第32話 蒼弓Ⅸ 救済と告白の果てに
今回、◇◆◇◆◇◆◇の前後でアリエル視点→ミレーヌ視点に切り替わります。
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蒼弓の魔女を倒した瞬間。戦う女の子の恰好をした自分自身に身体が拒絶反応を起こす。吐き気・眩暈・異様に早くなる鼓動・毛穴という毛穴から噴き出す嫌な汗。様々な体の異変が、限界を報せてくる。相手の魔女さんには悪いけど、戦闘中よりもこの副作用? の方がよっぽどきつい。ぼくは無我夢中で甲冑と鬘を脱ぎ捨てる。すると、まだ豊満すぎる胸の贅肉処理はできてないけど、ここまで来ると拒絶反応は大分緩和された。
――今回は頼らざるを得なかったけれど、やっぱりぼくはまだ、昔の自分が嫌いで、怖い。こんなことを何度も続けてたら本当に体がもたないね。まあ、もうぼくとお嬢様の中を邪魔しようなんて言う怖い女の人はそうそう居ないだろうけれど。……って、お嬢様の様子は?
そこでやっとお嬢様のことまで気が回ってきて、ぼくは慌てて視線を動かす。すると、お嬢様は手足にいくつものチューブを繋がれたままベッドの上に座り込んでこっちを見つめていた。そんなお嬢様の顔は青白くて、繋がれたチューブと相まってとても痛々しい。そして頬に伝った一筋の涙が、ぼくがけ破ってきた窓から差し込む月光に反射して煌めく。
ぼくも痛いのは嫌だからわかる。お嬢様を泣かせているのはきっと、腕に差し込まれたチューブが原因なんだ。その考えに至ってぼくがお嬢様に近づこうとしたその時だった。
「人が頑張って初恋を諦めようとしているっていうのに、なんで毎度毎度、そんなかっこよくあたしのことを助けてくれちゃうのかなぁ! 」
涙をボロボロと流しながら大きな声を上げたお嬢様に、ぼくはビクッと震えてその場に立ち止まっちゃう。お嬢様の言っている意味が、ぼくにはすぐに理解できなかった。別にお嬢様を助けたのはお嬢様に感謝してほしかったわけでもなければ、それでぼくに対する好感度を上げたかったからじゃない。でも、流石に助けたことを大好きな人から責められるなんて思ってなかったから、それはちょっとへこむ。
なんでお嬢様はそんなに怒ってるんだろう。そんなぼくの疑問は、お嬢様の次の言葉を聞いた途端に氷解した。
「こっちは頑張って頑張って、アリエル様のことは忘れようって努力してるのにアリエルがそんなことばっかりするから……いつまでも未練を断ち切れないじゃない! 」
「これまでアリエルの前では言わないようにしよう、しようって我慢してきたけどさ……もういい加減に限界だよ。あなたの存在があたしにとってどんなに残酷だったのか、ってアリエルはわかってる? 女騎士のアリエル様はあたしにとって憧れで、唯一の心の支えだったの。辺境伯令嬢として生まれてきてしまって、誰もから無能の貴族令嬢と言う烙印を押されて、それでも頑張って来れたのは魔法騎士であるアリエル様があたしの心の支えになってくれたから。でも、実際に出会ったアリエルは、あたしの希望をめちゃくちゃにした! それでも、ただでさえ女性恐怖症に苦しんでいるあなたに『あたしが望む、理想のあなたでいてください』なんて言えるわけないじゃん! そんなことを言えない理想の領主様にしたのは他ならないあなたでしょ! だから、あたしは必死にあなたのことを諦めて、折り合いを付けようと頑張ってきた! なのに、なんで未練がましく本当に人が傷ついている時にかっこよく助けてくれちゃうのかなぁ! 」
そこでぼくははじめて悟った。今から1ヶ月ほど前にソラ先輩から一通りの話は聞いて、お嬢様の気持ちは理解しているつもりだった。でもそれは、理解している『つもり』に過ぎなかった。今でも変わり果ててしまった『ぼく』という存在は、現在進行形でお嬢様の失恋の傷口に塩を塗りたくっている。そのことに、ぼくは、全く気付いてなかった。気づいてなくて、お嬢様に一方的に自分の気持ちを押し付けてただけだった。
――嘘偽りない、今のアリエルで、あたしにあなたのことを好きにさせてよ。
