ギルドからのクエスト掲載の事務作業や冒険者に対するクエスト受注の事務作業、そして冒険者がクエストをやり終えた後の素材の査定・引き取りに流通の事務手続きなどなど。その業務はいかに斜陽の冒険者ギルドとはいえレムさんとぼく2人きりで捌ききるには仕事量が膨大すぎて、ギルドを占めるころにはぼくはへろへろになっていた。おかげで制服に対するコンプレックスを感じる暇さえなかった。
「と、いうか、未クリアのクエスト、増えすぎじゃないですか? 仕事の3割くらい『まだ出したクエストはクリアされてないのか! 』ってクレーム対応だった気がするんですけど」
「それは仕方ないのですぅ。冒険者の絶対数も少なければ高難易度クエストに挑戦できるような冒険者なんてこのギルドには残ってないのですぅ。その上、今はこのギルド最強パーティー『黄昏の宝具』がまともに動けないのですぅ? クエストが溜まるのは当たり前なのですぅ」
そう諦めたように言うレムさん。そんなレムさんを見て、ぼくは心に靄がかかったような気持になった。
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