第X話 前奏Ⅲ 勇者2人との休日デート③

 そんな風にはしゃぎながらお腹いっぱいになるまで食べたからかな。不意に右の方から温もりが伝わってきたかと思うと右隣に座ってたチェリーちゃんがわたしに寄りかかりながら小さな寝息を立てていた。それとほぼ同時に左側からも女の子の重みを感じて、そちらを見るとそっちはそっちでわたしの左に座ってたベリーさんがわたしに寄りかかりながら心地よさそうに眠っていた。

 そんな2人の無防備な寝顔は彼女達に対して世間一般が抱いているイメージとかけ離れた、年相応の――いや、実年齢より少し幼いものだったかもしれない。でも2人の安心しきったそんな表情を見てわたしは「今日ここに連れてきてよかったな」と思う。


 外ではいつも勇者として気を張っていないといけない2人だもん。仲間であるわたしにだってこんな表情を見せてくれることなんてめったにない。でもわたしはそんな2人が「無理しすぎなんじゃないか」ってちょっと心配だった。同い年の女の子として。


「そうとう勇者様のお2人に気に入られてるな。アリエルって昔から人の懐に潜り込むのが上手いからなぁ」


 2人を起こさないように音量を落としながら店長がニヤニヤしながら言ってくる。


「それって褒めてる? 」


 少しだけむっとしてわたしが尋ねると店長は更におかしそうに笑う。


「褒めてる褒めてる。誰に対しても物おじせずに近づいて行って、人懐っこい性格でいつの間にかお前のことが憎めなくなってる。それによって救われた人だってきっと沢山いる。俺も含めて、な」


 在りし日を懐かしむように目を細める店長。


「アリエル。お前、本当は学生時代もお金に困ってたりなんてしなかっただろ。お前ぐらい人懐っこい女の子にはいくらでも将来を見込んでパトロンになることをを申し出る貴族や、自分の子息令嬢との結婚を前提とした支援を申し出る貴族、もっと言えばお金を貸してくれる友人すらいたはずだ。なのにバイトなんてしたのは、妻を亡くして自暴自棄になっていた俺を救うためなんだろ」


「……それはわたしのことを買い被りすぎだよ。確かにありがたいことを言ってくれる学友や貴族様は沢山いた。でもわたしはそう言うのに頼りたくなかったの。友達とは対等でいたいし、結婚を前提とした、なんて学生には早すぎると思ったもん。やっぱりお金が必要だったっていうのは間違いない。でも、せっかく働くならわたしが働くことで見せの人にも笑顔になって欲しいな、って思ってこの店を選んだだけ」


「アリエルと来たら『ここは俺と妻の店だ。他の奴を雇うつもりはない! 』って何度追い返してもやってきてさ。結局、誰も雇うつもりがなかった俺が折れて、実際にこれまでワンオペで回りきってなかった店の運営を立て直してくれて、お前目当てで客も増えて」


「最初の頃はそんな感じだったねぇ」


「そんなお前に負けた気がして色々嫌がらせして――無理矢理メイド服で接客させたりしたのにお前は文句を言いつつも卒なく着こなして接客してくれて」


「それは……まぁ、うん」


「いつの間にか、俺の心の絶対領域にお前はひょっこりと足を踏み入れていた。妻以外埋めることは出来ないと思っていた俺の心にぽっかりと空いた穴をお前は埋めてくれた。アリエルのそういうところに俺は感謝してるし、尊敬してるんだぜ」


 改まってそんなことを言われるとフツーに恥ずかしい……。


「そしてそれは、きっと勇者様――チェリーさんとベリーさんもそうだ」


「へっ? 」


目を丸くする私に店長は小さくうなづく。


「俺、こう見えてももう長いこと王都で暮らしてるからな。チェリーさん達が勇者になった時から、一王都市民として彼女らが持ち上げられるのは見てきた。それを遠目で見ながら、本人はそんな風に特別視されるのが息苦しいんじゃないか、それ以前に剣や杖なんて握らせずに年相応の幼い女の子らしいことをもっとさせてやるべきなんじゃないか、ってずっと思ってた。まあしがない喫茶店店主が出来ることなんて何もないし、こんなことを人前で言ったら反逆罪で衛兵にしょっ引かれそうだけどな」


 苦笑を漏らす店長。


「でもアリエルは違った。正攻法で勇者パーティーの一員になったアリエルは2人にとってはじめて、本当の意味で対等に、同い年の女の子として彼女に接する人間になれたんだと思う。そして2人はそんな相手が必要だったんだと思う。同じようにアリエルに救われた人間だから、さっきの2人を見てれば分かる。だから……これから色々大変だと思うけど、頑張れよ」


