4.真相:復讐直前
□■□
「くそ、くそ……おい急げよクロナ! その荷車、絶対に手放すなよ!」
焦った様子で先に洞窟を走っていくゾンドは振り向いて、一番後ろの方で少し遅れて走っている私に、苛立った様子でそう叫んだ。
「……っ、はぁ……っ」
その一方で、ずっと荷車を引きながら走ってきた私には、極度の疲れでそれに答えてやる気力すらもない。
一年ほど前にロイをパーティから追放してからは、彼の代わりに私がずっと荷物運びをやっていた。体力に自信はあるし、今までも彼のように荷物運びが遅かったということは無かった。それでも、今置かれている状況だけは別だ。
つい先日、荷物の搬送先の検問で迂闊にもその荷車の中身がばれてしまった。
中には違法薬物の原料となる「コルカ」という植物が大量に入っている。茎の部分をそのまま食べても、この上ない快楽と同時に強い幻覚作用も引き起こす恐ろしい毒草だ。どこの国でも、その所持や栽培すらも法律で硬く禁じられている。
しかし、これを裏ルートで密輸することによって法外な値段で売ることが出来るのだ。
この密輸における秘密裏の搬送こそが、私達のパーティ「コカリマ」の真の活動だった。
今まではそれを上手く隠し通してきたのだが、いよいよ年貢の納め時だったのだろう。
違法薬物の搬送がばれた私達はすぐに指名手配を出され、数日経った今でもこうして兵士や冒険者から狙われる立場となってしまっていた。
「ちょ……ちょっとゾンド! あたしも少し休憩したい。これ以上走るのは、無理よ……!」
「ヒ、ヒィ……!」
私とゾンドの間を走っていたシスターのリーシャと斧使いのデスモも悲鳴を漏らしたのを聞き、ようやくゾンドは足を止めた。
「ちっ……!」
三人が息を切らせながら休憩している中、一番持久力のある弓使いのゾンドは苛立った様子で洞窟の壁を殴っていた。
「畜生! どうして、どうしてこんなことになった!?」
「……あそこの検問、知らない間に強化されていたみたいね。本当に迂闊だったわ……」
リーシャがぜえぜえと言いながらも、そう答える。
「……ヒ。せめて、一年前に解雇した役立たず、ロイがいればなァ……」
デスモも、珍しく苛立たしそうにそう漏らした。
「……ああ、そうだ。せめて今ロイがいればよぉ――俺達はあいつに罪を全部擦り付けて、身代わりにして逃げられたのにな」
「……」
私は膝に手をついたまま、そう答えたゾンドを思わず睨みつけていた。気が付かれなかったことが幸いだ。
そうだ、こいつらはそういう連中だ。きっと今この場にロイがいれば、本当に彼らは何のためらいも無くロイを身代わりにしたことだろう。
――そんなことをさせないために私は、一年前に芝居をうってまで、何も知らない彼をこのパーティから追放させたのだ。
「……もう、いい。皆、ここまでだ。これ以上逃げても意味がない。自首しよう。違法薬物の搬送だなんて、やはりするべきではなかったのだ……」
私がそう言うと、三人は一転して鬼のような形相を私に向けていた。
「……はあ!? クロナあんた、自分が何言っているのか分かってんの!? 今更何を弱音吐いてんのよ、このクソアマ!!」
「ヒヒ……許されない。お前のその逃げ腰、絶対に許されない」
膝をついていた私の上半身が持ち上げられ、壁に叩きつけられる。一際恐ろしい形相をしたゾンドが、私の胸倉を掴んでいた。
「……おいクロナ。てめぇ、自分の立場分かってる? 形だけのリーダーなんだよお前は! 一番実力があるから表向きはそうしているだけ! 実際のお前は――幼い妹を人質に取られて俺達の言いなりになっているだけの操り人形なんだよ! そうだよなぁ!?」
「……」
否定は、出来なかった。
情けないな、と自分でも思う。心の中で、変な笑いが出る。
……なあ、ロイ。君は私を、「凛々しくて憧れる素敵なリーダー」だとよく褒めてくれていたが、実際の私は全然違うんだ。
今日もこうして、ゾンド達に妹を人質に取られてびくびくと怯えているだけの、本当に情けない形だけのリーダーだったんだよ。
「ひょっとしてお前、俺達のことを裏切っていねえだろうなぁ!? 例えばあのロイだ! お前はあいつを『天眼』で何の才能も見抜けない役立たずだと追放していたが……本当にあいつには、何の才能も無かったんだろうなぁ!? それが嘘だったんなら、俺はあいつをこのパーティに連れ戻してやるからな!」
「……っ。本、当だ。嘘なんかついてはいない。本当に、彼には何の才能も無かった! 本当なんだ……!」
必死にそう言いきった私を、ゾンドは胸倉を掴んだまま床に叩きつける。そのまま、私の腹部を踏み抜いていた。
「……ッ、がは……ッ!」
「うるせえ、このクソ女!! ……ああもういいや、だったらお前だな! お前をここで半殺しにして追手に捕まえさせる! ロイの代わりにお前に罪を全部擦り付けて、俺達だけ逃げるわ! おいリーシャ、デスモ手伝え! こいつ逃げられないくらいにぼこぼこにして、ここに捨て置くぞ!!」
