第14話 遭遇Ⅲ 世界の真実
目を覚ますと、あたしは不思議な空間にいた。
空間一帯が淡い紫色の光で照らし出され、見たことのない道具やら装置やらが宙を浮いて漂っている。明らかに重力法則を無視した空間だけど……。
「ここは魔法で作りだした【臨界招来】の一種、と言ったところかな」
【臨界招来】と言うのは魔法で亜空間を創り出すこと。小さいとはいえ、空間内のあらゆるパラメーターや法則、存在する一つ一つの物体も含めて丸ごと自分の思い通りにデザインできちゃう、文字通り『世界を創り出す』魔法だから、かなり高位の魔法師じゃなきゃ使えないはずだけど……。
「さすがこの国の擁する漆黒七雲客の1人なだけはあるわね。すぐにこの魔法のすごさを客観視できるなんて」
誰かの声に気付いて振り向くと、そこには冒険者かな、茶色い髪をポニーテールにした活発そうな印象を受けるお姉さんがいた。
「そう、ここはあたしの概念魔法【次元】で作りだした【臨界招来】の1つ――【第八系神療次元】。任意の対象の自然治癒力を大幅に高めて傷や病気の早期回復を促すことに特化して創り出した空間、ようは面倒な男に絡まれて瀕死だったあなたを助けるために集中治療室のような空間をあたしが創り出して、そこにあなたを放り込んだ、と思ってもらえばいいわ」
概念魔法ってなに? とかいろいろわからない言葉だらけで半分も理解できてないけど、この人がライチからあたしを助けてくれたってことだけはわかった。と、なるというべき言葉は一つ。
「ありがとうございます、あたしなんかを助けてくれて」
そう言ってあたしが頭を下げるとポニーテールの少女はむっとした表情になる。
「あたしなんか、とか自分を卑下する言葉禁止。誰かに好きになってもらおうとしている乙女が自分を卑下するようなこち言っちゃダメだよ。自虐・ネガティブ思考・自分に自信ない、そう言う属性が萌えポイントになることだってもちろんあるけど、それはあくまで戦略で、恋する乙女は常に自分に自信を持ってなくちゃダメ」
な、なんかいきなり恋愛脳丸出しなこと言ってきたよ、このお姉さん……。そう少し圧倒されちゃったけれど、あまりにぶっとんだ話で数周回ってあたしは吹き出しちゃう。そんなお姉さんの勢いに呑まれて、なんだか自分を卑下するのが馬鹿らしくなっちゃった。
「ごめんなさい。言い直させてもらいますね。改めて、あたしを助けてくれてありがとうございます」
あたしの言いなおした言葉にお姉さんは満足そうにうなずく。
「いいのいいの。あと、あたしと君じゃ大して年が違わないはずだからタメ口でいいわよ。そうそう、自己紹介がまだだったわね。あたしはキーウィ。同じ漆国七雲客として、あなたとは話しておきたかったのよ」
「そうなんですね、じゃない、そうなんだ。あたしはチェリーって……って、え? 」
自然に差し出されたキーウィの手を握り返そうとしたあたしの思考が一瞬止まる。
……えっ、今、この人、漆黒七雲客って言った? しかも、あたしのことを
そこまで言葉の意味を飲み込んだ途端。一気にあたしがあったことのある漆黒七雲客――ライチから受けた攻撃を思い出してあたしの動悸は激しくなる。それでもなんとか絞り出すように
「……あたし、漆黒七雲客なんかじゃない。むしろ、漆黒七雲客を倒さなくちゃいけない勇者――だったんだけど」
と言ってキーウィのことを睨みつけると、キーウィはまるであたしの反応が想定通りだったかのように肩を竦めてみせる。
「どう伝えようか迷ってたんだけど、まあどう伝えてもこうなるよね。まあ真実を隠蔽して『漆国七雲客は敵だ』って刷り込まれていたら、こういう反応をすることはわかっていたけれど。で、あたしが漆黒七雲客だとわかったら、君は『勇者』として、あたしと戦う? 」
投げやりな挑発にあたしは迷う。もしあたしがアリエルちゃんに出会う前の、『勇者の使命』に何の疑問も抱いていない時のあたしだったら、迷わず杖をとっていたと思う。でも今のあたしは勇者ですらない。彼女がたとえ漆黒七雲客だったとしても、向こうが危害を加えてこない限りあたしが戦う必要は何処にもない。――まあ、戦ったところであのライチを退けてあたしを助けてくれた相手なんだもん、あたしなんかが太刀打ちできるわけもないんだけど。
