第X話 前奏Ⅱ 勇者2人との休日デート②

 その店は路地裏に少し入ったところにあった。ドアノブに手を掛けて開くと小さな鈴の心地いい音が耳を撫でる。


「いらっしゃ……ってアリエルか」


 クラシックな洒落た喫茶店にはちょっと似合わない大男が、入ってきたのがわたしだとわかった途端に明らかに砕けた態度になる。こんな冒険者みたいにがたいがいい人だけど、この人こそこの店の店長で――わたしのバイト時代の上司だったりする。


 勇者パーティーに入る前、わたしは王都の王立魔法学園で魔法騎士となるための勉強をしていた。魔法学園はもともと魔法適正に恵まれた貴族の子息令嬢が通うものだけど、わたしは実家が片田舎の農民でしかないながらその魔法の才能を見込まれ、特例として奨学金をもらいながら学園に通ってた。


 でも、もともと貴族の学校なんだもん。何かと物入りで奨学金だけで足りるわけがなかった。だからわたしは学生の間、ここでバイトとして働かせてもらっていた。当然店長はわたしの事情を知りながら、魔法騎士になるというわたしの夢を応援してくれて、しばしば「出世払いな」と本当かどうかわからない冗談を言って格安でご飯を食べさせてくれたな。この時間帯は閑古鳥が鳴いてるのも懐かしい。




「アリエル、今なんかものすごく失礼なこと考えてなかったか? 」



「いやいや。むしろ今のは褒めてるんだよ? それに今日は連れがいるからこういう所の方がゆっくりできると思ったんだよ。この店なら、店主だったら2人の身分とか気にせずに普通に接してくれるでしょ」


 心を読んだことを言う店長にわたしは慌てて弁解する。そんなことをしてるとチェリーちゃんとベリーさんがわたしの後ろからひょっこり顔を出してさすがの店主も少しだけたじろぐ。少し寂しいけど、その反応はいくら店長でもある意味当然だったりする。


「ゆ、勇者様……勇者様がいるなら俺の店なんかじゃなくてもっといい店に行った方が」


 そう、この国で勇者である2人は王侯貴族――否、それ以上に神聖視されている。地方に遠征している時はともかく、王都にいる時は然るべき高級店しか使わないのが当たり前だし、逆に庶民の利用するような店でもてなすのは失礼だとさえ考えられる。だから、苦学生にも優しいことが売りの(別に売りにしてない)この喫茶店に勇者様である2人がいるというシチュエーションは、かなり不自然。それは当然と言えば当然。だって王国民全員は、王国最高の待遇をしてもなお、返せないくらいの恩と責任が勇者である2人の肩には載せられているのだから。


 でも、わたしはそれが寂しいなとも思った。いつも王都で勇者パーティーが接待を受けてるような高級店以外にも素敵なところはたくさんあるし、せっかくわたしが一緒にいられる休日の日なら、2人にはもっともっとそういう世界の広さを知って欲しいと思った。


 だから、昨日チェリーちゃんにお出かけを提案された後、わたしはこういう「わたしが貧乏学生だった頃に好きだった店や場所」を回ることを提案した。すると2人はすぐに賛成してくれた。



「そんなに卑下しないでください、店長さん。私達は大事な……人であるアリエルさんが好きだった味を食べたくて、ここを選んで来させて貰ってるんです。なので、もしご迷惑でなければ、私達に料理を作ってくれませんか」


「そうそう、あたし達は確かに勇者だけど、その前にアリエルちゃんと同じ女の子なんだよ? だからアリエルちゃんの大事な人にそんなに畏まられると困る、かな」


チェリーちゃんとベリーさんの言葉に普通の人だったら余計に恐縮しちゃってたかも。でも店長はそれ以上聞かず、


「そう言うことなら、『いつもの』を作ってやるよ」


と、わたしだけじゃなくて勇者2人にも、まるで親戚の女の子を見るような温かいまなざしで言ってくれた。




 それから数十分後。湯気を立てながら出てきたのはお皿たっぷりに盛られた、具材がごろごろと入ったナポリタン。


「まだアリエルが学生だった時、よくアリエルが食べてたんだ。その理由はうちで一番安いメニューだから、っていう少し悲しい理由だったけど……当然俺もアリエルの事情を知ってだからな。こっそり本当のレシピよりもかなり多めに野菜と肉を入れて出してやってたな。そんなことも知らずにアリエルは『このお店のナポリタンは完全栄養食なんだよ! 』ってそれはそれは美味しそうに食べてくれてたよな」


