第47話 来訪Ⅰ お嬢様の親友

今回、◇◆◇◆◇◆◇の前後でミレーヌ視点→アリエル視点に切り替わります。

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 魔女様の屋敷から自分の屋敷に帰ってきてから今日で1週間。その間、アリエルが屋敷に帰ってくることはなかった。全てあたしが悪い、あたしから謝らなくちゃ。そうわかっていながらも、時間が経てば経つほどアリエルに拒絶されるのが怖くなって、踏み出せなくなる。


 ――何が「あたしのことを堕としにきて」だ。あたしとアリエルのパワーバランスはこれまでずっとアリエルの方が上で、あたしの方が上だったことなんてない。選ぶ権利は、いつだってアリエルにある。選ばれる努力をしなきゃいけないのはあたしの方だったんだ。


 そう考えると自嘲が口から漏れ出る。そして、取り返しのつかないことを言ってしまったあたしは、もう二度とアリエルに選んでもらえない。彼女にとって、引く手なんて数多なんだから。焦るべきはあたしの方だったんだ。まあ、今更もう遅いけど。




「へえっ、例の初恋の王子様にせっかく出会えたのに、そう簡単に諦めちゃっていいんだ」


 日曜の昼下がり。そう言って庭にあるガゼボでダージリンをすすりながら、いたずらっぽい笑みを浮かべてくるのはヘンリエッタ――あたしの友人の貴族だった。


 彼女はヘンリエッタ=ビスガリーナ。ビスガリーナ男爵家の一人娘で、その貴族令嬢らしくない自由奔放な性格ゆえに貴族社会では浮いていた女の子。そんな彼女と11歳の時に初めて会ってあたしから声をかけて以来、ヘンリエッタに妙に懐かれたあたしは彼女に流されるままに懐柔され、今では互いに公務の合間を縫ってたびたび屋敷を訪れ合うなどする中になっていた。


 同年代の貴族の中で唯一にして一番心を許せる相手、それがヘンリエッタだった。この日は、本当に久しぶりにたまたまヘンリエッタがこの近くを通りかかったということであたしの屋敷にも遊びに来ていたのだった。だからアリエルのことを相談にのってもらおうと思ったんだけど……どうやら相談する相手を間違えちゃったみたい。


「諦めちゃっていいって……どうしようもないでしょ」


 不貞腐れたように答えるあたしに対して、ヘンリエッタは更に面白そうに口元を歪める。


「でもミレーヌの初恋相手、か。ミレーヌが好きになったくらいの女の子なんだもん。きっと可愛くて素敵な子なんだろうな……決めた! わたし、そのアリエルちゃんに会って、告白する」


「は? 」


 ヘンリエッタの話にあたしは一瞬、心臓が止まりかける。アリエルが、ヘンリエッタの婚約者になる……?そんなところ、想像しただけで目の前が真っ暗になる。


「……って、ヘンリエッタ。意地悪なこと言ってあたしのことをからかってない? 」


むっとした表情でそう言うとヘンリエッタは口笛を吹きながら


「さあ? どうだか」


と言ってくる。その態度にあたしはつい、かちんときちゃう。


「ミレーヌは愛しの人が親友に寝取られちゃってもいいのかなぁ」


「別に勝手にすれば。アリエルに嫌われちゃったあたしにはもう関係のない話だし」


思ってもないことを口にしちゃう。そんなあたしを見てヘンリエッタは口元に手を当てて笑う。


「へえっ。ミレーヌがそれでいいならそれでいいけど。でも、真面目な話、ぐすぐずしてると誰かに取られちゃうよ?ミレーヌはアリエルちゃんにとって、きっと自分で思っている以上に『特別』じゃないんだから」


「……そんなこと、あたしが一番よくわかってるよ」


 弱気になって声が小さくなってしまったその言葉は、きっとヘンリエッタまで届かなかった。



◇◆◇◆◇◆◇



 ぼくがギルドの受付嬢として働きはじめてから1週間が経った。その間、ソラ先輩は何度か様子を見に来てくれたけどお嬢様が迎えに来てくれることはなかった。


 ぼく、いつまでもこのままなのかな。


「アリエルちゃん。もう一層のこと、うちに永久就職しちゃってもいいんじゃないですぅ? アリエルちゃんにはギルド経営の才能があるし、うちなら今まで通り3食昼寝愛くるしい先輩との同棲付きなのですぅ! 」


