5.真相:復讐前日

 □■□


 ロクトス王国のギルドから飛び出した俺は遠出の準備をすると、もうすぐにでもクロナさん達のいるエウス王国へと発っていた。


 今は素早く動ける地竜の背中に乗り、既にエウス王国内の平原をひたすらに進んでいる(ワープでの移動も考えたが、かなり魔力を使う代物だ。戦いに備えて魔力は温存しておきたい)。


 情報収集も既に済ませており、現在コカリマが逃げている地帯も把握していた。恐らくこれから、その近くにあった洞窟にでも潜伏するつもりなのだろう。

 

 ――今こそ復讐を遂げてやる。絶対に許さない。


 未だに収まらない心の熱は、まるでそのまま燃料となって下の地竜を加速させているかのようだった。


 あいつらみんな悪い奴らだったんだ。リーダーのクロナさんは勿論、コカリマの全員を俺がこの手で裁いてやるんだ。


 そうだ、それでいいロイ。一秒でも早く奴らに制裁を加えろ、進め、一年前の恨みを晴らせ。それだけを考えろ。


 冷酷に俺を虐げたクロナさんは、絶対の悪なのだから――

 

『クロナさん! 俺、今日も頑張りました! 相変わらずゾンドさんに遅いって怒られましたが、俺は確かに昨日よりも速くなったんです!』

『……ふん、頑張るのは当然のことだ。結果もまだまだ追いついてはいない。……だが、よくやったな。これからも努力は続けろ。そうしたら、必ず報われる日が来るから』

『はい! 俺、必ず憧れのクロナさんみたいに強くなりますから!』

『……っ。……ああ、そうだな。頑張れ、ロイ』


「…………」


 ――本当に? 本当に、クロナさんは悪なのか?


 俺の心情の変化を機敏に読み取ったのだろう。あれだけ速く走っていた下の地竜は急に足を止め、不思議そうに俺を見ていた。


「……グア?」

「……目的地変更だ。先に行きたい場所が出来た」


 俺は地竜にそう告げ、彼を今までとは正反対の方向へ走らせ始めた。


 □■□


 着いた先は、辺境にある小さな農村だった。


 ヒノリ村。

 ここが確か、クロナさんの故郷なのだ。


 俺がコカリマにいた頃も、彼女はたまに里帰りをしていた。その時に何度か彼女の口からここの村の名を聞いていたし、間違いないだろう。


「……」


 正直、なぜここに来たのかは自分自身でもよく分かっていない。もうさっさと彼女達の討伐に向かった方が絶対に良いとは思っている。


 それでも俺は、ここでもう少しクロナさんに関する情報が得られればと思ってしまったのだ。


 村の前に地竜を止めると、数軒しかないうちの一軒の家から老婆が出てきた。


「……おや、こんなへんぴな村にお客さんとは珍しいですね。冒険者のようですが……どのような御用で?」

「ああ、丁度いいおばあさん。少し聞きたいことがあって来たんだ」

「聞きたいこと、ですか? 失礼ですが、お名前は?」

「すまない、名乗るのが先だったな。俺の名前は……ロイだ」


 俺の名を口にしたとき、俺は驚いた。

 今まで不思議そうに俺を見ていた老婆の表情が、愕然としたものへと豹変したからだ。


「……ロイ? あなたが、ロイさん? ああ……じゃああなたが、クロナの言っていた……!」


 そして、思わずといった感じで漏らしたその言葉を、俺は聞き逃さなかった。


「クロナ? おいあんた、クロナさんとはどういう関係なんだ!? 彼女は、俺のことをどう言っていたんだ!?」

「……っ、いえ……なんでもありません。私はただ、クロナの祖母というだけです。クロナからは、ただロイという名前だけ聞いたことがある……それだけなのです」

「嘘をつくな! あんたのその反応、他に何かあるのだろう!? 教えてくれ! 俺はこれから、指名手配されたあんたの孫を捕まえなくてはならないんだ!」


 クロナの祖母だという老婆に俺はそう必死に詰め寄ると、彼女はまた驚愕する。


「し、指名手配!? そんな……! ではもうあなたは、クロナがやって来たことを全て知って……!」

「はっ……なんだあんた、指名手配されていることまでは知らなかったみたいだが、彼女の罪自体は知っているようだな。丁度いい、そっちの事情も教えろよ。クロナさんから何を口留めされているのかは知らないが、どの道俺が彼女を捕まえてしまえば全部お終いだ! ……その前に、俺はクロナさんが何を考えていたのかを知りたいんだ。頼む……!」


