第17話 衝突Ⅱ お嬢様の過去②
「妹が死んだあの日。お父様と妹はランベンドルト領北東部に広がる森林に現れたヒュドラの討伐に向かった。領地に現れた
そのことを思い出すとつい、あたしは公開でぎゅっと唇を噛んじゃう。
「
「……」
「双子の妹の予期せぬ死。それは必然的に、ランベンドルト辺境伯の継承権があたしに回ってくることを意味した。それを知った途端、臣下や領民はあからさまに失望し、落胆した。そりゃそうよね、次の領主は王国貴族の中でも随一の魔法の使い手が治めると思っていた矢先に、突然魔法が殆ど使えないあたしが次期領主に内定したんだもの。魔法が殆ど使えない領主が治める辺境の地なんてお先真っ暗なのは目に見えてる。上げて落とされたらそりゃ失望したくなるでしょうね。あたしとしてはそんなの知るかっ! って感じだけど。あたしだって好きで魔法の才能に恵まれなかったわけじゃないっつーの! 好きで時期領主になったわけじゃないっつーの! 」
次期当主に内定した直後のことを思い出すとつい口が悪くなっちゃう。でも、一度愚痴りだすと止まらない。
「あたしだって次期領主になるなんて思ってなかった。人並みに妹よりも遥かに魔法の才能がないことにコンプレックスを感じていたけれど、それも『妹は次期領主になるから特別なんだ』って姉の尊厳もプライドも捨てて何とか飲み込んできた。なのに、突然領主になれとかそんなの勝手すぎるでしょ。
しかも、あたしが次の領主に決まった途端、明らかに領民や臣下のあたしやお父様に対する態度が大きくなってきた。中には『ミレーヌ様が代わりにヒュドラに殺されればよかったんだ』ってあたしに面と向かって言われたことすらあった。これまで魔法の才能がないことをいびられるのが嫌で避けてきた同年代の貴族との交流も妹がいなくなった以上でなくちゃいけなくって、社交界で魔法の才能がないという理由だけで理不尽な虐めも受けるようになった! そんな日々はあたしにとって苦しくって、もう直辺境伯なんて言う身分も何もかもすべてを投げ出して、人生から逃げ出そうと何度も思った」
あの時は本当に苦しかった。毎日自分じゃどうしようもない誹謗中傷を受けて、誰からも必要とされてないんじゃないか、そう思っていた。でも。
「アリエル様――あなたについて知ったのは丁度その時だった」
そう、絶望の淵にいたあたしに差した一筋の希望の光。それが、あたしにとってアリエル様だった。
「アリエル様は貴族でもないのに魔法の才能を世の中のために使えるようになるため、あえて王都の魔法学園に入学した。当然、王都の魔法学園ではほとんど貴族しかいないからアリエル様は完全なアウェー。最初は"庶民だから"っていう理由で虐めも受けていた。でも、アリエル様はそんないじめに折れることもなければ暴力でやり返すこともなかった。持ち前の明るさで自分を虐めた相手とすら仲良くなっていき、卒業までには生徒にも先生にも愛される生徒になっていた。そして実力も高かったアリエル様は庶民としては異例の勇者パーティーメンバーに選ばれるまでになった。そんなシンデレラストーリーに、あたしは救われた」
そう話すとアリエルは少しくすぐったそうな仕草をする。でも大袈裟じゃない、アリエル様はあたしにとっての希望で、勇者だった。
「アリエル様の話を聞いた途端、あたしも負けていられないなって思った。まずあたしは、魔法が使えなくとも自分にできる形で領民の役に立ち、領民の信頼を得ようと奔走した。お父様やおじい様の代以上に足げく治めている街や村に通って辺境伯領に住むみんなの抱えている問題や悩みを解決しようと努力した。そのおかげで何割かの領民は魔法が使えないあたしに強い信頼を寄せてくれるようになった。
それと同時に、あたしは少しでも魔法を使えるように猛特訓した。それはもう血反吐を吐くような日々だったけれど、それでもあたしは折れなかった。あたしの勇者様はこんなところで折れないし、もしあたしがこんなところで折れたら、もし仮にあたしの勇者様に実際に会えた時、合わせる顔がないな、って思ってた。その強すぎる勇者様に対する思いは、もう既に憧れとかよりも恋慕に近かった気がする」
あたしのその言葉にアリエルは視線を落とす。まあアリエルにとってあんまり聞きたくない話って言うのは最初から分かりきっていたから、あたしは気にせずに話を続けることにする。
