第29話 蒼弓Ⅵ 転生者と【原素】の攻防
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臨界招来が無理やり外部から破られる。そんな想定外の事態に、ぼくと黒ローブの少女の視線が一斉に招かるざる来訪者に集中する。そこにいたのは……。
「ソラ先輩! 」
「【対女性特効】持ちの転生者……」
九死に一生をえた心地になるぼくと対照的に鬱陶しそうなのを隠そうともしない黒ローブの少女。そんな黒ローブの少女をソラ先輩も蔑むように一瞥する。
「あなたといえども曲がりなりにもこの領地の守護者たる私には手を出せないんじゃなかったかしら」
うんざりとした口調で言う黒ローブの少女に、ソラ先輩は鼻を鳴らす。
「ご主人様には確かにあなたに手を出すな、って言いつけられているね。でも、お生憎さま。ボクとしては大事なのはご主人様だけでランベンドルト領がどうなろうが知ったこっちゃないんだよ。むしろご主人様を言いなりにする"自称"正義の味方さんにはうんざりしてた。だから――この機会に積もり積もったあんたに対する鬱憤を晴らさせてもらうから! 」
次の瞬間、無詠唱で繰り出された二十の炎の矢が黒ローブの少女に降り注ぐ。でも、その全てが彼女の体を貫く前に凍りつき、鈍い音を立てて地面に落た瞬間にじゅわっと溶ける。人知を超えたレベルの【炎】魔法と【氷】魔法の高度な行使技術。その圧倒的な実力にぼくは息を呑む、それをみてソラ先輩も舌打ちした。
「【原素】に4大原素魔法で挑むのは流石に愚策、か」
「それを言うと大前提として、いくら【転生者】とはいえ、概念魔法【原素】の使い手に喧嘩を売る時点で愚策だと思うけど」
「最初から思ってたんだけど……ボクを【転生者】と呼ぶの、やめてくれないかな」
明らかにトーンの下がった声で吐き捨てるように言うソラ先輩。
その直後。再び無詠唱で眩いほどの紫色の光がソラ先輩を包んだかと思うと魔法で身体能力を底上げしたソラ先輩が黒ローブの女の子に殴りかかる。でもソラ先輩の拳は突如生成された【疾風】に阻まれ、数秒拮抗した後にソラ先輩は体ごと吹き飛ばされる。僅か数秒間のやり取りだったけれど高密度の魔力と魔力の応酬を、ぼくはその場に座り込んだまま、ただ見つめるしかなかった。
「あなたの【祝福】はピンポイントすぎてこれまでちゃんと観測する機会がなかったけど、いざ対峙してみると厄介ね。……なら、私も最大限の誠意を持って相手をしてあげる」
【疾風】によって宙に浮く黒ローブの少女。そして彼女は地面に伏せたままのソラ先輩に向かって蒼い弓をゆっくりと引く。すると空中に【火】【氷】【風】【岩】と言った純粋な【原素】によって無数の矢が生成され、鋭利な矛先全てが、地面に突っ伏したままでまだ動けないソラ先輩に向く。
「流石にヤバいか……」
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重力波を発生させて無数の矢ごと地面に引き摺り下ろそうとするソラ先輩。でもその魔力光は効果を発動する前に打ち消される。
「まさか弓兵が自分の身の安全を確保しないで相手に弓を放つことなんてあるわけないじゃない。この【臨界招来】に入った時点で、私に対するあらゆる魔法攻撃は届かず、獲物は一方的に私に射抜かれる。それが概念魔法【原素】で創り出した【臨界招来】なのよ」
そう宣告しつつ、黒ローブの少女は弓を引く手を止めない。
「これはいよいよヤバいかも。……ごめん、アリエルの力を貸してもらうね」
そう言ってソラ先輩はその場に座り込んだままのぼくの元まで這ってくるとぼくの胸の辺りに手をかざして……。
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次の瞬間。魔法の閃光にあたりが照らし出されたかと思うと……【臨界招来】ごと、あたり一体が弾け飛んだ。
ぼくとソラ先輩が命からがら黒ローブの少女からお屋敷まで逃げ帰ってから。ぼくは布団を頭から被ってぶるぶると震えていた。体の大火傷はお屋敷に帰った時には自己回復魔法で全快していたけれど、抉り返された心の傷は、まだまだ口を大きく開いたままだった。心と裏腹に勝手に傷が治っていく自分の耐性が自分の心の弱さを突き付けてくるように感じて、少しだけ自分の身体が自分でイヤになる。
プロムに殺されかけて以来。ぼくは女の人が怖くなった。それから1ヶ月半近く経って、今でも女の人は怖いけれど、それでもお嬢様やソラ先輩の協力もあって少しずつだけど女性恐怖症を改善しつつあったと思ってた。そんな時に、また女の人に殺されかけた。
