第39話 とある魔女の話Ⅶ 2人の永遠

「……そんなことなら、なんで本当のことを話してくれなかったの? 自分の手で大切な人を殺さなくちゃいけないくらいなら、わたしは【原素】の力なんて要らない! うんうん、メロンと一緒にいるために、わたしはメロンの力を引きつぐって決めたんだよ? だったら、メロンのことを殺さなきゃ力を引き継げないなんて、何の意味もないじゃん! 」


 あまりに残酷な真実にヒステリックに叫ぶわたし。自分で勝手に盛り上がってメロンに無理を言って、苦しい修行に耐えればメロンのことを救えるんだって、1人で勝手にそう思い込んでいた。100%わたしが悪い。そんなことはわかっていた。分かっていても、泣き叫ばずにはいられなかった。だって、こんなのあんまりだよ……。


 そう、悲しみと憤りで体を震わせてると。


 不意にメロンが持っていたナイフを床に投げ出して、わたしの右手を両手で包み込んでくれる。メロンの手の温もりを感じ、わたしの体の震えは一瞬とまる。そして


「それは違うよ」


とメロンはきっぱりと言い切る。


「1年前のあの日。キャロから話を持ち掛けられた時、私はキャロが弟子入りすることに乗り気じゃなかった。【原素】を引き継いだところで私は助からないし、それどころかキャロに私を殺させて、誰も幸せにならないだけだ、ってそう思ってた。それに、キャロ自身に力を扱うための最低限の能力がないから、そもそも【原素】を預けるとなると、恐らく私に残された時間の殆どを使ってキャロのことを鍛えないわけには行かない。そんなことをするぐらいなら、キャロと残されたわずかな1日1日を大切に、笑って過ごしたい、って思った。でもね」


 そこでメロンは一呼吸置く。そんなメロンの表情は、悩みが完全に吹っ切れたように思えた。


「見方を変えた時、【原素】の力をキャロに受け取ってもらうってことは、これからずっと、キャロが死ぬまで私がキャロの傍に居続けることができるんじゃないか、って思えた。長くてあとせいぜい2年しか一緒にいられないはずだった私達が何十年と一緒にいられる。だとしたら、その可能性にかけるのもアリだと思った」


「……そんなの詭弁だよ。メロンの我が儘だよ! わたしは生きているメロンと一緒にいられないんだったら嬉しくもなければ楽し 」


「そんなことない! 」


いつになく強い調子で遮られて、わたしはつい口を噤んじゃう。それから、メロンは慈しむような目でわたしのことを見てくる。


「そんなことないんだよ。キャロが私の肉体が消えた後に生まれた武器を持っていてくれれば、私は【魔法】と【武器】と言う形でキャロの傍にずっといられる。何だったら森に棲んで迷い込んできた人たちにちょっとした人助けをしたりだとか、若かりし頃の私みたいにもっと積極的に、『正義』のために力を使う私を引き継いでくれてもいい。理念も引き継いでくれたっていい。とにかく、肉体を持つ人間としてじゃなくっても、私はずっとキャロの傍に居られる。それなら、何もせずに2年しか一緒にいられないよりも、何十年一緒にいられる。そんなロマンチックな可能性に、私はかけたいと思ったんだ」


「……そんなの我が儘だよ」


 やっとのことで押し出した恨み言に、メロンはからからと笑う。


「確かにそうだね。そう言われたら否定できない。でも、これまでさんざん我が儘を聞いてきたんだから、最後に私から1つくらい我が儘を聞いてもらってもいいんじゃないかな」


「無理だよ。大体、メロンがいなくなったら、わたしは明日からどう生きていけばいいって言うの? 」


「生きていけるよ。だってそのためにこの1年間、キャロを無理やり突き放して、人間としての私がいなくても生きていけるように訓練したんだから。今のキャロは私と出会ったばかりの諦めてばかりの弱い子でもなければ、私と過ごした3年間のように私に甘えてばかりの女の子でもない。1人でも生ていける強い子になってるはず。それは、あなたの『師匠』である私が保証する」


 そこでわたしは初めて気づいた。この1年間の修業は、単に【原素】を引き継ぐためだけのものじゃなかった。メロンがいなくなっても生きていけるように、っていう誰よりもわたしのことを思ってくれたメロンの愛情の裏返しでもあったんだ。


「それに、概念魔法に、顔も知らない神様から授けられたへんな力に殺されるくらいなら最愛の人の腕の中で私は死にたいな。残酷なことを言っているのはわかってる。でも、最後に私の願いを聞いてくれないかな。


 信じていた者全てに裏切られても誰も恨むことがなかった君にならば、この願いを託し、概念魔法【元素】私の生きた証を託すことができる。私にとって世界にただ1人しかいない天使様である君にこそ、私の人間としての命を絶つ瞬間と力を託したい。だから、我が儘を聞いてくれないかな。――君が私の力を託したい、と思えるような『弟子』に出会うその日まで、ね」 


 メロンの生きた証、か。


 そう心の中で反復してみる。その時には、もうわたしの心は完全に傾いていた。


 わたしは床に投げ出されたナイフを拾い上げ、ぎゅっと握りしめる。


「わかった。――でも、私があなたのことを手放すなんてことないよ。私があなたのことを託せると思う人なんて、『弟子』にしたい人が現れるなんて思わない。だから死ぬまで、うんうん、死ぬ運命ですらも意地でもはねのけて、何十年・何百年と生き抜いてやる。メロンの分まで、メロンと一緒に生にしがみついて、メロンの理想も力も、何もかもすべてを引き継ぐ。


 メロンが守ろうとしたこの世界を守って、メロンと一緒に何十年、何百年先の未来も見る。メロンと一緒に世界中も見て回る。だから、メロンの方こそ、離れ離れになったりしないでずっと一緒にいてね。重い女だとか今更思っても、絶対手放してなんてあげないんだから」


 そうちゃんと決意したはずなのに、いざナイフをメロンの胸に突き刺そうとすると溢れだした涙で視界がぼやけちゃう。視界に頼ろうとするからいけないんだ。わたしは――うんうん、『私』は、見ないでもメロンのことを感じられる。


 それから。目を瞑った私は暗闇の中、最愛の人の胸元に他ならない自分の手で、銀色に光るナイフの刃先を突き刺した。


 上がった血飛沫が、メロンの白い肌を濡らす。そんな彼女のことを、わたしは不覚にも一瞬、美しいと感じてしまった。そして次の瞬間。メロンの全身は淡い光に包まれ……私の手元には一挺の蒼い弓が残された。蒼弓からはさっきまでのメロンみたいな温かみはなく、金属らしい冷たさが伝わってくる。そんな蒼弓を、わたしは恋人にしがみつくようにぎゅっと抱き締めた。

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