 色々、が何を差すのかイマイチわからなかったけれど、きっとこれからの戦いのことだろう、と解釈したわたしは大きくうなずく。


「うんっ! 」


 その時、店長がこの後にあんなことが起きることまで想像していたのか、わたしにはわからない。


◇◇◇◇◇◇◇


「うわーん、せっかくのアリエルちゃんとのお休みなのに寝過ごしちゃったよぉ! 」


 いい加減に傾いた西日が黄金色に照らす市場に、チェリーちゃんの悲痛な叫びが響く。対してベリーちゃんも口には出さないものの、ちょっと残念そう。


「まあまあ。もうこれで終わり、って訳じゃないんだしそんなに気を落とさないで。あと一か所だけ、2人と行きたかったところがあるんだから……ほら、着いた! 」


 そう言ってわたしが足を止めたのは貝殻など海のものをあしらった小物やアクセサリーを売る露店だった。


 売ってるものがアクセサリーだと気づいて、チェリーちゃんとベリーちゃんは困ったように顔を見合わせる。


「私達勇者にアクセサリーなんて……」


「ずっと縁遠い者だと思ってた。でもきっと似合わないよ」


 2人がそう言うのはわかっていた。生まれた時からそういう生き方を強いられていたのは知ってたから。でも!


「そんなことない! 」


 いつになく力強く断言したわたしに、チェリーちゃんとベリーさんの視線が一斉に集まる。


「チェリーちゃんもベリーさんも素材はわたしよりもいいんだから。少しぐらい女の子らしくお洒落したって罰なんて当たらないよ。だからお休みの日の最後に……2人に似合うアクセサリーを選ばせてくれないかな」


 わたしの言葉をぽかんとした表情で聞いている2人。それから2人は夕焼けのせいか少しだけ顔を赤らめて


「「そこまで言うなら、お願いしようかな」」


と私にしか聞こえないくらいの小さな声で言ってくれた。



 悩むこと数十分。結局ベリーさんのためにわたしが選んだのは貝殻のネックレス。小指ほどの小さな希少種の貝殻が虹色の輝きを放っている。そしてチェリーちゃんに選んだのは小さな真珠のあしらわれた指輪。どれも2人をイメージして選んだ。


 まあアクセサリーの種類的に前衛タイプの勇者であるベリーさんに指輪は危ないかな、と思って選べなかったからそのことで2人が言い争ったりしないか少しだけ心配だったけど、2人は言葉にしないものの、2人が喜んでくれてるのは表情を見ていればわかった。


「……わたしも大切な人にプレゼントする用のアクセサリーを選ぼうかな」


 ぽつり、とチェリーちゃんが言う。するとベリーさんも


「私も……贈り物してみたいかも」


と言って真剣に商品を品定めし始める。


「えー、2人とも誰に渡すの? 」


 いつになく乙女チックな2人をちょっとからかいたくなって言うと、


「アリエルちゃんのそう言う所だよ……アリエルちゃんはそっぽ向いてて! 」


と強い調子で怒られた……。そんなわたしを、ベリーさんは憐れむように一瞬だけ見てくれたけど、すぐに品定めに戻る。

 うーん、一緒に来てるのにちょっと寂しい気もするけど、こういうのも友達として受け入れていかなくちゃいけない、よね。




 結局、2人がプレゼントを選び終えた頃には日はとっくに沈んでいた。でも2人は大切そうにプレゼントの入った紙袋を胸の前に抱きかかえているから、こんな2人を見られただけで待っていた甲斐があった気になる。因みに2人が何を買ったのかすらわたしは知らない。ちゃんと見ないようにしてましたからね!


「あたし達、次の戦いが終ったらこれをあたし達の大切な人に渡すんだ」


 いつになくしんみりとした調子で言うチェリーちゃん。


「受け取ってくれるかな……」


 不安そうに目を伏せるベリーさん。そんなベリーさんの右手にわたしは自分の掌を重ねる。


「その人はベリーさんの、うんうん、ベリーさん達の大切に思ってる人なんでしょ。その気持ちと一緒に渡せば、きっと受け取って、大切にしてくれるよ」


 わたしのその言葉にベリーさんは顔を上げる。その顔はぱぁっと明るくなっていた。


 そうこうしているうちにわたし達は宿へと戻る。2人とわたしは部屋が別なので、部屋の前でお別れだ。


「アリエルさん、今日はすっごく楽しかった」


「アリエルちゃん、また明日ね! 」


「うん、2人ともまた明日」



◇◇◇◇◇◇◇



 そして翌日。


「ランベンドルト辺境伯領よりも更に南、ミルゲッツ王国とミルテルタン帝国との国境の森で、魔王に最も近い7人の側近――漆黒七雲客の1人が目撃されました。あなた達勇者パーティーにはその漆黒七雲客が私達の国に進行する前に倒して頂きたいのです」


 国王の御前で言い渡された次のわたし達への指令に、わたしはつい息を呑む。


 漆黒七雲客。それは、数百年前に魔王がいた時は魔王軍の側近として幾度となく勇者を苦しめ、魔王なき今は魔族軍最強に君臨する7人の最上級魔族のこと。


 そう、昨日のお休みは今までにないほどの仕事――漆黒七雲客の1人の討伐に備えた休日だった。

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