【KAC20232ぬいぐるみ】人形師たちの遺した夢

羽鳥(眞城白歌)

蜃気楼の街、夢のはざま、まだ旅の途中。


 彼女の両親は、人形師だったと思う。

 今のお気に入りはオルゴール付きのテディベアらしい。子守唄なら僕だって歌えるのに、彼女はクマの奏でる透明な旋律が何よりも好きらしいんだよ。僕としてはちょっと、いや、かなり面白くない現実だよね。

 まぁさ、クマに搭載されているのはただのオルゴールで、口うるさいAIなんかじゃないので、許してもいい。

 でも、さっきから僕の尻尾で爪研ぎしてやがる黒猫。キミは一体どういうつもりかな?


「狼のシッポは裏側がモフモフしてぐあいがイイのにゃ」

「そもそもキミ、猫じゃなくてだよね? 爪、伸びないよね? つーかソレ合金製だよね?」

「にゃにゆーみゃ。ツメトギはネコのたしなみにゃ!」


 僕は今、青い巨大な天狼の姿カタチになっている。

 猫が爪研ぎしたくなるような長い尾と、日除けにも砂避けにも使える大きな翼が自慢だけど、方向音痴だし飛ぶのは下手だしと性能なかみ残念ポンコツだ。そもそも僕は元医師でうたが趣味のインドア派狼だからさ、身体能力は低いんだよ。

 それに比べ、得意げに胸を張るこの黒猫には、ぬいぐるみのくせに精密な人工知能AIが搭載されている。黒い布地が縫い合わされたふかふかの身体から突き出すのは、銀色に輝く機械の翼。飛ぶためではなく特別な用途のものらしいよ、僕はよく知らないけど。

 両眼にはエメラルドを加工した特殊レンズが使われていて、索敵とか精査分析とか、バッテリーに余裕があれば照明代わりに光らせることもできるらしいよ。なんて高性能なぬいぐるみだよ。

 なんの冗談なのか二本ある尻尾は、不思議なことに先端まで滑らかに動く。しかも、二本とも別々にだ。

 見た目も手触りも布製のぬいぐるみで、どう考えたって生き物のはずがないのに、感情豊かな動きとお喋りは、まるでうちいのちが宿ると錯覚させられるほどだ。それも、造り手が何を意図していたかを考えれば、おのずと納得できちゃうんだけどさ。


 失礼な猫の所業を見逃しているのには、理由わけがある。別に、尻尾で爪を研がれても痛くもかゆくもないし、爪が小さくってもはやブラッシングなので無視スルーしてるってのもあるけど。一番大事なのは、僕の懐で熟睡おやすみ中のお姫さまを起こしてしまわないことだ。

 黒いワンピースに包まれた細い身体と、壊れた心。

 ぱさぱさに傷んだ髪とうつろな瞳と表情のない顔は、機械ぐるみの黒猫より、得体の知れない天狼よりも、よほど人形じみている。

 けれど彼女は間違いなく人間で、生身で、もろはかない存在で。相容れない存在である狼と猫ぼくらだけど、彼女を守るためならば協力することもやぶさかではないのだった。

 そうそう、黒猫ぬいの造り手の話だったっけ。

 あれだけ精巧で緻密な機械のぬいぐるみを造れるのは、相当熟練した人形師でないと無理だ。だから、彼女の両親は、人形師だったと思うんだよ。

 彼らがどんな想いを込めて彼女の側に黒猫を遺したのかは、もう推し量るしかできないけれど。その想いが、願いが、もしや機械のぬいぐるみにいのちを宿らせたのでは――と、僕は時々考えてしまうんだ。




  ♪




 今よりいくらか昔に、世界は終わりを迎えたらしい。


 あるものは炎が降ったと言い、あるものは氷が侵蝕したと言う。

 地を揺るがす振動がすべてを砕いたのだとも、天をくほど高い波がすべてをぬぐい去ったのだとも、言い伝えられるはさまざまだけれど、真相を知るものはいない。

 神様の気紛きまぐれみたいな終わり方で、これまでった国家も機構も組織もすべて滅びうせたのだけれど、ほんのわずか……生き延びた人間はいて。

 彼女はその、数少ない生き残りだった。


 白い灰に覆われた世界、瓦礫とガラクタに埋もれたお屋敷で、彼女はひとり、いや黒猫とクマ、ぬいぐるみ二つと一緒にカプセルに納められ、まもられていた。

 僕が彼女を見つけたのは偶然だったけど、吟遊詩人うたうたいが好みそうな物語仕立てにするなら、運命が導いたというのだろうか。あるいは、ばれたと言うのもいいかもしれない。

 カプセルの周りには、黒猫と同じほど精巧に造られていたらしいぬいぐるみたちの残骸が散らばっていた。きっと皆、彼女を守るために戦い、力尽きていったんだろうね。あるいはかれらの想いも黒猫へ引き継がれ、いのちを宿す奇跡を起こしたのかもしれない――なんて。

 何でもかんでも感傷的センチメンタルな物語に膨らませてしまうのは、吟遊詩人うたうたいだった頃の職業病かな。


 神様にてられ、終わりを迎えたこの世界がいつまで続くのか。

 僕は知らないし、黒猫に搭載されている情報貯蔵庫ライブラリディスクの膨大な情報でも手掛かりは見つけられなかった。わかっているのは、彼女が生身で、人間で、生きていくには狼と猫ぼくらよりずっと多くのものが必要だってことだけだ。


「……ん」


 眠り姫のお目覚めに、僕と猫は同時に耳をピンと立てた。いやだなぁ、息ぴったり仲良しみたいで。


「おはよう。よく眠れた?」

「お水のむにゃ、めざめの一杯にゃ!」

「ん、……おなかすいた」


 噛み合っているのか、いないのか。どこか危ういと僕自身が思うくらいだから、きっとこの関係はいびつなものなのだろう。世界が終わる前にありふれていた愛情とか、友情とか、献身なんてものは、今の世界ではもう甘いケーキ並みに絶滅危惧種だからね。

 彼女にとっては僕も黒猫も違いはなく、自分をまもるぬいぐるみの騎士ナイトに過ぎないだろうし、それでもいいと思ってる。

 絶対に美味しくないだろう携行食をもぐもぐと咀嚼そしゃくする彼女に、尻尾を使って革袋から器へ水を注ぎ、差しだす黒猫。彼女至上主義の思考と言動は、はたして組み込まれたものなのか、芽生えたものなのか。興味は尽きないけれど、僕はその道の専門家じゃないので、考えても答えなんて見つからないだろう。

 お姫さまがぬいぐるみたちと戯れるなごやかな絵面を眺めながら、僕はぼんやりと次に向かうべき場所を思い巡らす。


 まだ人間が生き延びて暮らしていて、食べ物や水が手に入る場所なら、どこでもいい。

 僕は極度の方向音痴だから、一度訪れた場所を再訪するのは苦手なのだけど。優秀で高性能な黒猫なら、きっと位置情報を記憶しているに違いないよ。

 ガラクタの町にある古書店、幻獣湖のほとりに建つ病院廃墟、真昼の白昼夢にむ瓦礫の遊園地、さいはての地にのこされた画廊、それから――、


 地平のかなたに揺らめき立つ陽炎を眺めながら、僕は、行ったことのある場所と行けるかもしれない場所を数え挙げてみる。

 この先のことなんて何もわからないけど、とどまらずに飛び続けていればいつかは。

 どこかへ、辿り着けるかもしれないよね。

 


 



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【KAC20232ぬいぐるみ】人形師たちの遺した夢 羽鳥(眞城白歌) @Hatori

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