第27話 蒼穹Ⅳ 男装執事と冒険者
執事の仕事は本来、これといって何かががっちり決まっているわけじゃない。ご主人様に言われたことに応じて臨機応変にどのようなこともする、執事の仕事内容を正確に言い表そうとするとそうなる。逆にそんな風に指示してくれるご主人様がいないと、ぼく達は途端に仕事がなくなる。特に最近のぼくはご主人様の公務の手伝いっていう秘書っぽい仕事がメインだったから、最低限に割り当てられたお屋敷のお掃除を終えてしまうとすぐに手持無沙汰になった。
やることかなくてぼーとしているとつい、お嬢様が1週間もなにしているんだろうということに思いを馳せちゃう。
――公務、とか言ってたけど、まさか未来の伴侶を選ぶために貴族の子息とお見合いとかないよね? で、でも、ぼくとお嬢様じゃ子供は作れないし、別にお嬢様はぼくのことを待っていてくれるって言っただけで、その間に結婚相手を探さないって確約してくれたわけではない気もするし……。
することがないとつい、悪い方へ悪い方へと考えちゃう。このままじゃダメになっちゃう。なんかやることを見つけないと。そう思ってぼくがやってきたのは……。
「で、アリエルちゃんはレムのこと苦手なのに、なんでわざわざ転移魔法を使ってまでこんなところに来たんですぅ? 」
閑散とした冒険者ギルド。そこで5席ほど間を開けて、ぼくとレムさんは話していた。
「や、やっぱりお嬢様がいない時にお嬢様の役に立つには、こ、ここの経営をどうにかしなくちゃいけない感と思いまして……」
やっぱりまだレムさんのことはまだ一般的な"女の人"としてどうしても恐怖心が混じっちゃう。でもレムさんはいやな顔1つせずにぼくの話に付き合ってくれた。
「まあランベンドルト領の経済が落ち込んだままじゃミレーヌ様も仕事は全然減らなくて、ミレーヌ様とイチャイチャする時間なんてとてもじゃないけど取れないのですぅ。それに、いざミレーヌ様とデートする時にミレーヌ様の執事として出されたお給金でデートするのはかっこ悪い気がするのですぅ。アリエルちゃんが自分で稼ぐ方法を持つことはいいことだと思うのですぅ」
「やっぱそうですよね……って、なんでぼくがお嬢様のことが好きだって知ってるんですか! 」
驚きすぎて声が裏返っちゃったぼくに対して、レムさんはからかうような笑みを向けてくる。
「それは、レムがギルドの受付嬢だからですぅ。特にうちのギルドは冒険者の数がいないのですぅ。 1人1人の冒険者の弱みを握……じゃない、1人1人の冒険者がどうしたらやる気になるのか、どうしたら冒険者のお尻を叩いてクエストに向かわせるのかを考えるために、情報収集は欠かせないのですぅ」
今聞いちゃいけないことまで聞いちゃったような気が……これだから女の人はやっぱ怖いよぉ。
「まあそうけしかけておいてなんだけど、ぶっちゃけアリエルちゃんにはそんなに期待してないのですぅ。勢いでCランクで冒険者登録はしましたけど、アリエルちゃんの本業は執事で冒険者とは何の関係もないのですぅ。だとしたら、アリエルちゃんがこなせるクエストはせいぜい薬草集めとか他の冒険者の下働き。アリエルちゃんのお小遣い稼ぎとしてはいいと思うし、ギルドとしては少しでも入ってくるものが多ければ多いに越したことはないのですが、無理強いするようなものでもないのですぅ」
レムさんの言葉にぼくは少し複雑な気持ちになる。もしレムさんがぼくの正体が数か月前まで勇者パーティーにいた魔法騎士だと知っていたら、こんな風に気軽に話してくれなくて、もっと高難易度のクエストをこなすように懇願してくるんだろうな。それが、彼女の役目であり、彼女の信じる使命だから。その点は、レムさんの情報網から抜け出せたことにほっと一安心もする。