 レムさんからは度々、そんな冗談のようなことを言われる。


「いや、レムさんとは同じギルド職員寮に住んでるだけで部屋は違うし、同棲してるとは言わなくないですか……?」


「お望みならレムがアリエルちゃんと一緒の部屋に住んで同じベッドで寝てあげてもいいのですぅ! 」


「それは流石にレムさんでも女性恐怖症のぼくの体が持たないからやめてー! 」


 そんなじゃれつき合いのようなやり取りを終えた後。ふっとレムさんの表情が真顔になる。


「でも、冗談じゃなくってレムとしてはアリエルちゃんがずっとここで働いてくれると嬉しいのですぅ。アリエルちゃんはレムの家庭のような居場所を救ってくれた。そして何より、レムはレムにとってもう家族みたいなアリエルちゃんとお仕事できるのが楽しいのですぅ。アリエルちゃんが元魔法騎士だろうがなんだろうが関係ない。レムは今のアリエルちゃんのことを肯定し、必要としてるのですぅ」


 今のぼくを必要としている、そのフレーズに、ぼくの心は揺れ動く。


「それに、領主様のことを悪くいうんじゃないですけど、アリエルちゃんの在りたいアリエルちゃんを認められない人のところに戻るなんて、互いに不幸じゃないですぅ? と、言いつつもレムはアリエルちゃんを束縛したいわけじゃないのですぅ。それでも、前向きに検討してくれるとありがたいのですぅ」


 そこまで言ってから、レムさんは仕事に戻る。


 確かにここではレムさんだけじゃなくて冒険者の人達が今の『ぼく』を肯定し、必要としてくれる。レムさん以外の女の子もいないし、すごく居心地がいい。


 ――でも、本当にいつまでもこのままでいいのかな。いつまでもここにいるのが、ぼくにとっての幸せなのかな。それに、ぼくはお嬢様のことを完全に諦められるのかな。


 そんな自問自答に、その場では答えが出なかった。



 それからさらに数日後の夜。閉店直前でギルドに残ってる冒険者もまばらになっていた。そんな中、ぼくはテーブル席で黄昏の宝具のリーダー・トニーさんと雑談に耽っていた。


「アリエルさんは聞いたか? 隣の地方で魔王を名乗る人物に腕利きの冒険者が狙われたって話」


「もちろんギルドには入って来てますよ。でも、魔王はもう300年も復活してないんですし、誰かが魔王を勝手に名乗っただけじゃないですかね。漆黒七雲客を名乗った方がまだ現実味がありますよ」


「まあいずれにしろ、さっさと勇者様達に倒してもらいたいよなぁ」


 勇者パーティー。その言葉を聞いてぼくの気持ちは一瞬曇る。


 ――漆黒七雲客にさえ手こずっていたぼく達――というかチェリーちゃん達が、もし魔王なんてものが復活しちゃったら勝てるとは思えない。でも、そんなの今のぼくが考えることじゃないし、どうにかしてもらわないと困る。追放された身としても。


 そんなことを考えながら


「そ、そうですね……」


と歯切れ悪く答えた時だった。


 こんな時間なのにギルドの扉が開かれたかと思うと、ワインレッドのフードを深く被った人物がお供か何からしく同じくフードの人物を両脇に2人伴って、入ってくる。


 見慣れない人だな。カウンターに戻らずにそんなことを考えていると、フードの人物はまっすぐ話しているぼく達の方へと向かってきて、なぜかぼく達より5メートルほど離れたところで立ち止まる。


 んん?


 そう疑問に思った次の瞬間。


「これくらい離れていれば初対面でも、お話くらいさせてもらえるかな」


 フードが外されて出てきた少女のあまりの美貌に、ぼくは一瞬、女性恐怖症であることを忘れて見惚れちゃう。星が零れ落ちたかのような眩い金髪。緋色の瞳。透き通るような白い肌。彼女の美貌は芸術の域に達していた。社交界とかならまだしも、こんなむさくるしい冒険者ギルドにはあまりにも不釣り合い。一体何者? その疑問は、ぼくの真向かいに座っていたトニーさんの言葉で明らかになった。


「ビスガリーナ男爵令嬢……あなたがなぜこんなところに」


 トニーさんに男爵令嬢、と呼ばれた少女は小さくはにかんで答える。


「たまたま近くによる用事があったからミレーヌのところに寄ったんだけど、ちょっと気になる子がいるって聞いてね。それに、冒険者ギルドに依頼したいこともあったし。それに、もうわたしは家督を継いでるから『令嬢』じゃなくて『男爵』」


 そう言ってビスガリーナ男爵の緋色の瞳が、不安で揺れ動くぼくの檸檬色の瞳をまっすぐ見つめて来た。

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