第4話 邂逅Ⅰ 新しい自分

◇◆◇◆◇◆◇の前後でアリエルからミレーヌに視点が変わります。

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「信じていた勇者パーティーの全員に裏切られた、そしてそれがきっかけで女の子全員のことが怖くなってしまった――つまりはそういうことよね」


扉を隔てた廊下からピンク髪の少女――ミレーヌ辺境伯の言葉がドア1つ隔てた廊下から聞こえてくる。


 この屋敷の主人を廊下に立たせたままでしか話ができない自分が情けなさすぎて自分のことが自分で更に嫌いになる。でも、壁越しでさえ彼女の声に震えている今のわたしじゃ、これが限界なのもまた事実だった。


 わたしが目覚めてから5時間ほど経った。窓の外はすっかり暗くなり、それまでの間、わたしは布団を頭から被ってずっと震えていた。


 ようやく会話ができるようになったのはつい30分前くらい。それまでミレーヌ辺境伯は女性恐怖症のわたしを気遣って部屋から出ていき、わたしが落ち着くまで待ってくれた。


 そしてわたしが幾分か落ち着いてから。ミレーヌ辺境伯はます彼女のことについて部屋に入ることなく教えてくれた。彼女はわたしと同い年の18歳なこと、数年前に両親を亡くし、今は彼女がこの地方の領主を務めていること。


 そしてミレーヌ辺境伯が語り終わった後。今度はわたしが話す番になった。自分で言うのもアレだけど、まとまってなくてとても聞けたものではなかったと思う。でもミレーヌ辺境伯はわたしの話を根気よく聞いてくれた。


「で、これから君はどうするつもりなの? 」


「……」


ミレーヌ辺境伯のもっともな疑問にわたしは何も返せない。


「行く宛や行きたい場所、やりたいことはあるの? 」


勇者パーティーを追い出されたわたしがどこで生きていけると言うんだろう。王都? 故郷? それこそどんな顔をして帰ったらいいって言うんだろう。


 いや、そんな話は二の次三の次だよ。それ以上にどうにかしなくちゃなのは……。


「そもそもその精神的外傷をどうにかしなくちゃか。他人である女性は避けて生きることができても、自分自身を怖がって萎縮しちゃったままじゃ、何もできないでしょ」


 ミレーヌ辺境伯の言葉にわたしは頭を抱える。わたしだってどうにかしなくちゃ、って思ってるよ。でも、怖いのは仕方ないじゃん……。


 感情が昂って被っていた布団を吹き飛ばしちゃう。すると窓硝子に反射した自分の姿と対面しちゃって……。


「ひ、ひぃ……」


情けない声を出して腰を抜かしちゃったわたしに気づいたソラが部屋に駆け寄ってくれてわたしのことを介抱してくれる。


 ――あー、何やってんだろ、わたし。


 そう自分で自分が情けなくなりつつも、その日はもうわたしは使い物にならなくなった。




 それから数日間、わたしは辺境泊の屋敷に泊まらせてもらった。わたしのいる部屋からは万一にも自分の姿を見てしまわないように鏡や窓硝子など光を反射するものは厚紙で覆われ、わたしのお世話をしてくれるのもソラだけと、めちゃくちゃ気を遣ってもらっていた。


 そこまでしてもらわなくちゃいけない自分が惨めに思えてきたけど、そのおかげで目を覚ました初日のようなヘマをすることは殆どなくなった。ふとした瞬間に自分の豊満な胸に視線を落としちゃって過呼吸気味になることはまだまだあるけど。


 ――いつまでもこのままじゃダメだ。そう分かってるのに……。


 とその時。部屋がノックされる音が響く。


「ご主人様がドア越しにアリエル様とお話ししたい、とおっしゃられてるのですが、いま大丈夫ですか? 」


ソラの言葉にわたしは


「は、はい」


と緊張で体を強張らせながらもなんとか答えた。




「本人が一番気にしてるんだろうけど、あたしもいつまでも君をこのままにしておくことはできないな、ってずっと考えてたの。世知辛いことを言うと辺境伯とはいえ、うちにそこまで余裕があるわけでもないし……何より君にとって今の状態は不健全よ」


