第1章

第1話 追放Ⅰ_神童と2人の勇者様

初めまして。お立ち寄りありがとうございます。こちら、前に掲載していた短編版の連載となります。とりあえず最初のハイライトまでの展開を知ってから読むかどうか決める、と言う方は短編版の方も訪れていただけると幸いです。

______________________________________


「百合の間に挟まる女騎士は要らないんだよ」


 そこで、わたしの意識は完全に途切れた。



◇◇◇◇◇◇◇



 わたし、アリエル=ドルチェンには平民にしては珍しく魔法の才能があった。


 物心ついた時には村の人々から「神童」ともてはやされ、求められては魔法を使って洪水で壊れた橋を修復したり、風邪を引いた近所の子供を癒したり。そんなことをしている女の子だった。見返りがほしかったわけじゃない。自分に人にはない力があって誰かが笑顔になってくれれば、それだけでわたしはたまらなく嬉しかった。


 そんなわたしは12歳になった時、王都にある魔法学園に入学することになった。「アリエルほどの魔法の才能を持つ人にはもっと学んで、より多くの人のためにその力を使ってほしい」と村長から言われて。


 本来、魔法とは貴族の方が発現しやすい。だから当然、王都にある魔法学園の生徒もその殆どが貴族の子弟。そんな中で村長が取り付けてくれた奨学金をもらいながら通う庶民のわたしは、自分で言うのもアレだけど浮いていたと思う。でもわたしは身分なんて気にせずに村にいた時と同じように明るく振舞った。そうじゃないとわたしじゃなくなっちゃう気がしたから。


 そんなわたしを、最初は教師や同級生も複雑な目で見ていた。けれど段々とこんなわたしを受け入れてくれるようになってくれたみたい。わたしは多くの大切な友達に囲まれた学生生活を送り、卒業の時もたくさんの恩師や後輩から別れを惜しまれながら卒業させてもらえた。




 そして魔法学園を卒業した翌日。王城に呼び出されたわたしは国王から直々に、「勇者パーティーへの魔法騎士としての加入」の勅命を受けた。



 そう、わたし達の住むこの世界ではもう何百年にもわたって人類側と魔族側が争っている。そして魔族に対抗する人類側の最高戦力として勇者を中心に結成されるのが勇者パーティー。王国の平和を守る要と言っても大袈裟でないこのグループは、王国の誰もから畏敬と尊敬の念を向けられていた、文字通りの国民的英雄だった。


 当代の勇者パーティーの中心はチェリー様とベリー様という、まだ15歳の2人の女の子の勇者様。彼女達は5歳の時に勇者であると信託を受けた日を境に、2人は王国のために剣士であるベリー様は大剣を、魔法師であるチェリー様は杖をとった。そして幼くして過酷な戦いを運命づけられた2人は常に支え合ってきた。そんな2人を王国臣民は見守り続け、一部は2人のことを『双翼』とさえ呼んで尊んできた。


 そんな双翼の2人のことをわたしももちろん物心ついた時から知っていた。でも、正直に告白するとわたしは彼女達にちょっと引け目を感じていた。なぜなら、わたしは彼女達と同い年だったから。わたしが村でちょっとした人助けをして満足していた頃には、既に2人は命を懸けて王国のために戦っていた。そんな2人がわたしには眩しすぎて、2人と肩を並べて自分が戦うなんて予想もできなかった。だから。



「お言葉ですが陛下。勇者様を支える魔法騎士ならばわたしよりも他に適任がいるのではないでしょうか」


 国王陛下の決定に口答えするなんて失礼過ぎることはわかっていたけれど、ついそんな言葉が漏れてしまう。それに対して国王陛下は怒ったりすることもなく穏やかな表情のまま言う。


「そう自分を卑下するものではない。貴君の魔法・戦闘技術の実力は魔法学園校長その他多くの者が認めた折り紙付きのものだ。今の貴君は間違いなく王国でも五本の指に入る魔法師であり、剣士である。それを否定するということは、これまで貴君を認めてくれた村長や恩師を否定することになるのだぞ? 貴君の大切な人が認めてくれたその力を、今度はこの国を、そして勇者様を守るために使ってはもらえないだろうか」