 遠い日々を見つめるかのように目を細めて店長は言う。対照的にわたしの顔は恥ずかしさで真っ赤になる。


「あー、その話はいいから! わたしががめついみたいでちょっと恥ずかしい……」


 そう言って遮ろうとした瞬間、チェリーちゃんの目がギラっと光る。


「店長さん、ほかにもそういうアリエルちゃんの可愛いエピソード何かないんですか? 」


「そうだなぁ、チェリーにはこの店で働くときはメイド服を着せてたな」


目を輝かせて尋ねるチェリーちゃんに店長もノリノリになって答える。


「最初はめちゃくちゃ着るの渋ってたよな。あんなに似合ってて、客には好評だったのに」


「似合ってないし好評でもないですよ。ああいうのはもっと可愛い系の女の子が着てこそなんですよ。チェリーちゃんとか」


「そ、そんなことないと思う。アリエルさんにはその……似合うと思うし、私もメイド服姿のアリエルさんを見てみたいかな」


「ベリーさん、フォローありがとう……ってベリーさん⁉︎ ここでその手のフォローはいらないよ? 」


「ほら、ベリーも見たいって言ってるし、あたしもメイド服姿のアリエルちゃん見たいなぁ」


「いや着ないよ? 」


「久しぶりに奥からメイド服出してくるか」


「いやだから着ないよ? 」


それから2人を説得するのに30分ほどかかりました……。




「でも惜しいことをしたなぁ。数年前にこの店に来てたらメイドアリエルちゃんにお給仕してもらいながらご飯が食べられたのかぁ」


 よっぽど私の恥ずかしい姿が見たかったのか、憂いの色が刺した表情でナポリタンを口に運ぶベリーさん。ベリーさんはクールな黒髪美人さんだからこれはこれで凄く画になるんだけど、友達としてはやっぱりベリーさんには笑顔で食事してほしいっていうのが本音で。


 ――どうしたらみんなで楽しくご飯が食べられるんだろ。今はここの店員でもないわたしがメイド服を着るのは絶対にイヤだけど。……あ!


 あることを思いついたわたしは一口分のナポリタンをフォークで巻き取り、ベリーさんの方へ差し出す。


「その、今はもうメイドになって給仕してあげることはできないけど、代わりに。逆に友達じゃなかったらこんなこと、お客さんに頼まれたってしないんだからね! 」


 少し恥ずかしくってらしくもなくツンデレさんみたいな言い方になっちゃう。そんなわたしにベリーさんは暫く目を丸くしていたけれど、次の瞬間、明らかに表情が明るくなる。そして脇の髪を手で抑えつつわたしの方に艶のある唇を近づけ、わたしが差し出した「一口」を受け入れてくれる。

 恋人同士とか女友達同士ではフツーにやることのはずとは分かっているはずなのに相手が美形のベリーさんだとなんか身体が熱くなっちゃう。


 メニュー自体は同じはずなのにベリーちゃんは深く味わうかのようにゆっくりと咀嚼して暫く無言の時間が流れる。


「……その、友達が頑張ったので、なんか感想とかありますかね? 」


「うん、すっごく嬉し、じゃない、美味しいよ」


 そう言って微笑するベリーさん。ベリーさんのキャラ的にこういうの嫌がるかな、とちょっとだけ不安だったからほっとした。


 と、その時。


「もう! 2人だけの世界に入らないでよ。あたしもあたしも! 」


 チェリーちゃんの言葉でわたしはベリーさんしか見えていなかった状態から現実に引き戻される。チェリーちゃんの方を見ると、チェリーちゃんもチェリーちゃんの方でぷるんとした唇をわたしの方に向かって突き出していた。


「ええっと、チェリーちゃん? 」


「あたしにもあーん、ってしてほしいな。ダメ? 」


 チェリーちゃんにうるうるの目で嘆願されて、わたしは少しだけ躊躇する。あれ、恥ずかしいからあんまりやりたくないんだよな。フランス人形のように愛らしいチェリーちゃんにはまたベリーさんと違ったやりにくさがある。まぁチェリーちゃんの性格的に引いてくれないだろうな。

 そう思ってチェリーちゃんにもベリーさんにしてあげたのと同じことをすると、チェリーちゃんは満面の笑みを浮かべる。


「おいしい! やっぱアリエルちゃんに食べさせて貰うと何倍も美味しく感じるね! 」


 そこで何故かちらっとベリーさんの方を一瞥するチェリーちゃんに、ベリーさんは何故か急に焦りだす。


「な……! わ、私だってアリエルさんに食べさせて貰った時の方が自分で食べてる時よりもものすごく美味しく感じたよ」


 なにを張り合ってるんだこの2人は。まあ、こういうのも幼い頃からずっと一緒にいたから故、なのかな。そう思うとつい吹き出しちゃう。つられてか2人も口元に手をあてて小さく笑いだす。


「それにしても前言撤回かも。数年前じゃなくて今、アリエルちゃんと友達としてこの店に来れてよかった」


「アリエルさんと友達としてじゃなかったら、同じメニューでもこんなに幸せな気分になれてなかっただろうからね」


 しみじみとした調子で言う2人。


「さ、残りも食べちゃお。だいぶ冷めちゃってるし」


 わたしの言葉にチェリーちゃんとベリーさんも再び自分のフォークを取った。

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