りっぷるちゃん



 目を覚ました瞬間、ものすごい違和感が俺を襲った。体が動かない。

 視線は動かすことができたので、辺りの様子を窺う。転生と言われたので異世界を期待していたのだが、なんだか見覚えのある光景だ。

 いや、見覚えもなにも、ここはサラリーマンだった俺がよく行っていた量販店の、おもちゃコーナーではないか。


 人のざわめきと、流行りのアニメのテーマソングが混ざって聞こえてくる。子供の姿が多い。日曜日だろうか。


 視線だけできょろきょろしていると、ふいに視界が大きく動いた。どうやら誰かに掴まれたらしい。一体なんなんだ。困惑する俺の視界の真ん中で、女の子が嬉しそうにはにかんだ。



 俺の1回目の転生先は、ぷるぷるりっぷるのりっぷるちゃんだった。

 ぷるぷるりっぷるというのは、日曜日の朝9時からやっている女児向けアニメだ。りっぷる星からやってきた、ぷるぷるゼリーの妖精。それがりっぷるだ。白い体に赤やオレンジやピンクのプラスチック宝石がついている。(アニメだと、それはフルーツ味のゼリーになっていて、ゼリーを食べた女の子が魔法少女りっぷる☆ガールに変身する)


 俺が、りっぷる。悪夢か何かだろうか。


 とはいえ、転生してしまったものは仕方ない。ぬいぐるみ……りっぷるちゃんとしての生をまっとうしてやろうではないか。

 覚悟を決め、俺は渾身のキメ顔(作中で「きゅぴーん」という効果音と共にりっぷるちゃんがする、可愛らしい笑顔)で、女の子の腕の中におさまった。


***


 ……ぬいぐるみ生をまっとうする覚悟なんて、必要なかったかもしれない。


 半透明の袋の中で、俺は深く溜め息をついた。俺は生ごみを詰めた袋と、穴のあいた靴下との間にぎゅうぎゅうに挟まっている。

 りっちゃんが、俺に飽きるのは早かった。アニメの放映が終われば、キャラクターのブームも去る。りっちゃんもアニメより化粧やファッションに興味を示すようになり、母親の発した「これ、もう捨てちゃっていい?」に対して、俺の方を見もせずに「うん」と生返事をした。


 ま、ぬいぐるみの一生なんて、こんなもんか。



 ごみ収集車がやってきた音がする。袋ごと収集車につっこまれ、ごみと一緒に潰されて……いや、今は俺もごみなんだっけ。


 そして、俺の意識はぷつりと途切れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る