第30話 蒼弓Ⅶ 蒼弓とはなにか
今回、◇◆◇◆◇◆◇の前後でアリエル視点→ミレーヌ視点に移ります。
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ソラ先輩はしばらくぼくに話をするのを躊躇っていたけど、一歩も引かないぼくに根負けしていろいろと話してくれた。
黒ローブの少女、つまり蒼弓の魔女がクラリゼナ王国にとって一番の脅威である漆黒七雲客の1人であること。
先々代のランベンドルト辺境伯と蒼弓の魔女の間に取り交わされた裏取引。
お嬢様は生まれながらにして蒼弓の魔女に魔法の殆どを奪われたこと。
そしてお嬢様は今も毎年、1週間蒼弓の魔女の元を訪れては毎年少しずつ溜まる魔力を自らの血肉を媒介として蒼弓の魔女に差し出していること。
「漆黒七雲客についてはアリエルの方がよく知っていると思うけれど、本来ならボクなんかじゃ太刀打ちできないはず。でも、ボクみたいな前世の記憶を引き継いでいる人間は【呪詛】を背負っている代わり、と言ってはなんだけれど、【祝福】っていう他の人にはない特異体質みたいなものがあるんだよね。
ボクの場合は【対女性特効】とでも言うべき能力――つまり、あらゆる人間の女性との戦闘においてボクが絶対優位に立ちながら戦いを進められ、ボクの攻撃は相手に通りやすくなる、っていう能力があるんだ。まあ昼間見てもらった通り、臨界招来の中に引き込まれるとそのパワーバランスも若干崩れるんだけど……つまりはボクならあの、使えなくていけ好かない魔女をぶっ殺すことができるってこと。だから、魔女のことも、そしてご主人様のことも任せて。アリエルに戦ってもらう必要なんてどこにもない。アリエルは助け出されたご主人様をお屋敷で待って、優しく迎え入れてくれる……彼女? 彼氏? でいてくれればそれでいいから」
そう言って椅子から立ち上がろうとするけど、やっぱりソラ先輩はバランスを崩して倒れ込ん座う。昼間帰ってきた時は気づかなかったけれど、ソラ先輩は右足を負傷していた。
「その傷、まさか【疾風】に身体を吹き飛ばされた時にひねったんじゃ……」
「こんなのどうってことな……痛っ」
痛みに顔を顰めるソラ先輩。
確かに蒼弓の魔女がしていることは許せないし、お嬢様が魔女に苦しめられているところを想像するだけで、昼間散々痛めつけられたのもあって身が切られるような思いになる。苦しんでいるお嬢様のことを早く助け出したい。大体、領地を守るとか言っておいても所詮は漆黒七雲客。ぼくがまだ勇者パーティーにいた時にぼく達を苦しめた【強化】を司る紳士の仲間。そんな奴とお嬢様が一緒にいるなんて想像しただけで寒気がしてくる。でも、いくらお嬢様のことが心配だからって、今の傷ついたソラ先輩にお嬢様を助け出すことを任せる気にはなれない。
――だとしたら、あなたがソラ先輩の代わりに蒼弓の魔女と戦える?
自問自答してみる。あの殺意の宿った黒ローブの少女ともう1回対峙する。そう想像しただけで身体に受けた痛みが蘇り、身が竦む。でも、逆に言うとぼくは黒ローブの少女にされるがままにされていただけで戦っていないから、勝てないと決まったわけじゃない。確かに同じ漆黒七雲客である【強化】にはチェリーちゃんやベリーさんと一緒に挑んでも相手を撤退させるのがせいぜいだったよ? でも、蒼弓の魔女はそれより弱いことだってあるはずで……。
すぐそこまで見えている一筋の勝利への糸口。でもやっぱり、黒ローブの少女を対峙すること自体が怖くて怖くて、なかなかその糸を手繰り寄せることができない。
――そうやって逃げていていいの? お嬢様は今、あなたが昼間受けた何倍、何十倍もの時間、魔女によって苦しめられてる。それを見過ごしていいの?
