第38話 とある魔女の話Ⅵ 新米魔女と師匠の森林デート

 次の日。わたしと師匠――メロンは、もう幾度となく歩き慣れた木漏れ日の中を歩いていた。柔らかな日差しがさす、静かな森の中を、わたしはメロンの車椅子を押しながらゆっくりと進んでいく。


「せっかくのデートなんだから、もっとお洒落な場所をねだってくれても良かったのに」


 そう言うメロンの言葉に、わたしはゆっくりと首を横に振る。


「うんうん、わたしがここが良かったの。この1年間、こうしてゆっくりと一緒に森を歩くことなんてなかったし。それに、これからだってずっと一緒にいるんだもん。世界中のお洒落なところ、楽しい所はこれから一緒に巡り歩けばいいよ。というか、わたしが世界中に連れ出してあげる」


 なんの当てもないにそう断言するわたし。そんなわたしをメロンは驚いたように見て、それから微笑を浮かべる。


「それもそうだね。期待してる」


 そう話しているうちに、わたし達は楠の大きな巨木の前にやってくる。それは、わたしにとって思い入れのある特別な場所だった。


「メロンは覚えてる? 今から5年前くらい、この場所でメロンが、全てを失って絶望の淵にいたわたしに手を差し伸べてくれた日のこと」


 そう。ここは全てを失ったわたしが「始まった」場所。そんなわたしの言葉に、メロンもしみじみとした様子で頷く。


「忘れるわけないよ。私にとってもここは、羽根の引きちぎられた天使と巡り合った大事な場所だもの」


「羽根の引きちぎられた天使? 」


 はじめて聞く言葉にわたしは反復すると、メロンは明らかに「しまった」と言った表情になる。でも結局、観念したように話しはじめる。


「照れ臭かったからこれまで言えなかったんだけどさ……私、キャロのことを一目見た瞬間から貴方に見惚れちゃってたんだよね。天使のような美貌を持ちながらも深く傷ついた君はまるで、羽根が引きちぎられて天へと帰ることのできなくなった天使のように私の目には映った。そしてそんな君と話していると、誰も恨むことのないキャロは心まで天使だった。


 そんな正しすぎて、眩しすぎる君のことを見ていると、私は君のことを甘やかしてダメにしたい衝動に駆られた。それは自分と比べた時の劣等感だったのかもしれない。自分で選んでこの森に引きこもりながら、私は世界を、運命を呪っちゃったから。でも、そんなことを考えちゃう時点で、私も相当の人でなしだよね。言葉を尽くしたところでさすがは魔王候補、といったところか」


 自嘲気味に言うメロン。でも、メロンは言いかけた台詞を最後まで言うことができなかった。否、わたしが言わせなかった。諦めたような口調で言い切る瞬間。わたしはキスをしてメロンのことを黙らせる。


 メロンは暫く何が起こったのかわからずに呆然としていた。でも、数秒してからあわててわたしの体を引き離す。


「な、なにやってるのキャロ。好きでもない相手にキスをするなんてはしたないよ」


 頬を上気させながら言うメロンの反応は初心で可愛い。そんなメロンをちょっとからかいたくなってわたしはいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「この数年間でわたしは誰かさんのせいで堕天使に堕とされちゃったもんね。イケナイことだってしちゃうよ。――ってのは半分冗談で」


 そこでわたしは一呼吸おいてから、言葉を続ける。


「別にメロンはそのままでいいと思う。だってわたしは、そんなメロンに救われたんだから。あなたがいてくれたから、今の素直に人に甘えられるわたしがいる。あなたと出会えたから、これまで親の操り人形だった『わたし』から本当の『わたし』になれた気がする。今のわたしにとって世界で一番居心地がいい所はそんなわたしのことを甘やかしたがるメロンの隣で、メロンがいないとわたしはもう生きていけないんだよ。他の人から共依存と言われようが、歪んでいると言われようが、そんなの関係ない。だから、これからもずっと一緒にいてほしいな。わたしは、そんなあなたが大好きなんだから」


 不意にメロンの頬に一筋の涙が伝う。それから。


 初夏の静かな森の中。そこに、わたしとメロンが接吻し合う音が響き渡った。




 そして迎えた【原素】の引き渡しの日。その日、朝からメロンはどこか寂しそうな表情をしていた。そして。


「キャロ、それを使って私を殺して・・・・・・


 そう言ってメロンが差し出してきたのは小型ナイフ。その意味が、わたしにはすぐには理解できなかった。いや、脳が理解することを拒んでいた。


「メロン、何の冗談? それとも、まだわたしが【原素】を受け継ぐにふさわしいかの試験が続いてる……? 」

 

 わたしは努めて明るく尋ねたけれど、メロンは悲し気にゆっくりと首を横に振る。その表情を見れば、冗談でないことは明らかだった。


「【原素】の魔法を誰かに引き継がせる、そんなことができるのは私が人間として死ぬときだけなんだ。概念魔法持ちが一定程度の魔力を持った相手に殺され、人間としての生を終えると彼女らは概念魔法を宿した武器となる。だから、キャロに私の力を引きつぐっていうのは、魔法師として一定の能力を手にしたキャロに私を人間として殺してもらうって言うことなんだよ。魔王と呼ばれる概念魔法持ちが他の概念魔法持ちを殺しまわってその力を奪うように、ね」


 その言葉に、わたしは背中に冷水を浴びせられたような気持ちになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る