第36話 とある魔女の話Ⅳ 侯爵令嬢の弟子入り

「と、いっても何度か行われたその魔王を選抜する代理戦争は世界全土に甚大な被害を及ぼしてね。2つの大陸を沈ませ、全人口の1/3が死亡した戦いもあったとさえ記録されている。だからクラリゼナを除く7か国はある時、【概念魔法】持ちの魔術師を兵器として支配下に置くこと、並びに【概念魔法】を用いた戦争の永久放棄を定めた条約を結んだ。そして、最後まで条約締結を拒んだクラリゼナは他の7か国の連合軍に攻め入られ、無理矢理条約に調印させられた。それが丁度、今から200年前の話」


 200年前。それはクラリゼナでも魔王が封印されたとされる時期と符合する……。


「ここ200年の間、クラリゼナを除いて【概念魔法】の使い手が国家に支配されることもなければ、明らかな魔王選抜の戦争は起こらなかった。でも、起きていないだけでその200年の間も、概念魔法は各国で引き継がれ、『魔王候補生』とでも呼ぶべき人間は存在し続けたの。そして――概念魔法・【原素】の使い手である私もそのように現代にあって過ぎたる力を引き継いでしまった者の1人」


 自嘲気味にメロンは言う。


「200年間、国家が干渉した概念魔法を用いた戦争は表向きは起きなかったし、国家のバックアップを受けてないこともあって魔王が誕生することもなかった。でも、その間も概念魔法の使い手同士の小競り合いは続いていてね。物心ついた時から、私も幾度となく同じ概念魔法の使い手同士の戦いに巻き込まれた。私自身、何度も殺されかけたし、逆に相手を殺したりもした。そんな境遇だったからこそ、私は力を正しいことに使うんだ、自分の力でこの世界の平和を守るんだ、って若い頃はそう意気込んでいた。そのために世界中を回り、『平和』『秩序維持』の名の下に私は概念魔法で人の命を奪い続けてきた。


 でもそんな生活をする中で、自分1人の力っていかにちっぽけなものなのかも何度も自覚していった。少なくとも同じレベルの概念魔法を持つ人は世界にあと7人もいるわけだし、いくら強大な力を持っていると言っても私は個人に過ぎない。そして、概念魔法を持っているからと言う理由で私が原因となっちゃった争いだって沢山生じた。


 そう思うと私は疲れちゃったんだ。だからせめて力を持つ者としてこれからはひっそりと生きようと思った。概念魔法持ちが表立って出るから世界の平和は乱されるんだ、そして少なくとも【原素】である私が表舞台に出なければ概念魔法を収集する魔王を目指す者が現れても魔王の復活は起こりえないから、結果的に平和を守ることに繋がるんじゃないか、って自分を納得させるようにした」


 メロンは言葉を切って、深い溜息を吐く。


「でも、それももう厳しいみたい。概念魔法持ちの寿命って短いみたいなんだよね。他の人に比べたら人間の手に余る魔法を入れる器として頑丈だけれど、それでも概念魔法はこの世の理そのもの。最初から人型の器に長期間にわたって入れられるようなものじゃないんだよ。だから大抵、30歳手前くらいで体のガタが来て、【力】に蝕まれた持ち主は命を落とす。そして主人を失った概念魔法は再び、同じ国に次の生を受ける顔も知らない誰かに次の子に託しちゃうのは気が引けるし、不安ではあるけどね」


 そう悔しそうに話すメロンは蒲公英の綿毛のように儚くて、ともすれば飛んで行ってしまいそうに思えた。


 ――そんなの嫌だよ。


 そう思った私は気づくと、メロンのパジャマの袖をぎゅっと握りしめていた。そんなわたしに、メロンは驚いたような表情になる。


「ど、どうしたのキャロ……? 」


「知らないよ! でも、こうしていないとメロンがすぐにどこかいっちゃいそうで、不安で……。だって、もうわたし、メロンがいないと生きていけないもん! 」


 我が儘だなぁ、わたし。でも、わたしのことを我が儘にしたのはメロンなんだよ? だから、責任を取って、ずっと一緒にいてよ。 


 そんな雑理論を振りかざしてメロンの胸の中で泣きじゃくるわたし。そんなわたしの背中を、泣きたいのは死を目前にしている自分の方なはずなのに、メロンは優しくさすってくれた。メロンにさすられてるとわたしはふわふわとした気持ちにさせられる。


 ――こんな時間がいつまでも続くといいな。いや、いつまでも続くようにわたしが守るんだ。今のわたしはもう、悲惨な運命を甘んじて受け入れる悲劇のヒロインじゃないんだから。