自分に厳しく当たってみるけれど、やっぱり勇気は湧いてこない。
――ぼく、どうしたらいいんだろう。お嬢様、教えてよ……。
助けるべき相手に助けを求めざるを得ない自分につい、自嘲が漏れちゃう。でも次の瞬間、ぼくの中にあるアイディアが浮かんだ。
「――ソラ先輩、舞踏会の時の鬘、まだ残ってたりしますか? 」
「あるけど……どうしたの? 」
「黒ローブの少女――蒼弓の魔女は魔獣とは違うから、今の女の子に身体がすくんじゃう『ぼく』じゃ戦いにならない。でもわたし――魔法騎士だった頃のわたしになれれば、戦うことはできると思うんです。だから、お嬢様を救い出す王子様はぼくにやらせてもらえませんか」
ぼくの突拍子もない提案にソラ先輩は目をぱちくりさせる。でもすぐに、いつかの日のように小さく微笑む。
「確かに、相手が相手だもんね。『過去のあなた』に任せるしかないか」
2人で分かり合ったように言うぼく達を――うんうん、わたし達を、事情を知らないレムさんは戸惑ったように見ていてちょっとおかしかった。
◇◆◇◆◇◆◇
アリエルを消しに出かけた魔女様が逆に黒ローブをボロボロにされて逃げ帰ってきた後。あたしはいつになく焦ったような魔女様に正式な魔力を吸い取る霊装に繋がれ、血を搾り取られ始める。例年よりも容赦ない採血に、いつの間にかあたしは気を失っちゃったみたい。
血を抜かれすぎて頭はまだぼんやりとしたまま。そんな状態であたしはふと窓の外に視線を移し、月光の照らされるひっそりとした森を見てはっとする。無意識にやってしまったけれど、これは魔女様のお屋敷に来た夜にあたしが必ずと言っていいほどやっている週間みたいなものだったから。
去年も、その前の年も、あたしはこの時間になると一縷の希望を抱いて窓の外を眺めていた気がする。幼い頃からこの1週間の儀式は必要なことだと理解はして、仕方がないことだと何百回、何千回と自分に言い聞かせてきた。だからあたしは父親や魔女様に迷惑をかけることはなかったけれど、それでもなけなしの魔力を搾り取られるのは肉体的にも精神的にも辛くて、苦しくて、誰かが連れ出してくれるならば逃げ出してしまいたいという思いはいつまでも拭えなかった、そんな弱いあたしはいつも、夜になると一層臆病になって窓の外に助けを望んだ。希望を抱いて待ち続けていれば、あたしの憧れた勇者様があたしのことを助けに来てくれるんじゃないか、なんて思って。
悲劇のヒロインぶってる、と自分でもそう思う。今年からはより一層その思いが強い。だって、あたしの夢見た勇者様――アリエル様はもうどこにもいないのだから。
――と、いうか今狙われてるのはアリエルなんだから、より一層アリエルがここに来ちゃダメでしょ。魔女様の焦り具合を見る限り何とか一度は逃げ出せたみたいだけど、領地から逃げ出せてるといいな。
ふとアリエルのことを考えると心の中に寂寥感が襲ってくる。魔女様とアリエルの間に何があったのか、正確なところはわからない。でも、アリエルにとって一番理想的なのはきっと魔女様の真の手が及ばない、ランベンドルト領の外に出ること。大前提として今のアリエルにそんなことができるかどうかは置いておくとして、アリエルに死んでほしくないあたしは当然、逃げ延びてくれていることを願いたい。
でも、それは同時にランベンドルト領の領主であるあたしとアリエルはもう二度と会えないことにもなりかねない。それはちょっと寂しいな、そんな風に思っちゃった。
――いけないいけない、また弱気になっちゃってる。
そう自分を鼓舞して、殆ど感覚のなくなった右手を無理やり動かして懐に入れていたお守り――アリエル様の髪の毛を包んだティッシュを取り出して、胸元でぎゅっと握りしめる。
――あたしも領主として耐えきって見せるから、アリエルも生き延びて。そして今はいないあたしの勇者様、どうかあたしとアリエルを見守っていてください。
そう祈りを捧げた時だった。
パリン、と音を立てて窓硝子が割れたかと思うと、銀色の影が月光に照らし出される。
その影の正体に気付いて、あたしは唖然とする。だってそこにいたのは……。
「お迎えに参りました、お嬢様」
そう言って、幾度となく諦めたはずの緑髪の女騎士様――アリエル様はあたしに向かって手を差し伸べてきた。
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