あたしは降伏の意を込めて両手を挙げる。
「べつに。あなたには恩がある訳だし、今の勇者の役目を自分から放棄したあたしがあなたと戦わなくちゃいけない理由はどこにもない」
「うん、正しい判断ね」
あたしの返答にキーウィは満足そうに微笑む。
「でも、幾つか教えてほしいことがある。これまでのキーウィの言い方だと漆黒七雲客は――あたし達がこれまで教えられてきたような――魔王軍の最高幹部とかとは違うみたいだけど、漆黒七雲客
って一体何なんなの? 」
「それをチェリーには話したかったんだよ。自らの意思でクラリゼナ王国の呪縛から逃れた、当事者の一人たるチェリーにはね」
そこで一呼吸おいてから、キーウィは続ける。
「まず大前提として、この世界は魔族の国と人間の国の2つに分かれているなんて、そんな単純な話じゃない。この世界は漆個の国に分かれていて、その全ての国は人間によって統治されている。そもそも論、この世界には魔族なんてものは存在しないんだよ。そしてその漆個の国に一人ずついる人知を超えた魔法を神から授かった最強の魔法師、それが、漆国七雲客」
魔族なんて存在しない。漆黒七雲客は魔法を持った人間。そんな、予想もしなかった事実にあたしがこの十数年間、信じ続けてきた世界は音を立てて崩れ去っていく。
「漆国七雲客は概して、他の人間とは比べ物にならない魔力を体内に有しているけれど彼女らの最大の特徴はそこじゃない。彼女らは一人に一つずつ、この世の理――"概念"そのものに干渉し、書き換える力を有していること。
例えば、あたしの【次元】は『次元』という言葉に関連する事象やその概念から連想しうるあらゆることを司っている。三次元のものを二次元や一次元に戻したり、『異次元』という言説から連想してありもしない次元を勝手に定義して自分の都合のいい世界を創り出したり、ね。この【第八系神療次元】もそうだし、ライチを取り込んだ異次元だって、あたしが自分の概念魔法で作りだした異次元よ。
そしてあなたのことを襲撃していたライチ。彼の司る概念は相対概念【強化】。【強化】を司る彼は、体力・物質の強度・移動速度・魔力量、その他あらゆる数値化できる情報に関してなら比較対象を上回るスペックに変えることができるみたいね」
宙に浮いている怪しげな道具の一つを手に取って平面にしたり宙を舞っている写真を立体に戻したりしてみせるキーウィ。
「今から300年ほど前まで、全ての漆国七雲客は各国の統制下におかれていたわ。300年前まで各国は漆国七雲客による代理戦争によって世界の覇権を争い合っていた。と、いっても"概念"と"概念"のぶつかり合いよ? 他の人間が実際に戦うことはなくともその代理戦争は国土を荒廃させ、多くの国民を奪った。
【概念魔法】と【概念魔法】のぶつかり合いによって一夜にして大陸の1/3が消失した戦いの後。各国の王はそこでようやく、漆国七雲客、もっというと【概念魔法】は人には過ぎた力であることを理解した。そして漆個の国のうち1国を除く6個の国は以降、漆国七雲客を兵器として保有することを永久に放棄する条約に調印した」
「調印しなかった1つの国って、まさか……」
そう聞きながら、あたしの中には1つの予想が立っていた。でも、その答えを言ってほしくない、とあたしは心の中で祈る。そうじゃないと、あたしのこれまでが全て崩れ去ってしまう気がしたから。
でも、キーウィは淡々と言葉を続ける。
「そう。平和条約に調印しなかった国はクラリゼナ。チェリー達の生まれ育ち、そして守ってきた国よ」
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白状すると【臨界招来】はFateの固有結界や呪術廻戦の領域展開のようなものにウルトラマンシリーズの異次元人ヤプールの出てくる異次元やイカルス星人の逃げ込んだ四次元空間のイメージを加えたものとなります。
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