 メロンの胸の中で泣きじゃくりながらも、わたしはそう決意した。




 次の日の朝。


「ねえメロン。概念魔法って、弟子とかをとって引き継ぐことっでできないの? 」


 昨日よりは体調が戻ってベッドから起き出してきていたメロンに朝の珈琲を淹れながら、わたしはさもなんでもないことのように尋ねてみる。


「引き継ぐ、ねぇ。まあ1つだけ方法はなくはないけど……」


「じゃあさ。わたしのことを弟子にしてくれない? 」


 世間話のようにさらっと告げたわたしの言葉をメロンは珈琲をすすりながら聞き――言葉の意味を理解した途端、メロンは口に含んでいた珈琲を盛大に噴き出す。でも、わたしはいたって真面目だった。


「い、今、なんて……? 」


「だから、わたしをメロンの――師匠の弟子にしてくれ、って言ってるの。首を縦に振ってくれるまで、師匠って呼び続けるから」


 徹底抗戦を宣言したわたしにメロン――師匠は困り顔をしていた。


「ちょ、ストップストップ! なんでいきなりそんなことにな」


「いきなりじゃないよ! 」


 我慢しきれなくなってわたしは師匠の会話を遮っちゃう。


「昨日からずっと、どうやったらずっと師匠と一緒にいられるのか、どうやったらもう二度と大切な人と離れ離れにならないで済むのか、ってずっと考えてたんだ。そして、出た答えが概念魔法【原素】を師匠からわたしが引き継ぐ、っていう解決法。


 逆にこうしたら、師匠は強すぎる概念魔法の力で体が蝕まれなくて済む。そして概念魔法【原素】は師匠が死んじゃったら、今度はどこの誰が引き継ぐかわからない。心無い人の手に渡っちゃったらその人が魔王になるかもしれない。でも、わたしが師匠の力を引きつけば魔王の登場を防いで世界の平和と均衡を守る、っていう師匠の願いも引き継げる。いいこと尽くしだと思わない? 」


「……概念魔法を引き継ぐっていうことがどういうことだか、キャロは本当にわかってないからそんなことが言えるんだよ。今後死ぬまで、力に押し潰され、溺れそうになりながら一生力と向き合わなくちゃいけないのよ? それだけじゃない。『力を持ってる』と言うだけで命を狙われ続けるかもしれない。そんなこともわかってないのに、テキトーなこと言ってほしくないし、私にとってだって大切なキャロに、そんな運命は背負ってほしくない。そんな運命を背負わせるために、あの日、傷心しきった君を助けたんじゃない! 」


「わかってるよ! 」


 わたしが声を荒げるとメロンははっとして口を噤む。


「わかってるつもりだよ。それは、昨日の辛そうなメロンを見ていれば分かる。概念魔法【原素】、その神髄をわたしはまだ見たことがないけど、メロンといれば、それが人の手に余る力なんだ、って言うこともわかってるつもり。それでも、もうわたしは大切な人を喪いたくなんてないの。大切な人との仲を引き裂かれたくなんてないの! それはあの日、全てを失ったわたしに惜しげもなく愛を注いでくれたメロンならわかってくれるよね? 逆に、ここまで優しくしておいて、いきなり死ぬとか言うとかあんまりだよ……。それに、メロンの前では我が儘になっていいって言ってくれたのはメロン自身だよね? 」


 いつの間にかわたしの目は潤んでいた。こういうの、なんか泣き落としみたいでずるいな。普段ならそう思う時だけど、今はいくらみっともなくっても使える手段は全て使って、師匠に首を縦に振らせることの方が大事だった。


 わたしの話を一通り聞いて、師匠は暫く考え込んでいた。どれくらいの間黙り込んでいたのか、わたしにとっては悠久のようにも感じられた時間の後。


「わかった。でも、私の力を引きつぐには条件がある。1つは、これからの長い長い修行に耐えた末に、私が課す最終試験に合格すること。そしてもう1つは、最終試験に合格するかキャロか弟子であることを投げ出すまでは私はキャロのことを絶対に甘やかさない。それまでの間は私に対する一切の甘えや口答えは許さずに、厳しく指導する。その条件を、飲んでくれる? 」


 師匠の出した条件にわたしの心は揺らぐ。それは、師匠と出会って変われたわたしを捨てろ、って言うのと同義だったから。


 ――でも、師匠と出会って変わったわたしを永遠に捨てなくちゃいけない訳じゃない。


 そう考えるようにして、わたしは頷く。


「うん、わかった」

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