舞踏会の時のあの台詞。あの時に、お嬢様は過去の『わたし』に対する思いをある程度断ち切ってくれているのだと勝手にそう思い込んでいた。でも実際は、お嬢様の心は今も、絶対に叶うはずのない初恋に囚われたままなんだ。そしてお嬢様が初恋に囚われている以上、絶対にぼくの初恋もまた、叶わない……。
そう思うとぼくまで泣き出したくなってくる。瞼には涙が溜まっていて、いつ決壊してもおかしくない。でもぼくはそれを必死にこらえる。加害者は100%ぼくの方。なら、ぼくには泣く資格なんてない。
「あなたを見ていると時々、すっごく胸が苦しくなる。あなたは小動物のように可愛らしくって、でも、あなたを見ているとあなたと同じ顔をしたあたしが好きになった女の子はもう二度と帰ってこないんだって、そんな事実を突きつけられたような気持になる。だから……あたしの前から、今すぐ消え失せてよ」
泣きはらした目でそう告げられて、ぼくはいよいよ涙を零れ落しそうになる。でも、ぎゅっと我慢して無理に笑顔を作る。
「わかりました。これまで、本当にごめんなさい。そして、ありがとうございましたっ! 」
それだけ言い残すと、ぼくは回れ右をして夜の森の中に走り出す。回れ右した瞬間。ぼくの瞼からは抑えきれなくなった涙がぼろぼろと零れ落ちていった。
――これが失恋、ってやつかな。いや、ぼくの場合は恋をするスタートラインにも立てなかったんだ。最初っから、ぼくなんかじゃ、いや、ぼくにだけは、お嬢様と両想いになれる可能性なんてどこにもなかったんだ。
胸が張り裂けそうなほど痛い。その痛みはプロムや蒼弓の魔女からされたどんな仕打ちよりも、女性恐怖症のどんな症状よりも、苦しくって、染みるものだった。
◇◆◇◆◇◆◇
本当に思っていること・本当は思ってなこと。そのどちらもがごちゃ混ぜになり、ただただアリエルに対する当てつけとして、アリエルを傷つける言葉がとめどなく溢れてくる。
本当はこんなこと言いたくない。それに、アリエルと出会ってあたしは絶望しかしてなかったわけじゃない。おどおどしながらもまっすぐなアリエル。そんなあなたを見ていて抱いた感情は恋愛感情じゃないかもしれないけど、決してマイナスなものだけじゃなかった。
執務中に眠っちゃったあたしに毛布を掛けてくれたこと。ソラ用の手料理の試食を勝手にしたこと。その時にこみあげてきた気持ちの全てがすべて、自分でもどんなものだかわかっているわけじゃない。でも、決してマイナスなものじゃなかった。
今のあたしは勝手にアリエルに期待して、それが実現しちゃったから勝手に自分に嫌悪感を抱いているだけ。それをアリエルに当たり散らしているだけ。そんなことはわかっていて、そのことも伝えたいはずなのに、喉から出てくれない。肝心のその言葉は喉から出てくれない。そして。
「だから……あたしの前から、今すぐ消え失せてよ」
出てしまった思ってもいない言葉。そんなあたしの一言にアリエルは瞼に涙をいっぱい貯めて、今にも泣きそうな表情になる。
そこでアリエルがいつものように泣きじゃくってくれたらどんなに良かっただろう。そうしてくれさえすれば、あたしはいつものように冷静になって、ちゃんと訂正できたかもしれない。
でも今のアリエルは若干女騎士モードが残っているのか、最後まであたしの前で涙を見せてくれなかった。
今にも泣きそうな表情なのに、アリエルは微笑みを浮かべてくる。そして。
「わかりました。これまで、本当にごめんなさい。そして、ありがとうございましたっ! 」
そう言って回れ右をして洋館を出ていくアリエル。
――待って! あたしを棄てて行かないでよ!
そんな科白、思ったけれど口にできるわけがなかった。だって、アリエルのことを拒絶したのは他ならないあたしなんだから。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。ということで第2章はこれにて完結になります。行き当たりばったりで書いていたところもありつつ、なんとか落とすところに落とせたのではないかと思います。
これから2人がどうなるのかは第3章でふれていきますのでよろしければまた、お付き合いください。
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