3.復讐

 □■□


 今日もまた、俺は他の冒険者達から引っ張りだこになっていた。


「ロイさんロイさん、今日は我々のパーティにご同行頂けないでしょうか!? 私達、あの巷を騒がせている恐ろしい魔物『リヴァイアサン』の討伐に行くのです!」


 元気そうな弓使いのエルフ女性冒険者に、そう詰め寄られる。


「なにおう!? 今日ロイ殿には我々と共に『ギガスマキナ』を討伐して頂くのだ。私のような屈強な前衛がいれば、ロイ殿も安心して後ろで戦えるというもの。他の者は引っ込んどれ!!」


 厳つい大剣使いの大柄な獣人女性にも、詰め寄られる。


「はあ!? そんな最高位の魔物達でも、ロイ様ならあんた達の協力無くともお一人で簡単に倒せるわよ! それよりもロイ様は今日、あたしとデー……あたし達のパーティと一緒に来るんだから! ……ね、いいでしょロイ様♡ あたしにまた、二人でゆっくり魔法をいっぱい教えてください♡」


 そしてまた、ちょっと腹黒そうな魔道士の女性にもそう詰め寄られる。


「「ヒューーロイ様は今日もモテモテでかっこいいなぁーー! 俺達男の憧れだぜェーー!!」」


 ついでに、なんか後ろの方から男性冒険者達の熱いコールも浴びせられる。


「……はあ、喧嘩はよしてくれ。俺の身体は一つしかないんだ」


 いつものことながら、俺は疲れたように溜息を付いてしまう。とりあえず、つい最近分身体を作り出せる魔法も習得したんだけどね、とは言わない方が吉のような気がしたので止めておいた。


 もう毎日こんな感じだ。SS級になって偉くなればちょっとは落ち着けるかと思ったのだが、全然そんなことはなかった。

 俺レベルの強さを持つ冒険者は本当に凄く尊敬されるらしく、ちょっとでも俺が依頼を受けるためにギルドに顔を出そうものならこうしてワーワーキャーキャーと詰め寄られてしまい気苦労が絶えない。

 ……嬉しい悲鳴であるということは、否定出来ないが。


「もう! いっそどこかのパーティに入ってはどうですかロイ様? なんでいつまでもソロで冒険者活動を? ……あたしのパーティとか、全然空いてますから!」

「……」


 その女性の冒険者からしたら、特に悪意の無い言葉だったのだろう。それでも俺の心の奥底にある小さな傷が痛み、何とか笑みを繕いながらも顔を逸らしてしまった。


「……すまない。今の俺はパーティには固執せずに、みんなの助けになりたいと思っているんだ」


 俺は、一年経った今でもクロナさん達から向けられた冷たい視線を忘れることなど出来ていなかった。SS級にまでなったのに、俺はパーティに入ることが怖くなってしまっているのだ。


「そ、そうですか……残念です。しかし、それもまた立派なお考えかと! 流石ロイ様です! ……で、ですがパーティに入りたいとお考えになったら、いつでもあたしにご相談くださいね!」

「いいや、ロイ殿には私のパーティに!」

「えー! ロイさんは私のパーティですー!」

「「「むきーーーー!!!!」」」

「は、はは……」


 いがみ合う女性達に苦笑を漏らしつつ、また俺は顔に少し陰りを落としてしまった。

 ……このトラウマも、そのうち克服しなくてはならないな。


 その時、クエスト掲示板の方で他の冒険者達のどよめきが起こった。


「おい、この新しい依頼……指名手配犯達の捕獲か。珍しい依頼だな」

「ああ、何でも数年前からずっと違法薬物密売に関与していた疑いがあるんだとよ。……って、嘘だろ。こいつら確か、隣国エウス王国で物資搬送依頼を専門としてやっているS級ばかりの凄腕パーティじゃないか。はぁやだやだ、ずっと何を運んでいたのやら。強い奴ほど何考えてるか分かったもんじゃないな」

「ああ、俺もこのパーティ知ってるぞ。確かこいつら――『コカリマ』だ」


「……!!」


 その名を聞いた途端、俺の身体には雷にでも撃たれたかのような衝撃が走った。


 ……「コカリマ」だと? 忘れるはずもない、それは俺がかつて追放されたパーティ――クロナさん達のパーティじゃないか!?


