第2章

第16話 衝突Ⅰ お嬢様の過去①

今回より2章です。

 今回、◇◆◇◆◇◆◇の前後で視点がアリエル→ミレーヌに変わります。

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 みんな久しぶり! あれ、でも舞踏会から数日しか経ってないし、そんな久しぶりでもないのか。でもぼく、アリエルが語り手に回るのはものすごく久しぶりな気分。あれ……? って、メタ発言は置いておいて。


 ぼくがお嬢様に告白した舞踏会の日から数日が経ち、お屋敷にはまた日常が戻ってきていた。でもぼくとお嬢様の関係は少しだけ変わった……なんてことはなかった。


 相変わらずお嬢様は領主として忙しくって、ぼくとお嬢様が2人きりになれるタイミングなんて相変わらず殆ど無い。時たま、夜遅くまで執務をしているお嬢様がぼくの手作りの夜食が食べたいと言ってくれて、その時は夜食を食べてもらっている時は2人きりになる。けど、そういう時に見るお嬢様は目に見えてやつれていて、2人きりになったからと言ってはしゃぐ気にもなれなければ、恋のアタックをしようなんていう気にはもちろんなれるわけがない。




「領主様って、みんなお嬢様みたいに忙しいんですか」


 ある日の深夜。ぼくはぼろっと、そんな疑問を零しちゃう。そんなぼくの疑問に気づいて、お嬢様はぼくの方を疲労の残った目で見てくる。


「もしそうだと言ったら、どうするの? 」


「だ、だとしたら、ぼくはお嬢様に領主なんて続けてほしくないです! だって、今のままじゃお嬢様が過労死しちゃう……」


 つい出てしまった本音。でも、それはお嬢様にとって地雷だった。


 バンッ、と急に強い音がしてぼくはビクッとする。気づくと執務用の机を勢いよく叩いたお嬢様が、ぼくを貫くような鋭い視線で視線でぼくを睨んでいた。


「それって、あたしが領主に相応しくないってこと? 」


「そ、それは……」


答えに窮するぼくを、その時のお嬢様は待ってくれなかった。


「アリエル、今日はもう自分の部屋に戻って」


 ぞっとするような冷たい声でそう言われて、ぼくは言われた通りにするしか無かった。




 翌日。ぐずりながらお嬢様との深夜の一件をソラ先輩に相談すると。


「それはアリエルが悪いよ。だってご主人様の思いっきり気にしてることを、他でもないアリエルに言われたんだもん」


 即座にバッサリ切られて肩を落とすぼく。


「アリエルがなんで勇者パーティーを追放されたんだかボクは詳しいことを知らないけど、案外、勇者パーティーにいた時も無自覚で似たようなことをやらかして、それで愛想尽かされたんじゃない? 」


 そ、ソラ先輩も人が気にしてる古傷を容赦なく抉ってくるね。でも事実な気がして何も言い返せない……。


「まあでも、仕方ないっちゃ仕方ないわよね。能力によって見える世界が違うのは当たり前。持ってる人が持ってない人の気持ちにいくら寄り添おうとしたって、所詮は知ったかぶりにしかならないもの」


「……一体、ぼくはお嬢様の何がわかってあげられなかったんですか? 」


「それは……」


 ソラ先輩は一瞬言いかけてから、口を噤む。


「うん、やっぱりこれはボクから話すよりご主人様から直接聞くべきだよ。だって、これは今のアリエルにとって最大の恋敵ライバル――ご主人様の初恋相手にも関わる問題なんだから」



◇◆◇◆◇◆◇



 せっかく夜食を持ってきてくれたアリエルを追い返してから。あたしの心には「やっちゃったな……」という後悔が渦巻いていた。


 その時はあたしが物心着いて以来、ずっと気にしていることを他でもない憧れの人に言われた気がして激昂しちゃったけど、冷静になって考えてみるとアリエルにそんな意図があるわけがなくって、むしろ膨大な領主としての仕事量に追われて日々ぼろぼろになるあたしのことを心から心配してくれていたんだ。なのに、あたしはその気持ちを踏み躙った。


 あたしに怒鳴られた直後。アリエルの血の気の引いたような表情が脳裏から離れない。


 ――せっかく女性恐怖症を少しずつ克服してきたのに、あたしのせいでまたコンプレックスを増やしちゃったかも。と、いうか臣下に心配されるほど疲れを滲み出しちゃってるなんて、やっぱ領主としてダメダメだな、あたし。


 いっそのこと初恋相手のアリエル様があたしの気にしていることを抉ってきたと思い込んで、初恋を諦める一助になったりしないかな。そう記憶を都合よく捏造しようとしてみたけど、自信なさげに視線を揺らしながらもあたしを心配してくれるアリエルの顔がチラついてうまくいかない。


 そして、アリエルのことを考えてると仕事に集中できなくて、時間だけが経っていく。時計を見ると、もう23時を回っていた。


「ほんと最悪」


 自分の心の弱さに悪態を吐きながら、あたしは次の書類に視線を走らせた。




 気づいたら寝てしまっていたらしい。気づくとあたしの肩に毛布がかけられている。そして周囲を見回すと、視線が合ったアリエルの肩がビクッと、可愛らしく震える。


「毛布、アリエルが掛けてくれたの? 」


「ご、ごめんなさい! 余計なことして……」


 そう言って身を縮こまらせるアリエルに、あたしは努めて優しい口調で言う。


「余計なことじゃないわよ。すごく嬉しい。――昨日のことでアリエルには嫌われちゃったかと思ってだから」


「き、嫌いになるわけないです! だって、お嬢様はぼくの初恋の人……ですから」


 勢いよく最初は言いながら尻切れとんぼに段々なっていくアリエルの答えに、ついあたしは微笑を漏らしちゃう。やっぱ今のアリエルを見ているとよく温かい気持ちになっちゃう。まあ相変わらず恋愛対象としては見れないんだけどさ。


 でも、そんなアリエル相手だからだろう、いつもだったら変な意地を張って出てこない謝罪の言葉が、自分でも驚くほど自然に出た。


「昨日はごめんね。アリエルは不甲斐ないあたしのことを心配してくれてたのに勝手に、アリエルにまで『領主に相応しくない』って言われてる気がしちゃって、アリエルに八つ当たりしちゃった」


「い、いえ。ぼくの方こそ、何も知らないのに余計なこと言っちゃってごめんなさい」


「あたし、実は双子の妹がいたんだ」


「えっ? 」


 一件なんの脈絡もない話をはじめるあたしに、予想通りアリエルは困惑した表情になる。それを気にせず、あたしは話を続ける。


「あたしの妹は魔法の才能に恵まれやすい貴族の中でも特に魔法の才能に恵まれていてね、4歳の頃から魔法を発現してた。潤沢な魔力と【臨界魔法】をはじめとする数々の高度な魔法行使技術のどちらも持つ妹はまさに、偉大な魔法師だったお母様をなくしたランベンドルト辺境伯領にとって、希望の新星だった。


 対して、姉のあたしは魔力行使技術以前に魔力が殆どなくって、妹と比べられることすらなかった。魔法の実力がものをいう貴族社会では次のランベンドルト辺境伯は誰の目から見ても妹で明らか。妹がランベンドルト辺境伯領さえ継げば、ここ数世代に渡って傾いてきたランベンドルト辺境伯領も安泰。誰もがそう信じて疑わなかった。そんな時、事件は起きた」


 そこであたしは一呼吸入れてから、告げる。


「あたしと妹が10歳の時。何の前触れもなく、あたしの妹は突然命を落とした」

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