最後の転生


 目が覚めた。5回目の転生……これが最後の転生だ。

 今度は、どんなぬいぐるみに転生したんだろう。どんなぬいぐるみであろうと、どんなぬい生が待っていようと、これで最後なのだ。


 期待、不安、寂しさ。たくさんの感情と共に、俺は視線を動かして、辺りを確認する。天井が見える。仰向けに置かれているらしい。

「できたー!」

 歓声と共に俺を覗き込んだのは……


 ……あれ、シオリちゃんじゃないか?



「よかったー、ちゃんと直った! ユリおばちゃん、やっぱ天才!」

「修理というより、ほとんど最初から作りなおしたようなものだけどね。シオリちゃん、お菓子食べる?」

「食べる―」

 視界から、シオリちゃんの顔が消える。俺は天井を見上げたまま、考える。


 つまり、どういうことだ?


「でも、作り手冥利に尽きるわあ、こんなに大切にしてもらって。むーちゃんも喜んでると思うよ」

「思い出のぬいぐるみだからね。それに、むーちゃんを買ったとき、ユリおばちゃんが言ったんだよ? 大切にしてねって」

「そりゃあ、大切にしてほしいからね」

 二人の会話を聞きながら、俺は今までのぬい生を振り返る。なんだか、泣きそうになりながら。運命なんてものを、信じる気になりながら。


「おばちゃん、高校生のときに、ずーっと大切にしてたぬいぐるみを無くしてね。なんだか自分の一部を失ったみたいだった。それ以来、なくしたぬいぐるみとおんなじ、くまのぬいぐるみばかり作り続けてきたけど……」

 女性の手が、俺を抱き上げた。もう決して若いとはいえない女性の、骨ばった、優しい手。

「こうして作り続けてきたぬいぐるみが、こんなに大切にしてもらえて……それだけで、救われるような気持ちがするの」


 うん、俺もだよ。ずっと一緒にはいられなかったけど。でも、思いはこうして繋がっていく。それが分かって、大満足だ。





「あ、ちょっとシオリ。ご飯の前にお菓子なんて食べたら、ご飯が入らなくなるでしょ!」

 感慨に浸っていると、部屋の中に、三人目の声が割り込んできた。


「あ、お母さんおかえりー」

「ただいま。ユリコさん、シオリの面倒みてくれてありがとね。むーちゃんは直った?」

「ばっちり! ほら見てよ!」

 シオリちゃんが俺を持って、母親に見せつける。シオリちゃんのお母さんは、「あらあ」と満面の笑みでそれに応えた。


「綺麗に直ってる。さすがユリコさんね。シオリもちょっとは手伝ったの?」

「うーん、ちょっとはね。でも、まだまだ。もっと上手になって、どんなぬいぐるみも直せるようになるんだ。そしたら、うちのうさちゃんがぼろぼろになっても、直してあげられるし」

 なんと立派な心掛け。ぬいぐるみ界の救世主か、シオリちゃん。感動だ。


「シオリがぬいぐるみを大切にしてくれて、嬉しいな」

 シオリちゃんのお母さんが、小さな声で呟いた。そしてしんみりした自分を上書きするように、やけに明るい声で「そうそう!」と言った。ばさばさと、何冊もの本だか紙だかを取り出す音がする。


「資料、もらってきたよ。作り手のお婆さんは、何年か前に亡くなられていたんだけど、すごく丁寧な資料を遺してくれててね」

「へえ、どれどれ……うわあ、すごい。すごく綺麗なのね、クンチャ人形って」

「でしょ。厄除けの効果も、絶対あると思うの。前に話したよね? うちに置いてたクンチャ人形が、いつの間にか落ちて壊れてたって。あれは絶対、うちを守ってくれたのよ」

「聞いた聞いた。すぐには無理だけど、こんなに詳しい資料があるんだから、きっと復活させられるよ」

「そうだね。がんばろうね」



 二人の会話を聞きながら、俺は目を閉じた。(ぬいぐるみだから、実際に目を閉じたわけじゃないんだが、ぬいぐるみなりに視界情報を遮断した)


 ぬいぐるみとして、5回も転生する意味がさっぱり分からんと思っていたが……ま、これなら悪くないな。


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