第35話 とある魔女の話Ⅲ 迫りくるタイムリミット 

 わたしとメロンが住む森での生活は基本、自給自足。畑で野菜と穀物を育てて、狩りや山菜採集をして、木材を切り出して。必要なものは殆ど自分達で調達する。そして本当に時々、森の外の冒険者ギルドに素材を卸して通貨を手に入れ、森ではどうしても手に入らないものを買ってくる。


 王太子の婚約者だった頃とは比べるまでもなく慎ましやかな毎日。でも、わたしにとっては大好きなメロンといられるだけで毎日が楽しかった。貴族だった頃はどうしてもいろんなしがらみに囚われて、大好きな殿下と同じ時間を過ごせる機会なんて1週間の内でもほんの一握りしかなかったから。でも、ここには日々の追い立てられるような公務もなければ、花嫁修業もない。のんびりと時間が過ぎていく。それでいて、本心を隠したりする必要はない。そんな生活の中で、わたしは大分素直になれた気がする。逆に本心を隠して無理をしようとすると毎回、メロンに見抜かれてふくれっ面をされちゃった。


 そんなメロンだったけど、メロンは自分のことになるとあまり話してくれなかった。『知ったところでどうしようもない過去の話でしょ』、そうあしらわれるのが常だったけど、断片的には幾つかのことをを教えてくれた。十数年前までは自分の力で世界の平和を守れると信じて方々を飛び回っていたこと。でもある時自分のちっぽけさを自覚したこと。そして、世界の秩序を守るために何故か、十年ほど前から誰も寄り付かない森の奥深くに棲むようになったこと。そしてたまに森の奥深くに迷い込んだ冒険者からは『魔女』なんて呼ばれてること。


 自分が魔女と呼ばれていることを話してくれた時、メロンは恥ずかしそうにしていた。でも、それを聞いた時わたしはぴったりな呼び名だな、と思っちゃった。【炎】【氷】【土】、そして【風】。この世界を構成する4大原素に関わる魔法は魔法の基礎中の基礎の1つだから、殆どの魔術師が扱えはする。でも、メロンの使う4大原素魔法は無駄がなくて鮮やかで、ふとした瞬間に見とれてしまうほどだった。そんなメロンを森の深くで見つけたらメロンのことを精霊や妖精、もしくは魔女と見間違えてしまうのもうなずける話だと思う。


 そのことを正直にメロンに話すと。


「私が妖精や精霊みたい? やめてよ~、だって私、もうアラサーの大人の女性だよ? フェアリーとか言う年頃じゃないって。恥ずかしい」


「だったら、魔女って呼び方の方がいいの? 」


「それはそれで、お婆さんっぽく聞こえて嫌だなぁ」


「ほんとメロンは我が儘なんだから」


 そう言いながらぷっと吹き出しちゃうわたし。つられてメロンも顔を綻ばせて、2人で見つめ合ったまま笑う。何気ない日常。でもそんな日々が、わたしにとっては何よりもかけがえのない宝物のように思えた。今度はこんな宝物みたいな日々がずっと続くといいな、いや、今度はきっと、死ぬまでこんな幸せな日々がずっと続くんだ。わたしはそう、信じて疑わなかった。でも。



 わたしとメロンが出会ってから3年後。その日常は音を立てて壊れ始めた。




 最初の予兆はメロンが眩暈でもするかのように頭を押さえる日が増えたことだった。当然わたしは心配になって何度か声をかけたけれど、メロンは「平気平気」と言うばかりで、真面目に取り合ってくれなかった。だからわたしからも特に何か言うことがなくなって、そんな日々が当たり前になりかけた矢先。メロンが突然倒れた。


 ――神様はまた、わたしから大切なものを奪っていくの……?


身を引き裂かれるような不安を抱えながらも、わたしは倒れたメロンを必死に看病した、そしてメロンが目を覚ましたのは倒れてから実に3日後のことだった。


「ごめんね、いきなり倒れたりしちゃって」


 いつものように微笑みを浮かべながらメロンが言う。でもその笑顔はいつもと違って無理をしているように感じた。


「わたしの前でそんな取り繕った笑いなんて浮かべないでよ。だってわたしに素直になれ、って言ってくれたのは他ならないメロンでしょ。メロンだって、わたしの前では素直になってよ! 苦しいなら苦しいって、悩んでることがあるなら悩んでる、って言ってよ! わたし達、もうそう言う関係でしょ……? 」


 いつになく強い調子でいうわたしにメロンは暫く逡巡していた。でも結局。意を決したかのようにメロンは口を開く。


「そうだね、いつまでもキャロに黙っているわけにもいかないか――実は私、漆黒七雲客の1人なんだ。この不調は、その影響」


 漆黒七雲客。魔王軍最強幹部と言われる、長いこと聞く機会がなかったその言葉に、まったく動揺しなかったかと言えば嘘になる。でも、そんな動揺は自分でも驚くほど早く引いていった。これが王太子婚約者だった時は国全体のことを考えなくちゃいけなかったから違ったかもしれない。でも、今のわたしは王太子婚約者でもなければ貴族でもないし、『魔王』がどうしようが関係ない。今わたしにとって重要なことはメロンとの森での生活を守れるかどうかだけ。メロンが魔王軍幹部だろうがなんだろうがどうでもいい。


 そんなわたしの反応を確認しつつ、メロンは彼女自身の、そしてこの世界の秘密について話を続けた。その話はこれまでわたし達が信じてたものとあまりにかけ離れていて、驚きを通り越してわたしは呆れちゃった。



 この世界にクラリゼナ王国の臣民が信じているような形の『勇者』『魔王』なんてものは存在しない。なんだったら魔族もいなければ魔族によって支配される領域なんて存在しない。この世界にあるのは8つの人間によって治められている国だけ。そして各国には一人ずつ、【概念魔法】と呼ばれるこの世界の理そのものに直接干渉する大魔法を有した、世界最強の魔術師が存在していた。


 【強化】・【再生】・【時空】・【次元】・【幻想】・【創造】・【崩壊】・【原素】。


 その8人の世界最強の魔術師のことを、クラリゼナ王宮は他国との対立を煽るために自国の魔術師を『勇者』、他国の魔術師を『魔王軍幹部である漆黒七雲客』と呼んでいるに過ぎなかったのだった。


 そのように文字通りの『勇者』『魔王』はこの世界に存在しなくとも、『魔王』は確かに存在する。いや、存在『した』という方が正しいかもしれない。一国に1人ずつ、世界に8人しかいない漆黒七雲客は互いを倒すことで相手の概念魔法を奪うことができた。漆黒七雲客同士の殺し合い、概念魔法の末に勝ち残った、全ての概念魔法を使える存在。そんな世界を支配しうる名実ともに世界最強の魔術師のことを人はいつしか『魔王』と呼称する様になったのだった。


 そんな強大な力に目が眩んだのは漆黒七雲客本人ではなく、彼女らを擁する8つの国家だった。魔王の力で世界征服を企んだ各国は、自分達の国の漆黒七雲客を戦わせ、概念魔法を奪い合わせた。


 そんな、人間の欲望の操り人形となった漆黒七雲客による魔王争奪戦はこの星をめちゃくちゃにしながら、200年近く前まで続いた。

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