 陛下にここまで言ってもらえたんだ。わたしはもう立ち止まってなんていられなかった。




 そして実際、勇者パーティーに入ってみると、加入前のわたしの心配は杞憂だった


「フレミィちゃんすごい」「フレミィさんは頼りになるね」


 わたしがパーティーに加入して暫くすると、双翼の2人はいつもそんな風にわたしのことを褒めてくれるようになった。2人にそう言ってもらえて「役に立ってるんだ」とわたしは無邪気に喜んでいた。わたしに向ける感情は仲間意識でも友情でもないことになんて露ほども気づかずに。そして――。


 双翼の間に挟まるわたしが王国中の双翼ファンからどう思われてるかにも、わたしは一切気づかなかった。



◇◇◇◇◇◇◇



 その日。魔族領と人間領の境界付近で魔王軍最強クラスの敵・漆黒七雲客の一人と交戦があった。なんとか幹部の侵攻は防いだんだけれど、こちら側の消耗も酷かった。魔法騎士として最前線で戦っていたわたしの魔力は底をつき、お腹に瀕死の重傷を食らっていた。


 撃退し終えた時にはもうとっぷりと日が落ち、ここから近くの村に戻るのも難しい時間になっていた。わたしの傷を完治させるには相応の施設の整った街まで戻らなくちゃいけなかったけれど、暗がりの中を重症患者を背負って移動するのはリスクが高すぎる。「今夜はここで応急処置だけして、明日大急ぎで街まで運ぼう」、そういうことで話がまとまった。


 双翼以外のもう1人の勇者パーティーの仲間・回復術師のプロムに応急処置を施してもらった後。

 横たわってぐったりとしているわたしの近くを勇者パーティーのみんなは離れようとしなかった。特に感情が顔に出やすいチェリーちゃんは泣きじゃくってる。


「アリエルちゃん、アリエルちゃん……」


「そ、そんな深刻な表情しないで。死ぬわけじゃないんだし、プロムが治療してくれたおかげでほら、わたしこんなに元気だし」


 いつものように明るい調子で言おうとしようとしたけれど、少し動こうとしただけでさっき受けた傷が疼いて、思わず顔を顰めちゃう。すると、余計に双翼の2人の表情が曇る。


 あー、2人にこんな表情させたくなかったな。そんなことを心の中で思ってると。


「……だいたい、前衛のベリーがもっとしっかりしてればアリエルさんがこんな怪我負うことなかったんじゃないの? 」


 涙を流したままチェリーちゃんが鋭い目つきでベリーさんのことを睨みつける。それに対してベリーさんは冷ややかな視線でチェリーちゃんのことを見下ろす。


「……確かに私の力不足は認めるよ。でも、魔法しか能がなくてずっと安全圏の後衛で戦っていたチェリーにだけは言われたくない。君達の支援が間に合ってなかったから、魔法も白兵戦もできるアリエルさんに負担をかけることになったんじゃないの? 」


 これまでも2人がわたしのことを取り合うようなシチュエーションは度々あった。でも、それはいつもじゃれ合いの延長だと思っていた。だから、こんなに真剣に言い争う2人を見るのはこれが初めて。


 ――こんな言い争ってる2人なんて見たくないよ。だって、幼い頃から2人で背中を預け合って戦ってきた『双翼』の2人でしょ。


「ふ、2人ともやめて……。わ、わたしが、怪我をしちゃったのは、騎士としてのわたしが未熟だっただけで。ほんとはわたしがみんなを守る盾にならなくちゃいけなかったのに……」


 悪かったのはわたし。だから、2人ともお互いに責任をなすり付け合ったりしないで。そう願っての、必死の説得だった。なのに……結果は火に油を注ぐ様なものだった。


「ベリー、なにアリエルちゃんにこんなこと言わせてるのよ。あたしの・・・・アリエルちゃんに謝りなさいよ! 」


「なに勝手なこと言ってるんの? 今現在進行形で精神的にアリエルさんを追い込んでいるのはチェリーでしょ。君こそ、私の大事な大事な愛しい人にこんな辛そうな表情をさせて胸が痛まないの? 」


 えっ? 2人とも、何を言ってるの……。わたしが困惑しかけた時だった。


 パンっ、とプロムが大きく手を叩いたことでその場が一瞬静まる。


「勇者様方、アリエルさんの前で言い争うのはかえって怪我人の身体に障ります。……とりあえずいったん、席を外してもらえませんか? アリエルさんが休めないと思うので」


 プロムの冷静な一言でチェリーちゃんもベリーさんもはっとする。それから申し訳なさそうな表情でこちらをちらっと見た後。


「「ふんっ」」


 そう互いに鼻を鳴らしたかと思うと、2人は正反対の方向へと歩いて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る