むーちゃん


 もう、これで転生も4回目だ。今度は、どんなぬいぐるみだろう。

 目の前には、透明なビニール越しの風景がある。袋に包まれているようだ。まだ誰にも買われていないぬいぐるみ、といったところか。


 それにしても、ここはどこだ? おもちゃ屋ではない。しかし、見覚えのある光景だ。人間としての生がずいぶん遠くなってしまったから、思い出すのに時間がかかったが……ここは、学校だ。おそらく、小学校の教室。


 しかしまた、どうしてこんなところに。



「こんにちは」

 俺の前に立った女の子が、丁寧に挨拶をした。「こんにちは」と、俺の背後から女性の声がする。

「このくまちゃんは、おばちゃんが作ったの?」

「そうよ。気に入った?」

「うん、かわいい。おばちゃん、上手だね」


 ほうほう、俺はまたしてもくまのぬいぐるみなのか。なんだか、いつかを思い出すぜ。今回は、量産品ではなく手作りぬいぐるみ。サイズもひとまわり以上小さい。手のひらサイズだ。


 女の子は、しばらく俺を見つめていたが、やがて1枚の紙きれを差し出して「これ、くーださい」と言った。紙きれには、「こどもバザーひきかえけん」と書かれている。

「はあい、ありがとう。大切にしてね」

 女性の手から、女の子の手へ。小さな俺が受け渡される。女の子は頬を赤くして喜び、ビニール越しに俺に頬ずりをする。


「かわいーい。私もこんなかわいいぬいぐるみ、作りたいな」

「おばちゃんのとこで、習ってみる? ぬいぐるみ教室、毎週金曜日に公民館でやってるから、興味があったらおいで」

「ほんと? ぜったい行く!」

 それから少し会話をしたあとで、女の子は大事そうに俺を握りしめて、バザー会場を後にした。



 俺の4回目の転生先は、手作りくまちゃんの「むーちゃん」だ。口がムッとした形だからむーちゃんらしい。子供らしい安直さで、とても良い。


 俺の頭にはキーホルダー金具がついていて、女の子(シオリちゃん)は俺をランドセルにつけて登校した。

 雨の日も晴れの日も、俺はランドセルの横で揺れながら、シオリちゃんの登下校を見守ることになった。なんという行動範囲の広さ。置かれた場所から一歩も動けないのが、基本的なぬい生だ。だが、こういうパターンもあるのだ。ぬい生、奥が深い。


 雨に打たれ、砂埃で汚れ、端っこがほつれて、俺は日に日にぼろぼろになっていった。


 こりゃ、あんまり長い一生は期待できそうにない。でも、ぬいぐるみ生ってのはそういうもんだ。それでいいんだ。だって、大切にしてもらってるから。

 ぼろぼろになって捨てられても、俺を……むーちゃんを大切にした記憶は、シオリちゃんの中に残り続けるから。


 シオリちゃんが大人になって、同窓会かなんかで昔のことを話すとき、誰かがシオリちゃんに言うわけだ。「シオリちゃん、ランドセルにくまのぬいぐるみをつけてたよね」と。シオリちゃんは、「そうそう。あれ、バザーか何かで買ったんだよね」と答える。「懐かしいなあ」と目を細める。


 それだけで……俺は、ぬいぐるみは、それだけでいいんだ。



 4回目のぬい生が終わったのが、いつだったのかは分からない。むーちゃんが少しずつ汚れてぼろぼろになっていったように、俺の意識も、少しずつ薄れていった。


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