「……! あはっ、何それいいわねぇ!」
「ヒ、ヒヒ……!」
私はその場で、三人から執拗に殴る蹴るの暴力を受ける。妹を人質に取られている私には、当然それに抗うことなど出来なかった。
……そう言えば一年前、ロイにもこんな感じで暴行を加えてパーティを追放させたんだっけ。
だったらこれは、私の背負うべき罰だ。
痛かったね、苦しかったね。ごめんね……ロイ。
「おらっ、おらっ! ぎゃはは、どうしたクソ女! もう痛がる素振りすら見せられない程に弱り切っているのか!?」
「ヒヒ、つまらん、ヒヒヒヒ……!」
「……ねえ。あんたさ、わりと可愛い顔しているわよね。あたし、あんたのその顔結構気に食わなかったの。……きーめた。あんたのその顔面を、あたしの光魔法で焼き焦がす。二度と人前に見せられないくらいに、ぐちゃぐちゃの醜い顔にしてあげるから……!」
もうぴくりとも動けなくなっている私の眼前に、リーシャが人差し指を突き付けて光を集め始める。私はただ、成すすべなくその光を見つめて――
「……ヒ? おい。あれ……」
一足先に何かに気が付いたデスモが、洞窟の来た道の先を指さす。
そこから、カツンカツンと誰かの足音が聞こえてくる。
「は……?」
「くそ、もう追手がここまで来やがったのか。……いや待て。この足音……たったの一人か?」
三人は顔を見合わせると、逃げるどころか音の聞こえてくる暗闇に向けて身構えた。
やがてそこから現れたのは、本当に一人――立派なローブを羽織った魔導士だった。
三人は彼の顔を見て一瞬目を見張った後、すぐに大爆笑を始める。
「ハハハハハッ! おい嘘だろ!? 誰かと思えばお前――無能の役立たずのロイ君じゃないか!」
「ヒヒヒ、これは傑作! 以前パーティを追い出された雑魚が、まさか俺達を捕まえようと!? 傑作、ヒヒヒヒヒッ!」
私は動かすのも億劫になっていた首を上げて、その乱入者の顔を見てただ驚いていた。
……間違いない。顔を伏せていていまいち感情の読めない彼は、確かにロイだ。
でも、なんで。なぜ戻って来たんだロイ? 折角私が、もう二度と私達に関わることの無いように隣国にまで飛ばさせたというのに。
「……はぁ、おもしろ! 何よロイ、その立派なローブ! 荷物持ちすら出来なかったゴミが、魔導士の真似事!? いいわよ、だったらあたしが本物の魔法というものを見せてあげる! 『ライトニングアロー』!」
真っ先に仕掛けていたのは、光魔法を使いこなせるリーシャだった。
掲げた手のひらの先に光で矢を生成し、ロイに向けて飛ばす。
一方でロイも、返しの魔法を放っていた。
「『ヘルファイア』!」
掲げた彼の手のひらからは獄炎が迸り、あっという間にリーシャの光の矢を呑み込んでしまった。
「……は?」
そしてそのまま炎は、先にいた術者であるリーシャまで包み込んでしまう。
「……ぎ、ぎゃああああああああッ! 熱い、熱い熱い熱い! 顔が、あたしの顔があああああッ!!」
燃え盛るリーシャはしばらく地面を転げ回った後に、ぴくりとも動かなくなってしまった。
「……ヒッ。グ、グオオオオオオッ!」
すぐ近くでそれを目の当たりにしてあからさまに怯えたデスモだったが、「やらねばやられる」と思ったのだろう。斧を構えると、ロイに向けて突撃していく。しかし、距離関係の相性が悪すぎる。
「『アイシクルブリザード』!」
「……カ」
かざした彼の手から発された冷気は、デスモに攻撃させる前に彼を完全に氷に閉じ込めてしまった。
「ひっ!? う、嘘だろ!? あのロイが、リーシャとデスモをこうも容易く!? ……やめろ、来るなあああっ!」
最後に残ったゾンドは、あろうことかぼろぼろになって動けない私を持ち上げて盾にしてきた。本当に、どこまでも卑怯な男だ。
きっと今ロイの心は、憎しみの炎で燃え盛っているのだろう。私を殺したくて仕方のないはずだ。そして今弱り切っている私では、間違いなく殺されてしまう。
でもいいか、とも私は思ってしまう。
本当に、凄く強くなったんだね、ロイ。ここまで強くなるなど、やはり私の「天眼」もあてにはならないようだ。
そこまでの強さは、他でもない君の努力の成果なんだ。
いつも冷たい態度を取っていたけれど、いつしか私は頑張り屋な君を好きになっていた。めげずに「頑張りました」と報告する君の笑顔が眩しかった。
だから復讐でもいい。なんだかんだ私は、最後に君と再会出来て嬉しかったよ。
さあ。君の魔法で、この馬鹿な私も裁いて――
「『ライジングサンダー』!」
彼の指先から迸った雷は縦横無尽な起動を描き……私を避けて、後ろにいるゾンドだけに命中していた。
「ぎゃああああああああああッ!?」
「……え?」
無事だった私は、何が起こったか分からず呆然とした声を漏らす。
「――クロナさんから離れろ、このクソ野郎が!!」
暗闇の洞窟の中で、そんなロイの言葉が響き渡った。
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