第43話 第3章プロローグⅡ 蒼魔女はバーにいる
同日同時刻、王都――。
王都の路地裏に少し入ったところにある喫茶店。そこは、夜になるとバーに姿を変える。と、言ってもそこまで有名な店ではないからか、平日の真夜中という時間帯も相まってがらんとしており、バーの店主にしては似つかわしくな筋骨隆々の大男がグラスを磨く音だけがいやに響く。と、その時。
入り口のドアに付けられた鈴が軽やかな音色を立てる。入ってきたのは黒ローブの女性だった。一見、17,8歳くらいの少女にしか見えない。でもその実年齢はもう100年近くを生きた、蒼弓の魔女と呼ばれる魔術師だった。店主は入ってきた彼女に少し目配せした後。
「あんたが王都に来るなんて20年ぶりじゃないかキャロ。王都にはなるべく近づきたくないんじゃなかったのか」
と言ってカウンターに座った彼女の前に赤色の液体が注がれたグラスを差し出す。それを当たり前のように蒼穹の魔女はとって一含みしてから、彼女は口を開く。
「まあね。ちょっと気になる子ができたのよ。わたし達の概念魔法【原素】を圧倒する魔術師。彼女のおかげで私はこれまでずっと囚われていたものから解き放たれた気がする。そんな彼女について、もう少し知りたくなったの。王都の情報屋である、あなたなら何か知ってると思って」
「なるほど、やけにボロボロの黒ローブはその相手にやられたのか」
そう言う大男に黒ローブを一瞥されると、明らかに蒼弓の魔女は不機嫌そうな顔つきになる。
「で、100年近く生き続けた大魔女を圧倒したのはどの概念魔法の使い手なんだ? ここ数年王都にずっといた俺が情報提供できる相手なんて、この国の『勇者』ぐらいしかいないが……」
「それが、漆国七雲客じゃないからタチが悪いのよ。彼女の名前はアリエル――元勇者パーティーのメンバーよ」
その名前を告げた瞬間。大男は一瞬目を丸くし、それから快活に笑い始める。
「アリエルか。確かに、あの子だったら概念魔法持ちに対抗できるかもしれないなぁ」
からからと笑う大男に、蒼弓の魔女は不機嫌そうな表情をさらに強める。
「その言いぶり――あなた、彼女と何らかの特別な関係でもあるの? 」
「まあな。数年前まで俺の部下――この店の店員として雇ってたことがあるくらいだからな。客としても何度も来てたから、丁度今あんたが座っている席にも座ったことあるぞ」
その言葉に蒼弓の魔女はぎょっとして自分の座っている席を二度見する。それから。
ため息をついて座り直す蒼弓の魔女。
「部外者は雇わないって誓っていたあなたが雇うなんて……まあでも、あの子と殺し合った後だったら、ちょっと納得できちゃうかも」
そう言って蒼弓の魔女は頬を緩める。
「それにしても……彼女って一体何者? 私達の概念魔法を打ち破るなんて、
蒼穹の魔女の疑問に大男は嘆息を漏らす。
「いや。ただの
「はいはい、お伽噺を鵜呑みにするなら、ね。あの子の正体は何だって言うの?
「だから、一番あり得る可能性としては
大男の言葉に蒼弓の魔女は息を呑む。
「ただの
席を立ちあがってのけぞる蒼弓の魔女。そんな蒼由美の魔女に対して、大男は淡々と考察を話し続ける。
「別にそう驚く話でもないだろ。この350年間、逆に言えば俺達
「もしそうだとしたら……一体どうなっちゃうっていうの? 」
「それこそお伽噺のような、勇者と魔王の大戦争が始まるかもしれないな。クラリゼナが作った虚構よりもはるか前の、本当の神話の時代の戦いが」
「……それが起こった時、あなたは私に協力してくれる……? 」
「それは条件と状況次第だな。ランベンドルト領にいる
「あなた、まさか裏切る気……? 」
「裏切るも何も、最初から俺達は利用し合うだけの関係だろ。お前はこの世界の住人として、この世界の住人で会った師匠の弟子として、この世界の秩序を守りたい。俺は妻が待つ元の世界に帰りたい。力を持ちつつも世界全体をひっくり返すことはできない、中途半端な力を持った漆国七雲客と転生者の間に結ばれた、紙よりも薄っぺらい盟約なんだから」
大男の返答に蒼穹の魔女の顔は見る見る強張っていく。それに対して大男は無表情のまま。
凍り付くような沈黙の時間が流れる。それを破ったのは、グラスの中の氷が解けて擦れ合うカチャン、と言う音だった。
その音に蒼穹の魔女ははっとし、大男はおもむろに微笑を浮かべる。
「まあ気にするな。今のアリエルは前世の記憶なんて全くないから
そう言って握手でもしようと言うのか差し出される大男の手。それは蒼弓の魔女にとってなんだか恐ろしく見えた。
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