 強気の尋問のつもりだったが、もう最後のほうは懇願になってしまっていた。


 違法薬物の密売の罪は凄まじく重い。知った上で数年単位でやっていたのならば、恐らく死刑が妥当だ。

 恐らくこのまま彼女達と再会したところで、まともな話し合いが出来るとは思えない。俺はただ怒りに任せて一方的にクロナさん達を半殺しにし、そのまま彼女達を死刑台に送ることになる。それでは、俺はクロナさんから一生何も問いただせない。


 俺は何を、ここまで必死になっているのだろう。さっさと死刑台に送ればいいものを、俺はなぜこんなにもクロナさんを――


 そんな俺を見てしばらく黙っていた老婆だったが、やがて諦めたかのように肩を落としていた。


「……そうですね。私は、あの子も救いたい。クロナからは、もしロイという人物と出会っても何も言うなと言われておりましたが……指名手配までされては、ここまでのようですね」


 そう言うと老婆は、やっと俺の目を真っ直ぐに見て全てを話してくれた。


「まずは、弁解を。クロナは自ら望んで違法薬物の密売に関与しているのではありません。彼女はコカリマの真のリーダー、ゾンドという卑劣な男に妹を人質に取られています。そのせいで止むをえなく表向きのリーダーをやらされ、彼らの仕事を手伝わされているのです。勿論それを口外することすらも、妹の命を危険に晒すために出来なかったのです」


「――」


 この時点で、まず俺の思考はしばらく停止していた。


 妹を、人質に? クロナさんは、コカリマの仕事を無理矢理やらされていた?

 俺がいた時も、そして今も……ずっと?


 更に老婆は、続けて俺に真相を突き付けてくる。


「そしてロイさん、クロナは里帰りする度にあなたのことをとても良く褒めておりました。『ロイはいつも凄くよく頑張っている。とても偉い子だ。私は、そんな彼が大好きなんだ』、と」

「……は。そんなの……それは、嘘だ。だってクロナさんは、あの時冷たい目で、俺を無能だと罵って……俺をパーティから、追放して……」

「ええ、そしてクロナはこうとも言ってました。『だからこそ、私はもう彼に犯罪の片棒を担がせたくはない。私は、彼に無能を演じさせる。そして私は、彼にとって酷い悪を演じる。そうやってコカリマの目を欺き、必ず彼をあの恐ろしいパーティから解放させるんだ』、と」

「…………」


 何を、言っている? この老婆は、一体……何を。


 思わず後ずさってしまった拍子に、俺はローブの中から一冊の本を落としてしまった。


「……!!」


 それはパーティを追放される際に、クロナさんに押し付けられた本だ。俺の人生を大きく変えてくれた、超貴重な魔導書だ。

 もうその内容はすっかり覚えたと言うのに、何故か肌身離さず持ち歩いていた。


 老婆もその本を見て、少しだけ優しく目を細めていた。


「……おや、その本は」

「こ、これは……クロナさんにゴミだと投げつけられた本だ。しかし、本当はとても貴重な魔導書で……俺はこの本のおかげで、クロナさんの『天眼』ですら気が付けなかった、魔導士としての才能に気が付けて……」

「ええ、貴重な魔導書ですね。――クロナが、あなたにプレゼントするために大金をはたいてようやく手に入れたものです」

「…………は?」


 老婆はゆっくりと屈んでその本を拾い上げ、感慨深そうに見つめてから俺に渡してくる。俺もただ茫然としたまま、ゆっくりとその本を両手で受け取る。


「『ようやくこの本を手に入れた。私には読めないが、彼ならば必ずこの本を読める。必ずこの本と共に幸せになれるはずだ』……あんなに嬉しそうな顔をしていたクロナを見るのは、本当に久しぶりでした」