「でも、どんなに努力してもあたしのことを認めてくれない人はいた。その一番の例はお父様。お父様は妹が亡くなってから殆ど公務をまともにすることがなくなった。そして勝手にあたしに絶望して自殺して、まだ年端も行かない17歳のあたしが突然、辺境伯を継がざるをえなくなった。
あたしがランベンドルト辺境伯を継いだ途端、これまで以上にあたしのことを『領主に相応しくない』って言う声は多くなったわ。でもあたしは、いつかアリエル様と会えた時に胸を張れる自分でありたいという思いだけで、そんな声に屈せずに自分の中の理想の領主になろうと努力してきた。領主に相応しくないって言われる度に悔しくて、辛くて、仕方なかったけれどぐっと我慢してきた。だから――今のアリエルと前のアリエル様は違うとはいえ、憧れの相手からもあたしの努力を否定されたと思っちゃって、ちょっと感情が昂っちゃった。ほんとごめんね」
「い、いえ。ぼくの方こそ二重の意味でごめんなさい。お嬢様が心の支えにしてたようなぼくじゃない上に、お嬢様に取ってコンプレックスだったことに無遠慮に立ち入っちゃって」
「いや、だからほんとにそのことは謝らなくっていいんだって」
「……」
「……」
気まずい沈黙の時間が流れる。そんな空気を変えたのは、意外にもアリエルの方だった。
「あ、あの! お嬢様が毎晩遅くまでお仕事しなくちゃいけないのは、お嬢様が魔法が苦手……だからなんですか? 」
遠慮がちに聞いてくるアリエルに、あたしは首を傾げる。
「まあそう言う点もあるわね。他の貴族が魔法で効率化できることをあたしはできないっていうのもあるし。あとはうちの領地の問題が山積しているのと……もう一つの大きな問題はランベンドルト辺境伯家の人間がお父様が勝手に死んでくれたせいであたし1人で全てを裁かなくちゃいけないっていうのがあるわね。他の貴族だと配偶者や子供に仕事を割り振っているから」
まああたしの場合、既に辺境伯になっちゃって配偶者や子も作れなそうだから死ぬまでこの忙しさが続きそうなんだけど。そう冗談半分、諦め半分に付け加えると。
アリエルは暫く、何やら真剣に考えこみ始める。そして。
「ぼ、ぼくがお嬢様の家族になって、辺境伯としてのお仕事を手伝う……っていうのじゃダメですか? 」
思いもよらないアリエルの提案に、あたしはついぽかんとしちゃう。
「ぼ、ぼくだったら術式さえわかればきっと魔法で支援することもできますし……魔法を使うのは『わたし』だった頃のぼくを思い出してちょっと胸が苦しくなりますけど、が、頑張るので……」
アリエルの言ってることを理解した途端。あたしはぷっと吹き出しちゃう。
「アリエルがあたしの家族になるって……それって新手のプロポーズ? 」
笑いを押さえられないながらにあたしが尋ねると、アリエルの顔は見る見る真っ赤に染まっていく。
「あ、ええと、そう言うつもりじゃなくて! ぼくは純粋にお嬢様に無理してほしくなくって! 」
必死に否定するアリエルも可愛い。
「はいはい、わかってるわかってる。アリエルは純粋にあたしのことを心配してくれてて、別に下心はないんだよね。でも……『家族』か」
そう噛みしめるように反復してみる。
これまで家族を増やして自分の仕事を減らすっていう発想はなかった。忙しいのも辺境伯としての務めだから、全部自分で引き受けなくちゃいけなくて、それは臣下に任せる仕事と区別しなくちゃ。そう思ってた。でも、それであたしが潰れて、臣下に心配かけるのは論外だ。なら、名前だけでも『家族』を増やして負担を軽減するのもありかもしれない。
「もし。もし仮にアリエルのことを『家族』ってするなら、アリエルはあたしのとってどんな名前の付いた関係になるんだろうね」
「そ、それはもちろん恋び」
「うん、アリエルはあたしの義妹だね。それか養子の娘。それが今はしっくりくる」
期待するような眼差しをするアリエルに最後まで言わせずに一方的に宣言する。アリエルはがっくりと肩を落とすけど、そんな彼女にあたしは手を差し伸べる。
「だからアリエル。もし良かったらあたしにもっと力を貸してくれないかな。これからは執事兼、あたしの"家族"として」
あたしのその言葉に、アリエルは満面の笑みで答えてくれる。
「はいっ! 」
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