第37話 とある魔女の話Ⅴ 修業の果てに
次の日から始まった概念魔法【原素】を引き継ぐための修業は過酷をきわめた。概念魔法と言う強大な力を受け継ぐにはまず器としての頑健な肉体作りが必要。ということで1日数十キロにも及ぶランニングや筋トレをさせられた。これまで貴族令嬢として育てられてきて、森に棲み始めても力仕事は簡単な魔法で済ませてきたわたしだもん。余計な脂肪こそついていないけど、代わりに筋肉も全くついていなければ体力なんて全然ない。そんな私に対して、師匠は容赦なくスパルタでわたしの体を限界まで追い込んでいった。
それと並行して行われたのが魔力と魔法行使技術を高める修行。これは【原素】の力をいざ受け継いだ時に、自在に使いこなせるために行うもの。魔法についてはこれでも貴族としてある程度の自信があったんだけど、その自信はものの数分で打ち砕かれた。師匠が求める魔法の水準は、戦闘を旨としない一国の王太子妃に求められる魔法の技量とは次元が1つ違った。毎日何百回、何千回と魔法を放ち続け、魔力と集中力が尽きてぶっ倒れるまで魔法の訓練は続いた。
夜明けとともに始まり、日付が変わるまで続く厳しい修行。そんな修行に元貴族令嬢でしかなかったわたしの体はすぐに悲鳴を上げ始めた。正直めちゃくちゃ辛くて、苦しかった。でも、泣き言を言うことはできなかった。なぜなら、師匠は日を追うごとに、目に見えて憔悴していったから。
生気、肌のハリ、髪の色。色々と指標はあると思うけど、それらが師匠から少しずつ失われていっているのは明らかだった。それと同時に運動機能もどんどんと失われていく。杖をつくようになり、次第に車椅子なしでは移動も心許ない状態へとなっていった。そんな自分の変化に気づきながらも、わたしをこのまま残してはいけないから、意地で生にしがみついている、そんな気がした。
タイムリミットが迫りつつあることを意識する度にわたしは本当に間に合うのか、不安で押しつぶされそうになった。でも不安に感じている暇はない。そう自分を鼓舞して、考えても仕方ないことは頭の外に追いやるようにしていた。
そしてわたしが修業を始めてから1年後。
その頃にはわたしは全身引き締まった頑健な肉体を手にしていた。筋肉質な肉体は乙女としてはどうなの、って思わなくもないレベル。まあ別にどこかにお嫁に行く予定もなければお嫁さんになりたいなんて言う気はさらさらないからいいんだけどね。
そして魔力量・魔法の行使技術も格段に上がった。魔力量はわたし自身が創り出せる量はこれまでの2倍に増え、行使技術に至ってはクラリゼナ王国の勇者パーティーメンバーに引けを取らないレベルにまで引き上げた。
「それじゃあ今から、キャロが私の力を受け継ぐに値するかどうかの最終試験を行うね。だけど試験の前に約束してほしい。――この試験に落第したら、私の力を受け継ぐことなんて諦めて」
と、いうことは最終試験のチャンスは一度きり、ってことか。そのことを認識するとさすがにごくり、と唾を飲み込んじゃう。でも、ここで諦めるわけには行かない。それはこの1年間を無駄にすることにもなっちゃうし、何より師匠を失うことを自ら選んだりしたら、きっと将来自分自身が後悔するから。
「最終試験の内容は簡単。今から私の体の一部、もっとわかりやすく言うと毛髪をキャロの脊髄の中に埋め込むわ。感覚を魔法で鈍化させたり麻酔を打ったりすることなしに、ね。私の毛髪には【原素】の力が一部宿ってる。一部とはいえその強大な力の浸食に耐え切り、抑え込み、自分の力として使いこなす――それができたら、キャロのことを私の後継者として認めてあげる」
そう説明しながら、師匠は術式を発動させる。するとわたしを取り囲むかのように床に魔法陣が展開され、師匠の手がわたしの背中を撫でる。次の瞬間。背中が切り開かれる鋭い激痛が走った。それに声を上げそうになるのを、歯を食いしばって懸命に耐えた。でも、真の苦しみが襲ってくるのはこの後だった。
明らかに異物が自分の中に埋め込まれた感触があった、その次の瞬間。
「―――――――――――! 」
絶叫を上げながらわたしはその場でのたうちまわる。膨大な力が、わたしの体を内側から全力で喰らおうとしてくる。体の中が熱くて、痛くて、仕方がない。
――これが生まれついて持っていない概念魔法を無理やり取り込むって言うことなの?
飛びそうになる意識の中で思う。でも、意識が飛ぶのだけは必死に耐える。意識なんて失っちゃったら、この最終試験不合格は確定だから。
苦しみながらもなんとか意識を保とうとわたしを、師匠は不安げに、でも何かを期待するかのように見下ろしていた。
――師匠だってわたしのことを虐めたくてこんなことをしてるわけじゃない。本当はこんな苦しみをわたしに味あわせたくなくって、でもわたしが我が儘を言ったから付き合ってくれてるんだ。だったら……なおのこと、こんなところで負けてられない。
そう思って、わたしはもう一度、自分を鼓舞するかの様に強く歯を食いしばった。
そんな時間がどれほど続いたのだろう。体感としては永遠にさえ思えたその苦しみが完全に消え去った時には、わたしの全身の毛穴と言う毛穴からびっしょりと汗が噴き出ていた。着用している服は汗びっしょりで重みを増し、気持ち悪い。でも、そんなどうでもいいことに気が回るくらいには意識ははっきりとしていた。そして――これまではなかったはずの【力】が確かにあることを実感できた。
「最終試験合格、ね。おめでとう」
そう言って師匠――メロンはこれまでの長い長い修行の間見せたことのない満面の笑みで祝福してくれる。そんな彼女を見た時、改めてわたしは【力】を受け継ぐ資格を手に入れたことを認識する。そう思うと、感慨や安堵、これまでの辛かった思いなど、いろいろな感情がこみあげてきて、そして。
「め、メロン~! 」
感情に突き動かされるまま、わたしは車椅子に腰かけるメロンに抱き着いちゃう。修行中、ずっと我慢してきたこと。でも、もう我慢する必要はない。この後、正式にメロンから【原素】を引き渡してもらえれば、今後もずっとメロンに甘やかしてもらえる。そうわかっていても、やっぱりメロンに優しくしてもらいたい衝動は抑えられなかった。そんなわたしのことを、メロンは優しく抱擁して受け入れてくれた。
「本当によく頑張ったわね。今日と明日はとりあえずお祝いして、明日は1日デートでもしようか。それから明後日。私の概念魔法【原素】をキャロに託すとしましょう」
今から思うと、そう言って微笑むメロンの笑顔はどこか寂しそうだった。でもその時のわたしは浮かれていて、そのことに気づかなかった。
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