第15話 遭遇Ⅳ チェリーのはじまり

「そう。チェリー達の国、クラリゼナ王国よ。クラリゼナ王国は自国の漆国七雲客を最前線で戦わせて、条約調印に最後まで反対した。でも、他の国だって漆国七雲客をそれぞれ擁している。クラリゼナ王国が陥落するのはすぐだった。


 クラリゼナ王国陥落後。武装解除されたクラリゼナ王国は半ば無理やり平和条約に調印させられた。でも、クラリゼナは平和条約に調印した"振り"をしただけだった。条約調印から10年後。クラリゼナ王国は自国の漆国七雲客を『勇者』として再び国の軍事兵器化し、それと同時に全国民の洗脳を開始した。


『世界は人類の国クラリゼナ王国とそれを取り囲む魔族の国に二分されている』


『現在、魔族側と人間側には小康状態が続いているが、いつ魔族が人間を襲ってくるかわからない』


『そのような事態に備えて勇者様は存在する』


といった具合にね。でもクラリゼナ王国中枢の真意は違う。奴らの本当の目的は自分達の漆国七雲客に他の漆国七雲客や他国を倒させて、世界全土を征服すること」


淡々と語るキーウィの言葉に、あたしの手はいつの間にか小刻みに震えていた。


「じゃ、じゃあ! 勇者としてこれまであたしが……殺してきた魔族はどうなるの? 魔獣は? 」


魔獣モンスターはもともとこの世界に存在するものだからいいとして、思いっきり人型の魔族は他国からクラリゼナ王国に迷い込んできた騎士や冒険者じゃないかしら? それを、魔族だと思い込まされて体よくあなた達に殺させた可能性は大いにあるわね。まあ真相のほどはわからないけど。その証拠に――チェリー達の国の理屈で言うと魔族でなければならない・・・・・・・・・・・あたしやチェリーが戦っていたあの青年は、魔族に見えたかしら? 」


 そう言われた瞬間。ふと視界に入ったあたしの掌が、そんなことありえないのに鮮血で濡れているように見えてしまう。


 ――あ、あたし、これまで「王国のみんなのため」と思い込まされて人殺しをしてたってこと? 


 そう考えると……。


「うっ、――――――――――――――――――――」


 あたしはその場で嘔吐してしまった。






 それから数十分くらいして、あたしはようやく落ち着きを取り戻してきた。


 まだげっそりとしながらも、今できる全力を注ぎこんでキーウィのことを睨みつけてやる。


「で、そんな話をあたしにしてあなたは何がしたいの? 嫌がらせ? あたしが殺しちゃった人に対して……罪でも償わせたいの? 」


「そんなわけないじゃん。300年前の漆国七雲客と違って今のあたしは自分の国の中で何か立場がある訳じゃない。あたしの国の人があなたに殺されたことがあったとしても、それを責める義務なんてないし、あなたが襲われていた精神異常者のようにあなたが吐瀉するところなんて見たところで嬉しくもなんともない。寧ろ目の前で吐瀉されてこんなに恨まれるくらいだったら、あたしの口からこの世界の歴史なんて語りたくなかったわよ!


 でも! あたしはあなたのことを見てるとかわいそうだな、って思って、放っておけなくなっちゃったんだから仕方ないじゃん……」


「へっ? 」


 予想もしてなかったキーウィの言葉にあたしは変な声を出しちゃう。あたしに見つめられるとキーウィは恥ずかしそうに目を逸らす。


「あたしはあなた達と比べて恵まれた環境で生まれたんだと思う。真実をありのままに伝えてくれる国で育って、自分が漆国七雲客だってわかっても王城に捉えられて強制的に軍事兵器にされることもなくって、平民だったから冒険者になって世界を見て回りたい、って言ってもみんな応援してくれて誰からも反対されることなんてなくて。怖いくらいに順風満帆だった」


 そう語りながらキーウィはあたしに対して申し訳ないと感じてるのか、時々視線が揺れる。


「このクラリゼナ王国にやってきた時、この国の漆国七雲客――『勇者』を確認しておこうと思ったのはほんの気まぐれだった。他の漆国七雲客なんて興味がある訳じゃないけど、この国の『勇者』が一方的にあたしに敵意を持って襲ってきたらあたしの平穏な生活が乱されてイヤだな。最初はそう思っての簡単な偵察のつもりだった。


 でも木陰とかに隠れながら遠目に見かけた実際のあなた達――特にチェリーは予想と全然違った。勇者であるはずのあなたは初恋に落ちたばかりの初心な女の子。もともとはそう言うキャラじゃないのに、そう言うキャラが求められてると思っていて、みてるこっちが恥ずかしくなるくらい猛烈に好きな人に対してアピールしつつも、朴念仁の彼女に気付いてもらえない、不憫になるような女の子だった。


 なのに訳も分からずに好きな人と引き離されて。だいたい、チェリーはこれまで神様から【概念魔法】なんて厄介ものを押し付けられてそのせいで十分苦しんできたんだよ? そんなチェリーに少しぐらい報われてほしいじゃん。ハッピーエンドが見たくなるヒロインじゃん。何より……こんな不憫な女の子、同じ恋する乙女として見ていられるわけないじゃん! 」


 いつの間にかキーウィは涙を流していた。いきなり泣かれても、こっちはおろおろするばかり。


 と、次の瞬間、キーウィはあたしの胸ぐらをつかんでくる。


「だから、好きな人に振り向いてもらえてもいないのに勝手に死のうとするなんてあたしが許さないんだから! 好きな人に否定されてもいないのに自分で自分を卑下するとか許さないんだから! わかった? 」


「わ、わかったけど……でもアリエルちゃんがまだ生きてるかどうかもわからないし、勇者パーティーから事実上抜け出すことになっちゃったあたしなんか、アリエルちゃんはきっと失望するに決まってる……」


「あのさぁ! 初恋相手が生きてるって信じて飛び出してきたのはあなたでしょ。だったら、あなたが初恋相手のことを信じてあげないでどうするのよ。それに、勇者パーティーを抜けた云々? なんのためにあなたに嫌われる覚悟で、あなたにこの国が隠蔽してる事実を伝えたと思ってるのよ。勇者だとか漆国七雲客だとか、そんなの恋する乙女が振り回されることじゃないの! 恋する乙女はその恋に一直線になってもいいの! あなたはうじうじと色んな事考えすぎ! 」


 キーウィの言い方は乱暴だけど、でもあたしのことを思ってくれてることがじんじんと伝わってきて、曇っていたあたしの表情は自然と緩んでくる。


 そんなあたしの変化に気付いたのかな、キーウィも涙を拭って、もう一度右手を差し出してくる。


「それじゃ、行こうか」


「えっ? 行くってどこに……」


「そりゃ決まってるじゃない。あなたにとっての王子様――いや、お姫様かな? ――とにかく、あなたが大好きな人を探しに。チェリーだけだとまたへんな奴に絡まれて放っておけないのよ。だから、あたしがこの国にいる間は取り合えず、あなたと一緒にいてあげる。あなたの恋を一番近くで応援する『友人キャラ』になってあげる」


 そう言ってキーウィははにかんだ。



 そしてその日。あたしの大好きな人を探す長い長い旅が、ようやく始まった。そしてそんな新しい旅の高揚感で、あたしはもう一人のあたしが抱いた疑問に気づかなかった。



 ――なんでキーウィはあたしに対して、こんなに優しくしてくれるのかな。


 ――漆国七雲客は各国に一人だけ、だとしたらあたしとベリーってどっちかは偽物の漆黒七雲客ってこと?

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