 その時の彼女は、本当に嬉しそうにこの魔導書を大事に抱きかかえ、こう言っていたそうだ。


『私の「天眼」はどうしようもなく優秀だ。彼の中に隠された、凄まじい魔法の才能まで見破ってしまった。でも、それをコカリマの連中に気が付かれてはいけない。彼も私のように、弱みを握られて無理矢理従わされてしまう。だから私は彼に、才能の無い剣を振らせよう。彼には何の才能もない無能だと思わせよう。彼が自身の本当の才能に気が付くのは……私達から解放された直後でいいんだ』


 そして言葉の最後には、微かな涙まで滲ませて――


『私のことはいいんだ。憎まれてもいい、忘れられてもいい。君に、私は元気をもらった。辛い現実を生きていく勇気をもらった。だから本当にありがとう、ロイ。この本で、これからは凄い魔導士になってくれ。そしてどうか、私の分まで幸せに――』


 ぽたぽたと、俺の瞳から落ちた雫が本に当たる。


 涙など、いつぶりに流したのだろう? そうだ、一年前に追放されたあの日以来だ。

 でも、あの時の涙とは全然温かさが違う。


 熱く暗く燃えていたのに、どうしようもなく冷え切っていた心を優しく溶かしていく。


「……ロイ、さん……」

「……そう、か……そう、だったんですね……クロナさん。あなたは……ずっと、俺を……守って……っ!」


 老婆に心配されても、俺は涙をしばらくとめることは出来なかった。

 でも、ずっと泣いているわけにはいかない。


 ――ようやく、本当の敵を見定められた。そして、救うべきものを見定められた。


 もう、俺の心の暗い炎は消えていた。代わりに、眩いばかりの光が灯っている。


 ローブの袖で乱暴に涙を拭う。その顔には、もう一切の曇りはない。


「……教えてくれてありがとうございます、おばあさん。妹の方のお孫さんの命を危険に晒す可能性があったというのに……」

「いいのです。クロナも、妹のアイナも、どっちも私には大事な存在です。……こんなことを頼むのは差し出がましいのですが、どうか二人共を助けてはくださらないでしょうか?」

「……ええ、勿論です。――助けますよ、必ず!」

「……良かった」


 俺がそう断言すると、老婆もまた涙ぐみながら顔を伏せるのだった。


「「「話は全部聞かせてもらいましたよ、ロイ様!!!!」」」


 すると突然、複数の声が聞こえてくる。


「……!?」

 

 周囲を見渡すと……いつの間にいたのか。ロクトス王国のギルドでいつも依頼を手伝っている冒険者達がずらりと勢ぞろいしているではないか。


「俺達も戦うぜ、ロイ様ー!!」

「ロイさんの様子が何やらおかしかったので、付いて来てしまいました! うう~許せませんね、コカリマの連中!」

「我々の方も独自で調査したがロイ殿……コカリマは主犯格のゾンド、リーシャ、デスモ以外にも別メンバーが複数の別拠点に散在しているようだ! クロナ殿の妹君も、そのうちのどれかに幽閉されているのだろう!」

「くっ……恋のライバルが増えそうな予感ですが、正義の為には仕方がありません! ロイ様、我々がその別拠点に一斉攻撃を仕掛けます! その間に、ロイ様はクロナさんって人を助けちゃってください!」

「お前達……いいのか?」

「当たり前です! あたし達だって、いつもお世話になっているロイ様に何かお返しがしたかったんですから!!」


 一斉に頼もしい笑顔を向けた冒険者達を見て、俺はまた目頭が熱くなってしまい、思わず顔を伏せてしまった。


「……ありがとう、お前達。俺は――幸せ者だな」


 それでもすぐに顔をあげ、俺もまた不敵な笑みで彼らに号令を出すのだった。 


「……よし、じゃあ行こうか! 倒そう、助けよう、みんなで!!」

「「「おおー!!!!」」」


 ――見ていろ、ゾンド、リーシャ、デスモ。お前達コカリマを必ず捕まえる。そして、クロナさんを必ず助け出す!

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