 俺もすぐに掲示板を見ると、確かに張り出されている指名手配犯達の似顔絵には見覚えがあった。

 弓使いのゾンドさん、シスターのリーシャさん、斧使いのデスモさん。


 そして、リーダーのクロナさん。


「…………」


 彼女達が指名手配されているという事実と、冒険者達の話、そして俺自身の困惑がぐるぐると頭の中で混ざり、思考が上手く定まらない。


 違法薬物密売への関与の疑い? つまり、あのパーティはそれを搬送していた可能性があるということなのか? その事実が明るみに出て、彼女達は今指名手配されている? 


 その話が本当ならば、数年前からずっとやっているということは……俺があのパーティにいた頃にも? 


 じゃあ、俺があの頃必死になって引いていたあの荷車の中身は? そうだ、俺は確かに一度もその中身について聞いたことがなかった。教えてくれなかったんだ!


「なん、だ……なんだよ、それ。あんた達、本当にそんなことをしていたのか……!?」


 そうして混乱しきっていた頭で、俺はやがて一つの行動指針を出していた。


 かつてあのパーティに関わった者として、俺は真実を知りたい。二度と会うことはないと思っていたクロナさん達に再会をして、容疑の真偽を聞きたい。


 ……でも。会って、やはり彼女達の罪は本当のものである聞いてしまってから、それからはどうするだろうか?


「……ふ、ふふ。……はははは……っ!」


 俺は自分の口から、自分でもぞっとするくらいの低い笑いが漏れたのを聞いた。


 状況を受け入れ、混乱も落ち着いてくると、俺の感情はまた違ったものへと変化を見せている。

 ずっと心の奥底にあった小さな傷は、今や激しく燃える暗い熱になっているのだ。


 これは、かつて彼女達に追放されたことに対する怒りと憎しみの炎だ。ずっと抑え込んでいたそれが、今この時になって勢いよく燃え上がり始めてしまっている。


 多分、俺が彼女達に再会した時に向こうは容赦なく反撃してくるだろう。だが奴らは所詮S級。四人掛りだろうが、SS級の俺は容易く彼女達を捻り倒せてしまう。その後、力づくにでも彼女達の罪を自白させる。


 その後、ぼろぼろのクロナさんはどうするだろう? 「許してくれ、あの時パーティを追放してごめんなさい」と俺に頭を下げるのだろうか? 


 ……ああ、だめだ。そんなことで、今の俺の心に燻るこの大きな炎が収まるとは思えない。


 ならばそれでもいい、と暗く笑った俺は思う。何せこちらには「罪を犯した指名手配犯を粛清する」という大義名分さえあるのだ。


 復讐してやる。痛めつけ尽くしてやる、かつての俺と同じ気持ちを味合わせてやる。泣いて謝っても、死んだ方がましとすら思えるほどの苦痛を与えてやるのだ。


 これで、進めるだろうか? 俺はようやく、自分のトラウマから解放されるだろうか?


「……あの、ロイ様……?」

「……すまない、これから数日皆の依頼の手伝いは無しだ。やらなければならないことが出来てしまった」


 そう言った俺は、果たしてどんな顔をしていたのだろうか。周囲の冒険者達は俺を見て、少し怖がっていた。

 そんな様子を気にする余裕も俺にはなく、すぐにギルドを後にした。


 □■□


 数日後。俺は、指名手配されて逃げていた「コカリマ」の潜伏先であった洞窟にいた。


 もう、勝負はついていた。

 

 リーシャは焼け焦げて倒れ、デスモも氷漬けになって動けなくなり、ゾンドもぴくぴくと痙攣したまま気絶している。


 そしてクロナさんは血まみれのぼろぼろになって、俺を見上げたまま呆然と地面にへたり込んでいる。


「……どう、して……?」


 そう問いかけてくる彼女に、俺は目の前まで来てやると笑いかけてやった。


 ――この日。俺は彼女のパーティを壊滅させた。

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