ぬいぐるみ転生
深見萩緒
プロローグ
転生という概念自体は、よく知っていた。死んだあと、別の存在として生まれ変わること。
そして昨今のエンターテインメント作品で、転生というものが設定として多用されていることも知っていた。俺もいくつか、そういう作品に触れたことがある。
異世界の勇者に転生したり、魔王に転生したり、ドラゴンに転生したりするのだ。そしてそういう物語ではたいてい、転生者はチートと呼ばれる無敵の力を手にしており、第二の人生を謳歌する。
「おめでとうございます。あなたの魂は、転生者として最高の適正を持っていることが判明しました!」
真っ白な空間に、なんだかきらきらと発光しながら浮かんでいる女性。女神を名乗った彼女は、可憐な笑顔を俺に向けた。色々とまぶしい。
「あなたの魂は、5回の転生が可能です!」
「ご、5回……!」
俺はしがないサラリーマンだった。特にこれといった特技もなく、有能でもなく、いい歳をして彼女もいなかった。交通事故で命を落としても、全国ニュースの前の地方ニュースで小さく取り上げられる程度の存在。
「俺が転生……それも、5回も?」
にわかには信じられなかった。しかし女神は、この世のものとは思えない(実際、この世のものではない)美しい笑顔で「ええ!」とうなずく。
「まず1回目の転生先は……ぬいぐるみです!」
「は?」
聞き間違いだろうか。俺は思わず聞き返す。
「ぬいぐるみ?」
「ええ、ぬいぐるみ。2回目の転生先は……まあ、またぬいぐるみ!」
ぬいぐるみ。
「3回目は……4回目、5回目は……あらあら、全部ぬいぐるみ!」
なぜかとても嬉しそうな女神と対照的に、俺は絶望的な表情で口をぽかんと開ける。
「あの、いや、え? ぬいぐるみって、ぬいぐるみっすか? あの、つまり、布と綿でできているような?」
「布と綿だけとは限りませんけれど……おおむねそうですね」
頭をかかえる。
「いやいや、ぬいぐるみって、生きものじゃないでしょ。転生先とかそういうあれじゃないでしょ」
「ぬいぐるみにも、魂はあるんですよ。転生先としては珍しい……というか、初めて見ましたが。超レアケース、というわけですね」
やばい。全然嬉しくない。
女神は「5回も転生できるなんて、すごいですね~」なんてのんきに笑っているが、冗談じゃない。ぬいぐるみの人生(ぬいぐるみ生?)がどういうものかは分からないが、人間のように自由に動けない人生なんて、ろくなものじゃないに決まっている。
「……いや、待てよ? もしかして、ぬいぐるみだけどものすごく強大な魔力を持っているとか、そういうチート能力が与えられ……」
「なんですか、それ。そんなものないですよ」
なかった。
絶望している俺の心境などつゆ知らず、女神は神々しい光を放ち始める。
「では、そろそろ転生させますね。ぬいぐるみとしての生、どうか楽しんで」
ワンチャン嫌味の可能性もあるな。そう思って女神を睨むが、どうやら彼女は本気で心から、ぬいぐるみとしての転生を祝福しているようだった。ちくしょう。
「いってらっしゃい……」
そして俺の意識は、真っ白な光の中に溶けていった。
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