今回はプロムみたいにぼくのことを痛ぶって殺したかったわけじゃなくてぼくが中途半端に頑丈なせいで殺すのに手間取っただけだとは思う。でも、ぼくを殺そうとしただけじゃなくて殺そうとした中で加えられた最上級レベルの魔術による痛みは間違いなく本物で、ぼくの身体と心に深く刻みつけられたまま。その上、今回は理由もわからずにぼくは痛みを、苦しみを味合わされた。
――なんなの、一体。もう死にたい……。
そう思いながらも、やっぱり死ぬときの苦痛が怖くて、自分で死ぬことも選べずにただぼくはベッドの上で震えていた。
いつの間にか眠っていたらしい。目を覚ますとカーテンが開け放たれたままの窓ガラスから見える外はすっかり暗くなっていた。昼間に起きたこととその時の恐怖はまだ残ってる。でも、恐怖心は大分収まってきた。
――そういえばソラ先輩にちゃんとお礼を言ってなかったな。言ってこないと。
そう思い立ってソラ先輩の部屋まで向かうと、部屋の中から話し声が聞こえてくる。
「アリエルをヒュドラと戦わせたぁ? レムったら何してくれちゃってるのよ」
「べ、べつに無理強いしたわけじゃないのですぅ! 冒険者がギルドに助けを求めに来た時に、アリエルさんが自分から手を上げてくれただけで」
会話を聞く限り、どうやら相手はレムさんみたい。
「まあアリエルだったら仕方ないか。あの子は今でもまっすぐで優しすぎるところがあるから。でも、蒼弓の魔女とあの子を引き合わせちゃったのは明らかに失敗だった。概念魔法【原素】を操る蒼弓の魔女は勇者パーティーメンバーに匹敵する暴力性を秘めた存在。そんな相手、アリエルのトラウマを抉るだけじゃない。案の定、ってところだけど」
「それは本当に申し訳ないのですぅ。でも、蒼弓の魔女様がまさかアリエルさんを襲うなんて……。だって、あのお方は基本的に優しい方じゃないですぅ! 森の奥に入りすぎた冒険者を攻撃するのだって実力の伴わない冒険者を守るためだし、レムは冒険者の人に保護されるまで蒼弓の魔女様が守っていてくれたから今、こうして生きていられる。だから、いくらソラちゃんだって、あのお方のことをそんなに悪く言わないでほしいのですぅ! 」
「確かにそう言う側面はあるね。でも、ボクのご主人様が魔法を使えないのは、元はと言えばあのエセ魔女に魔法を奪われたからじゃん。毎年毎年、今だってご主人様は苦しみながらなけなしの魔力を毟り取られている。それを、ボクもこれまでは仕方ない、って諦めてきたよ。ランベンドルトを水面下で守護する蒼弓の魔女が息絶えれば、それこそランベンドルト領は守りを失って事実上崩壊する、そんな展開はご主人様が望んだ結果じゃないから。でも、今回の件ではっきりした。結局、あのエセ魔女なんて何の役にも立たないじゃない! 」
「なんの役にも立たないは言いすぎですぅ! 」
「いいや言い過ぎなんかじゃないね。ご主人様が辺境伯を継がなくなくちゃいけなかったのも、今回アリエルがヒュドラを倒さなくちゃいけなかったのも、元はと言えばS-ランクの魔獣に蒼弓の魔女が対処するのが遅れたからじゃん! そのせいでご主人様は辺境伯を継いで不要な誹謗中傷を受けることになった! もう戦うことなんて求められていないアリエルに戦わせる羽目になった! そう考えるとイライラしてきた」
そう言ったソラ先輩の足音が段々とドアの方に近づいてくる。
「な、何をするつもりですぅ、ソラ先輩? 」
「決まってるじゃん、ボクがあのいけ好かない蒼弓の魔女をぶっ潰しに行くんだよ。余裕があれば半殺しにして、二度とボクとご主人様に逆らえない生体兵器として扱ってやる」
「それは無茶なのですぅ! 蒼弓の魔女様は魔王軍最強の1人にして概念魔法【原素】の使い手。いくらソラ先輩があらゆる女性に対して戦力的に優位に立つ、【対女性特効】とでもいう【祝福】を受けているとはいえ、倒せるわけがないのですぅ。それに、今のソラ先輩は昼間に受けたダメージがまだ回復してないのですぅ! 」
「確かにやつは【原素】を使うけれど、臨界招来さえ使わせなければボクにだって勝機はあ……」
ノブに手をかけてドアを開いた瞬間、バランスを崩して倒れ込んでくるソラ先輩をぼくは慌てて支える。そんなソラ先輩と、バランスを崩したソラ先輩を心配して追いかけてきたレムさんが驚いたような表情でぼくのことを見つめてくる。
「アリエル……まさか、今の話聞いちゃった? だとしたら忘れて」
「わ、忘れられるわけないです! お嬢様とソラ先輩はぼくに何を隠してるんですか? 昼間ぼくを襲ってきた黒ローブの少女。あの人は一体何だったんですか? 」
今でも女の人に対する恐怖を失ったわけじゃない。なんだったらいつもよりも近くにいるレムさんのことも正直怖い。でも、そんなこと言ってられる時じゃなかった。
"お嬢様は苦しみながらなけなしの魔力を毟り取られている"、そんなことを聞かされて黙っているわけには行かなかった。
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