第3章
第42話 第3章プロローグⅠ 恋のキューピット作戦!
*今回より3章です。珍しくソラ視点です。
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「ほんと、面倒くさい2人の恋路を応援することになっちゃったな」
真夜中、殆ど人がいなくてがらんとした冒険者ギルドに、ボクのそんな呟きが響き渡る。
アリエルが蒼弓の魔女を倒したあの日。ボクはアリエルと一緒に魔女の洋館のすぐ近くまで赴いていた。それから十分ほど経って。泣きながら洋館を飛び出してくるアリエルを見たボクは何事かと思って洋館に飛び込んだ。すると、そこには自嘲を漏らす憔悴しきったご主人様と、伸びきった魔女がいた。その状況でボクは何となく状況を察しちゃった。
アリエルもご主人様も、本当に不器用すぎる。ボクから見れば、もうちょっとのきっかけがあれば2人は相思相愛になれると思う。でも、お互いに中途半端に不器用だから、こんな風に衝突しちゃった。お互いがもう少し素直か、もう少し大人だったら、こんな風に決別することなんてなかったんだろうな。でも、実際はお互いに中途半端で、最悪の決裂をしてしまった。これは、あの2人だったら遅かれ早かれ、いつかは起こりうることだったのかもしれない。
それでも、ボクはあの2人をそのまま放っておく気になれなかった。悔しいけど、あの2人はボクから見てもお似合いだ。あの2人は一緒になって、幸せになるべきだと思っちゃう。そこまで思っちゃうのはご主人様が誰よりも幸せになって欲しい相手だから、っていうのだけじゃない。なんだかんだでボクも、不器用なりに一生懸命なアリエルに、感化されちゃったところがあるんだと思う。彼女のことを応援したいと思っちゃうボクがいたんだと思う。
それこそそんなボク自身の性格もそうとう面倒くさいな、と思うと笑っちゃう。でも、そんなボクがボクは嫌いじゃなかった。
「好きな人が他の人と恋に落ちるのを応援するなんて、ソラちゃんはドMなんですぅ? 2人の仲が決裂したなら、普通なら弱みに付け込んで自分が堕としにかかるとかするものじゃないのですぅ? 」
ものすごく失礼なことを言ってくるのはこの時間のこの場所の主のレム。冒険者ギルドで受付嬢を務めているレムはギルド職員の中では唯一、住み込みで働いているのだった。と、いうかここではギルドマスターも含めてレム以外の職員を見かけたこと自体ないんだけど。
レムの言葉に、ボクは顔を顰めてみせる。
「別にそんな趣味はないよ。全てはこんなボクにすら応援させたくさせるアリエルが悪い」
むすっとしたままそう答えるボクに、アリエルはからからと笑う。
「ま、そういうことにしておいてあげるのですぅ。そんな風に健気に好きな人の幸せを願うソラちゃんのこと、レムは大好きなのですぅ。レムがいい子いい子してあげるのですぅ」
そう言ってボクの頭を子供をあやすかのように撫でてくるレム。その掌は悔しいけど、気持ちいいと思っちゃった。
「……ってことで、レムには迷惑をかけるけど、レムはアリエルの方のフォローをよろしくね。ボクはご主人様の方をフォローしておくから」
「気にしないでほしいのですぅ。アリエルちゃんを蒼弓の魔女様とファーストコンタクト取らせちゃったことにはこれでも責任を感じているのですぅ。それに、何より大好きなソラちゃんの頼みなのですぅ! 」
そう言って抱き着いてくるレム。ほんと、この子はブレない。彼女が言う『好き』が恋愛感情であることはボクには最初から分かってる。そして逆に、ボクがご主人様一筋で絶対にレムに振り返らないことを、レムはわかってる。それでいながら、お互い了承のもとボクとレムはもう十年近くも『片思い』の関係を続けている。それを言えばボクだって、最初から自分の初恋が叶わないことをわかりながらもその人に幸せになって欲しいと思い続けているもの好きだから、ボクとレムは似た者同士で馬が合うのかもしれない。だからこそ、何でも言い合えるし、いざと言う時に一番頼れる相手になっていた。アリエルもアリエルで、ボクのなかでそんな相手に頼みたくなるくらいボクの中でいつの間にか大きい存在になっている。
