第41話 とある魔女の話Ⅸ エピローグ

そして実年齢で35歳を過ぎた時。魔力の衰えを感じて私は再び、ラルカの森へと戻ってきた。私の場合、【原素】魔法の殆どを蒼弓と言う形で行使しているから他の概念魔法持ちよりも肉体に対する概念魔法の浸食ペースは著しく遅い。むしろ、概念魔法によって受ける肉体強化や老化防止の恩恵の方が大きいくらい。そのおかげで、何だったら私は18歳の容姿から変わってない。


 でも、それと私自身が保有する、【原素】をコントロールするための魔力が保たれているかは別。35歳になった時を境に、私は魔力の衰えを実感するようになって来ていた。


 そこで、メロンとの人生に満足して死んでしまえたらどれだけ誰にとっても幸せだっただろう。けれど、実際の私は生にしがみついていた。最愛の人を自分の手で殺めてまで手に入れた2人での永遠だもの、こんなところで終らせたくない。それに、世界にはまだまだ【原素】を正しく使い、世界の秩序を守る人間が必要だ。そう思ってしまった私は、ランベンドルト辺境伯から持ち掛けられた禁断の契約に乗ってしまった。


その契約とは次のような内容だった。次世代以降、ランベンドルト辺境伯家は半永久的に各世代で最も早く生まれた子供の魔力を差し出す。それによって私は【原素】を維持する魔力を安定的に手に入れることができる。その代わりに、辺境伯は私に【原素】の力を使って領地を守れ、と求めてきた。


 その魅惑的な相談に私は乗ってしまった。でも数年も経つと、その契約を結んだことを私は後悔するようになる。生まれてから50年経ち、70年経ち、100年近く生きてしまえば、生きるのに疲れてしまった。それでも、何人かの子供を犠牲にして生きながらえてきた以上、私からこの契約を降りるなんて言うことはできなかった。あの子達を犠牲にしてまで私が、”蒼弓の魔女”が生き続けていることには意味がある。そのおかげでランベンドルトは平和を保ち、世界の秩序も維持されている。そう自分を肯定し、その自己肯定はいつしか私を駆り立てるものになっていた。そのことに自分では気づくことすらなく、私はどんどんと冷徹な調停者バランサーを演じていった。


 そんな、呪いのようなものから私が救い出されたきっかけはたった1人の女の子によるものだった。その少女はこれまで不敗の私を真正面から叩き潰してくれた。私が世界の、ランベンドルト領のために必要だったなんてただの思い上がりだったってことにようやく気付かせてくれた。


彼女に倒された瞬間。私の心に湧いてきた感情は彼女に対する憎しみでもなければ恐怖でもなかった。これまで自分が自分に対してかけていた重荷からようやく解放されたような気もした。私は強くもなんともないんだ。だから、私が頑張りすぎなくてもいいんだって。そして、私の『正義』を真正面から打ち砕いてくれたからこそ、正しくあろうという気も爆ぜて、ふっと心が軽くなったような気がした。


 ――だから君は、私にとっても『勇者様』だったのかもしれないね。クラリゼナ王国が認定した歴代のどんな勇者よりも勇者らしく、さ。


 そんなことを思いながら。光の剣を浴びた私の意識はゆっくりと薄れていった。

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