でも、それはなんだかレムさんを騙しているような気がして胸がちくり、と痛んだ。
「それでも、ミレーヌ様が帰るまで結局暇ならお試しで何か簡単なクエストでも受けるですぅ? 薬草採集は随時募集がかかってるのですぅ」
そう言ってレムさんがクエスト発注表の張られたボードを振り返った時だった。
「レムの姉ちゃん、大変だ! 」
ギルドの入り口の扉が勢いよく空いたかと思うと、まだ10歳くらいの、1人の少年冒険者が顔を青白くして飛び込んできた。そんな彼を見て、レムさんの顔も一気に真面目モードに切り替わる。
「あなたはBランク冒険者パーティー『黄昏の宝具』のジャックさん。一体何があったんですか? あなた達のパーティーは今日一日中、プレーンラビットの討伐のはずじゃ」
「ヒュドラが出たんだ」
レムさんの言葉をかき消す少年冒険者――ジャック君の言葉。そのヒュドラ、と言う単語に、その場の空気が一瞬にして凍りつく。
ヒュドラ。攻略難易度S-ランクに分類される九つ首の蛇の魔獣は、魔獣全体でみるとそこまで脅威度が高い魔獣じゃない。でも
「それは突然だった。プレーンラビットの狩猟をしている時、いきなりヒュドラが降臨して俺達のことを襲ってきたんだ。今も俺の仲間が戦ってる最中で、俺だけ連絡役として逃がされた」
「……Bランク冒険者パーティー1つでヒュドラに立ち向かうなんて無理です。無謀すぎる……」
「俺もそれくらいわかってる! だから冒険者ギルドに援軍の派遣を要請したいんだ」
必死に縋るジャックさん。でもその嘆願にレムさんは辛そうに目を伏せる。出したくても出せる援軍なんて、この冒険者ギルドには、ランベンドルト辺境伯領にはない。言葉では言わないまでも、レムさんのその態度が事実を痛いほど伝えていた。そんなレムさんを見て、ジャック君は膝を追ってその場に倒れ込んじゃう。
「そんな……仲間を見殺しにするっていうのかよ」
「きっと黄昏の宝具のみんなもそのことをわかっていた。援軍はこないことも、この場で自分達が全滅することも。そんな中で、まだ幼い君だけをなんとか逃がしたんです……」
「そんなことを納得しろって? 出来るわけないだろ……」
そう言ってジャック君は床を思いっきり殴る。彼の目元からは涙がぽろぽろと零れ落ちていた。
「そうは言っても、今のランベンドルト辺境伯領で最強の冒険者パーティーは『黄昏の宝具』。それよりも弱い他の冒険者を派遣したところで被害が増えるだけ。それに、【無限再生】の魔法を持つヒュドラは貴族が持つ不死殺しの神話級霊装がないと倒しきることはできない。諦めるしかないのです……」
「でも、でも……」
人前であることも忘れて泣き叫ぶジャック君を見てぼくの心は揺れ動く。
――今のぼくは神話級霊装はないけど、ヒュドラを倒しきる方法は1つ思いつく。でも、今のぼくが果たして魔獣と戦えるのかな。
魔獣と戦っている自分を想像してみると、思い出すだけで吐き気のする魔法騎士だった頃のぼくの容姿が頭にちらついてくる。だけど。
仲間を思い、自分の無力さを嘆く少年の姿が視界に再び飛び込んできて、ぼくはそんなことがどうでもよくなる。
――昔のぼくを思い出すから魔獣と戦えないとか、そんなことを言っている場合じゃない。誰かを救える力があるのにその力を使わずに誰かを見殺しにするなんて、ぼくは何処まで行ってもできないや。
そう思いなおした瞬間。ぼくの口は自然と動いていた。
「ぼくが行きます」
「「えっ? 」」
ジャック君とレムさんは仲良く声を重ねて、いきなり話に入り込んだぼくの方を見つめてくる。
「ぼくが、ヒュドラを倒します」
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