辺境伯の言うことはその通り過ぎて、返す言葉が見当たらない。


まあただの穀潰しなんて追い出されて当然だよね。そう沈み込んだ時だった。


「だからさアリエル。もし君が良かったら、女の子は今日でやめて、この屋敷で執事として働かない? 」


「へっ? 」


辺境伯の言葉が理解できなくて、わたしはへんな声を出しちゃう。


「要するに、さ。今のアリエルは自分の女の子っぽい体つきや容姿に怖がっちゃって何もできなくなっちゃってる訳でしょ。だったら男の子みたいな格好をして、『自分は女の子じゃないんだ! 』って自分で思い込めれば、少なくとも君自身に対する女性恐怖症は克服できるんじゃないか、って思うんだ。そのためのリハビリの機会としてこの屋敷の執事という職業を――もしアリエルさえ良ければ――提供したいな、って思ってる。もちろん強制はしないし、執事として働いてもらうにあたって女性と一緒に仕事をすることにならないように最大限配慮するつもり」


なるほど、辺境伯の話は理解できた。理解できたけど……。


「な、なんでわたしなんかのためにそこまでしてくれるんですか? 助けてくれただけでも奇跡で、追い出したい時に追い出す権利が辺境伯様にはあるはずなのに」


「それは……」


そこでミレーヌ辺境伯は何かを一瞬言いかけて、一旦口をつぐむ。



「それはたまたま自分の領内に君が倒れていて乗り掛かった船、っていうのはあるけど、それ以上に、ここで君が腐っちゃうのは勿体無いと思ったんだ。理不尽な理由で勇者パーティーを追い出され、女の子全員を、自分さえも怖がってそれ以上君が進めなくなるなんて、そんなの間違ってるし、あたしは見過ごしたくない。


そのためにわたしは君に「女の子じゃない君」を与える、だからまずはそれに乗っかって自分自身を克服してくれたら嬉しいかな、って」


優しい口調で言うミレーヌ辺境伯。女の子らしい高い声で紡がれる彼女の言葉がもう怖くないかといえば嘘になる。でも、怖いはずなのに、同時にわたしはミレーヌ辺境伯の言葉が嬉しいな、と感じていた。


「……ありがとうございます、わたしのためにそこまでしてくれて」


ミレーヌ辺境伯に対して向けた、はじめての恐怖でも自虐でもない言葉。そんなわたしにドアの向こうのミレーヌ辺境伯ーーうんうん、『お嬢様』も微笑んだ、ような気がした。


「一人称から変えていこうか。『わたし』じゃなくて『ぼく』の方が女の子っぽくなくていいんじゃない」


そっか。


「じゃあ改めて。ぼくのためにそこまでしてくれてありがとうございます」


「うん、それでいいよ。君はもう勇者パーティーの女騎士アリエルじゃなくていい。片田舎の辺境伯令嬢の執事。いつまでもそういなくちゃいけないわけでもないけど、とりあえず君がコンプレックスを克服するまでは、そんな君でいていいんだよ」



◇◆◇◆◇◆◇



 アリエル様――アリエルになんとかそこまで言い切った後。あたし・ミレーヌは足早に自室へと戻り、ドアを開けた瞬間。


 倒れかけたあたしのことを側近執事のソラが優しく受け止めてくれる。そんな私の目元はすでに涙をいっぱい溜めていた。


 少なくともアリエル様の前で泣いたりしちゃダメ。その一心で我慢してきたけど、もう限界だった。


 そしてやっぱ生まれてからずっと一緒にいるソラのことは誤魔化せないな。ソラはあたしの背中を優しくさすりながら甘い声音で耳元にそっと囁く。


「少なくともボクの前では、泣くことを我慢しなくていいんですよ」


そんなこと言われたら……もう我慢できる訳ないじゃん。


「うわーん」


 これまで押し留めついた涙と感情が、決壊したダムのように流れ出す。


 ほんとはアリエル様にはかっこいい女騎士でいてほしかった。あたしを救ってくれたような、明るくて可愛い騎士様でいてほしかった。


 でも、そんなのはあたしの押し付けだ。アリエル様はあたしが世界で一番尊敬していて、初めて恋愛感情を抱いた相手。今の彼女にとって一番いいのは、無理に騎士様にもどることじゃない。だから、あたしは必要以上のことは語らず、「いい領主様」のふりをした。あたしが好きになった、騎士様のように。それがあたしの考える、初恋相手への向き合い方だ。そう決めたはずなのに。


 ――今夜だけ、今夜だけだから。今夜だけは初恋が呆気なく終わったことについて思いっきり泣かせて。明日からは理想の領主様になるから。


 ソラの胸に顔を埋めながら、あたしは誰に対してというでもなく心の中で許しを乞うた。


 そんなあたしを、ソラはいつまでも優しく撫で続けてくれた。


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