――本人達から望まれたことじゃない。なんだったらご主人様を助けたアリエルみたいに余計なことしないで、って言われるかもしれない。でも、何よりボクが今のままじゃイヤだし、納得がいかない。負けヒロインでしかないボクにどこまでできるかなんてわからないけど、やれることは全部やっておきたい。
そんなことを思ってると、カウンターに置いたボクの右手にレムが手を重ねてくる。
「ソラちゃんとレムなら、2人の恋のキューピットになってあげられるのですぅ。だから、そんなに不安にならなくていいのですぅ」
恋のキューピット。ゆるふわ系ギルド嬢のレムはともかくボクには似合わない言葉に、ボクはつい笑っちゃう。
「恋のキューピット、か。ガラじゃないけど、そうなれるといいね。――そういえばさ、アリエルって人を惹きつける才能があるじゃない? あれ、レムは何か裏があると思う? 」
ふと頭によぎった疑問を口にしてしまうボク。その疑問はアリエルのことを憎からず思っているボク自身に対するちょっとした違和感から生じたものだった。思い返してみると、アリエルが元々勇者パーティーを追い出されたこと自体、アリエルが勇者2人の求愛を一身に受けたものだった。考え始めるとアリエルの人を魅了する能力は魔術の域に達しているような気がしてくる。その問いに、レムは首を傾げる。
「そうですねぇ、確かにレムもその可能性は一瞬考えたのですぅ。可能性があるとしたら人のあらゆる認識に干渉する概念魔法【幻想】で人の心を操って誰からも好かれるようにしてるんじゃないか、とも思ったのですぅ」
「概念魔法って……アリエルが概念魔法持ちじゃないってことはあの蒼弓の魔女が言いきっていたじゃない」
「でも、蒼弓の魔女様自身も生まれながらの概念魔法使いじゃない――魔女様が使う【原素】は殆ど外部デバイスである蒼弓から供給されているものだから、魔女様に本当に概念魔法使いかどうかを見分ける力があるとは限らないのですぅ。それに、それこそ【幻想】を使えば認識阻害なんてたやすくできるのですぅ。そして、【幻想】ならば対人戦闘でアリエルちゃんが圧倒できるのも納得できる――なぜなら敵が人である以上、認識阻害を行って自分の攻撃を過敏に感じさせたり戦闘中の状況認識・空間認識自体をいじり、阻害してしまえばいいのですぅ」
「……あんた、たまに顔に似合わず怖いこと言うわね」
この子の倫理観が心配になってきた……。
「で、レムに聞くってことは、ソラちゃんも何か仮説があるのですぅ? 」
「仮説ってほどじゃないけど……アリエルのあの魅了の力がボクの【呪詛】みたいに転生者としての【呪詛】ないし【祝福】だったらちょっと嬉しいかな、って思ってるところがある。だって、それならばあの子が転生者としてもボクの後輩になってくれる気がするから」
そんなことを思ってしまっている時点で、ボクは自分で思っている以上にアリエルに『魅了』されているのかもしれない。そんなボクのことを、ソラはからかったりはしてこなかった。
「なるほど……でも、結局そんなのどうでもいいと思うのですぅ」
「えっ? 」
「いくら魅了の力があったからと言ってそのせいで自分の意思での信頼や信用が完全になくなる訳じゃない、っていうのは似たような【呪詛】を持つソラちゃんが誰よりもわかっているはずですぅ。少なくとも、レムから見たら領主様も、ソラちゃんも、そしてレムも、自分の意思でアリエルちゃんに好意を抱いて言うと思うのですぅ。それは決して、作り物なんかじゃない。そう思えた方が幸せだし、それでいいと思うのですぅ」
「……そうだね。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
「いえいえ、なのですぅ」
そう答えるレムの表情はとても優しいものだった。
「それじゃ改めて。ご主人様とアリエルを仲直りさせる恋のキューピット作戦、がんばるぞー」
「えいえいおー、なのですぅ! 」
そう言って、ボクはアリエルとご主人様の間を取り持つという決意を新たにしたのだった。
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