第18話 衝突Ⅲ ランベンドルト領の抱える問題

 ぼくが望んだ名前では必ずしもなかったけれどぼくがお嬢様の『家族』として公務を手伝い始めて以来。お嬢様の疲労の色は日に日に薄まっていった。


 公務の手伝い、といってもよっぽどのことがない限りぼくが大したことをすることはない。ぼくの仕事は書類の種類分けや優先順位付け・スケジュール管理などを時に魔法も使いながら行うお嬢様のサポートが中心で、最終的な決断や決済はお嬢様自らが行うのが普通。たまに忙しくて手が回らない時はぼくも自分に思考加速魔法と思考力向上魔法をかけてお嬢様の代理として最終決定などを行うけど、その度にお嬢様から白い目で見られるのであんまりやらないことにしてる。まあ、お嬢様から見たら魔法でチートしてるように映るだろうからね……。


 そんなこんなでお嬢様の公務の負担も大分軽くなった日のこと。


「アリエル、次の週末にちょっとお出かけしない? 」


 突然のお嬢様の提案に、ぼくの胸はとくん、と高鳴る。こ、これってデートのお誘い!? そう考えているおめでたい時期が、ぼくにもありました……。




 そして迎えたデート(?)当日の朝。


「無理です無理です無理やり連れて行かないでくださいぼくにまだ町中を歩くのはハードルが高すぎますぅ……」


 あきれ顔のソラ先輩と、何よりお嬢様に見つめられているっていうのに、ぼくはお屋敷のエントランスの大柱に全力でしがみついて連れていかれるのを拒んでいた。だって、お嬢様が誘ってきたお出かけの目的地はなんと、ランベンドルト領で一番栄えている市場だったんだもん!


 ランベンドルト領で一番栄えている市場。そこには当然女の人もわんさかいるわけで……そんなところに行くなんて、まだまだ絶賛女性恐怖症発祥中のあたしには荷が重すぎるよぉ。


 そんなぼくのことをソラ先輩が見限るのは早かった。


「ご主人様、アリエルもこう言ってますしこいつ置いてさっさと今月の視察行きませんか? 時間が勿体ないですよ」


「そ、そんな。ソラ先輩冷たいですよぉ……」


「なに? アリエルもやっぱ行きたいの? 」


「それは……」


「ったく、どっちなのよ」


「まあまあ。ソラもそんなにカリカリしないで」


 そう宥めるように言った後。お嬢様がぼくに目の高さを合わせるためにしゃがんで話しかけてくれる。


「確かにアリエルが女の人が怖いのはわかってる。でも、公務の補佐までしてくれているアリエルにはこの機会だから、あたし達の領地のことをもっとちゃんと知って欲しいの。それに、これはアリエルが女性恐怖症を克服する次のステップになると思うの。もちろん、アリエルに意地悪をしようとする女の人がいたらあたしとソラが全力でアリエルのことを守る。だから、一緒についてきてくれないかな? 」


 お嬢様にそう言われると断れるわけがなかった。




 そして数十分後。あれだけ行くのを嫌がっていた市場に着いた感想は……案外平気だった。


「と、いうか人が極端に少ないですね」


 そう。女の子がいっぱいいるかどうか以前に人通りがかなりまばらで、女性もいないわけじゃないけど、すれ違いざまに肩が触れ合うことなんてことは絶対なくって、ぼくの女性恐怖症を掻き立てるほどではなかった。いや、別に掻き立てないでくれていいんだけど。


 そんなあたしの正直な感想にお嬢様は何故か目を伏せる。えっ、またぼく、言っちゃいけないことを言っちゃった……? そう戦々恐々としていると。


「いや、アリエルの感覚は正しいと思うよ」


 ソラ先輩が助け舟を出してくれる。


「ランベンドルト辺境伯領で一番賑わっているはずの場所でもこの寂れ具合――それが、今のランベンドルト辺境伯領の現実なんだ」


 そしてソラ先輩は語りだす。



 北東部に魔族領と隣接する広大な森林・ラルカの森を持つランベンドルト領はもともと、広大な森林における冒険者稼業・採集者稼業が産業の中心だった。と、いってもその森は魔族領と隣接しているから当然だけど魔族と遭遇する危険も高く、あんまり深くまで潜ることはできない。ただでさえ魔族との戦争が勃発したら真っ先に戦場になるのがこの森とランベンドルト領。


 そんな地域で冒険者稼業・採集者稼業をするには強大な力を持つ領主によって魔族が退けられる、と安心できることが第一条件として必要だった。そして、ミレーヌお嬢様よりも4代前までは実際に王国内でも随一の魔法の使い手とされる領主が代々、この土地を治めることでランベンドルト領はなんとか一地方としての均衡を保ってきた。


 それが崩れたのがお嬢様の祖父母に当たる代。その時の領主はランベンドルト辺境伯の一族にしては珍しく、殆ど魔法が使えない人だった。今は魔族との全面戦争が起きているわけじゃないからお嬢様のおじい様の代で何か大きな問題が起きた、ってわけじゃなかったけど、この地域で生きること自体が常に危険と隣り合わせなんだもん。領主のことが信用できなくなった多くの住人や冒険者・採集達はランベンドルト領から移住していき、その時からランベンドルト領の産業は傾き始めた。


 そしてその次の代、つまりミレーヌお嬢様の両親の代は、お嬢様のお父様が王都から偉大な魔法師を正妻として迎え入れたことで一時的にランベンドルト領は持ち直した。でも不幸なことにその偉大な魔法師――もっと言うとお嬢様のお母様――は40代の時に若くして他界。その後はお嬢様のお父様が数年間1人で領主を務めるも、お嬢様のお母さまほどの求心力を持つことはできず、また後継者に考えていた魔法の才能に恵まれた次女の死もあって、公務を放棄し、最終的に自殺してしまった。


 そしてミレーヌお嬢様が辺境伯をなんと17歳の若さで継ぐことになったわけなんだけど……。


「ここからはご主人様から聞いてるよね。ミレーヌ様は生まれた時から魔法の才能の無さを領民たちから不安視され、貴族の中で蔑まれていた。そんなご主人様がダメにならなかったのは偏に魔法騎士だった頃のあなたのお陰ね、っていうのは前に話した通り。そんなご主人様が成長するにつれてご主人様の魔法以外の面での優秀さを認めてくれる領民も増えてきたんだけど、それ以上に魔法を殆ど使えないお嬢様がこの土地を支配することを不安に思う人が増える一方でね。人口流出に歯止めはかからなかった。


 そして遂にご主人様が辺境伯になったら、いよいよ魔法が使えないご主人様には頼れない上に17歳と言う若さでランベンドルト領というハズレもハズレのバカ広い領地を治めることになったことに伴って生じた綻びがいろいろ出てきてね、いよいよ人口流出に拍車がかかった。贔屓目無しに、ご主人様はその年齢の貴族令嬢としては、うんうん、新米領主としては働きすぎなくらい頑張ったと思う。でも、領地経営って頑張ればそれで褒められる、っていうわけじゃない。何百人、何千人という領民の命を預かる訳だから、絶対に失敗は許されないし、頑張っても報われないことの方が多い。辛いことだけどね」


 そう語るソラ先輩も自分事のように辛そうだった。

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