ハローワーク・ぬいぬい
こうちょうかずみ
ハローワーク・ぬいぬい
「――というわけでよぉ!俺はここに売られてきたってわけ。泣ける話だろう?俺のくりくりっとした目がうるうるしちまうよ。あ、つってもボタンの目だけどな」
「はぁ、そうですね」
どうして私は今、おじさんの長話に付き合う羽目になっているのだろうか。
ここはぬいぐるみ専門のハローワーク・ぬいぬい。
表向きは普通のリサイクルショップとして経営している一方、その裏では売られてきたぬいぐるみたちに次の仕事場を紹介する、ハローワークとなっているのだ。
まぁ、売られてくるには多少の理由があるもので、なかなかにひねくれたぬいぐるみたちも珍しくはないのだが――。
私は改めて、目の前のぬいぐるみに目を向けた。
パッチワーク柄のクマのぬいぐるみ。
「えっと、一般家庭への就職をご希望ということでしたが――」
「あぁそうなんだよ。やっぱりさぁ、俺らみたいなぬいぐるみっていうのはさぁ、ぎゅっと抱きしめられてなんぼだと思うのよ。ほら、たまに金持ちのところじゃあ、綺麗なショーケースに入れられて、ただ見られるだけで一生を過ごす奴らとかいるだろ?俺、ああいうの嫌なんだよね」
「はは、なるほど。まぁ、そういう方に就職されるぬいぐるみ様は、そもそもの生産個数が少なかったとか、今では日本に数個しかないとか、そういう世間的なレアリティのあるものが多いですから。ご心配なさらずとも大丈夫かと」
「なるほど?俺にはそのレアリティはないって?あははっ、言うねぇ姉ちゃん!」
一体、何がそんなに面白いのだろうか。
苦笑いを浮かべながら、いち早く仕事を終わらせようと、私はパソコンのキーボードを叩いた。
「――あぁ、今ちょうど求人がありますね。今までは高齢のおばあさんのところにいらっしゃったんですよね」
「そうそう。あの時代劇が好きなおばあさんよ。俺、もともとこの店にいたんだけどさ、家族と一緒に家電かなんかを売りに来たその人に、気に入られちゃってさぁ。それからずっとそのおばあさんが死ぬまで一緒だったわけ。ほら、遺品整理でここに売られてきてさ――」
「あぁあぁその話は先程聞きましたから」
「そうだっけ?」
駄目だこの人。じゃなかった、このぬいぐるみ。
ぐだぐだと話が長い。同じことを繰り返す。
まるで実家の父みたいだ。
ごほんと一つ咳ばらいをし、私は本題に話を戻した。
「それで、求人というのがですね。ちょっと以前の職場とは異なるのですが、女子高生の方なのですが」
「女子高生!?」
ぬいぐるみは大袈裟に声を上げた。
「はへー、そんな若いお嬢さんが、俺を欲しがるのかい?」
「いやまぁ、最近は昭和レトロなんかも流行っていますし、ちょっと古めなものも気に入るのではないでしょうか。それもまた“エモい”というか」
「はぁ、エモいねぇ。またすごい時代になったもんだ」
いや、あなた何歳、いや何年物のぬいぐるみなんですか。
ツッコミたいところをぐっと堪え、私は話を終わらせにかかった。
「どうします?ここなら即日就職できますが」
「オーケーオーケー。そこに決めたよ!いやぁ、姉ちゃんもなかなかに腕がいいねぇ」
「あはは、ありがとうございます」
終始、面倒臭い客ではあったが、そのぬいぐるみは無事その後、女子高生に買われていった。
――――――――――
「えっ、また来てたの?あの“おじさんぬいぐるみ”」
「え先輩知ってるんですか!?」
「知ってるよ!結構有名だぞ!?」
それから仕事終わり、私は先輩に今日の客のことを話していた。
「あのぬいぐるみ、何度も何度もうちへやって来るんだよ」
「えっと、それは、捨てられやすいってことですか?」
「いやそうじゃなくて!」
先輩は口調を強めて言い放った。
「なんでわざわざ毎回毎回うちに売られてくるのかってことが問題なの!」
「え」
確かに、ぬいぐるみのハローワークがあるということは、普通の人は知らないはず。
リサイクルショップは他にも山ほどあるわけだし。
ということは?
「え、まさか、売っても売ってもうちの店にまたやって来る、“呪いのぬいぐるみ”とでも言いたいんですか?」
「まさにそれだよ!」
えぇー?
心霊うんぬんで、呪いの人形がどうとかという話はよく聞くことだけど、確かにこれはなかなか怖い。
だって、あんなに“うざい”ぬいぐるみ、もう二度と会いたくないもの。
――――――――――
「すみません、ぬいぐるみを売りたいんですが」
パッチワーク柄のぬいぐるみには気を付けて。
もしかしたらその子は相当面倒臭い、おじさんかもしれません。
「んでさぁ、姉ちゃん!その女子高生の子っていうのがさぁ――」
ハローワーク・ぬいぬい こうちょうかずみ @kocho_kazumi
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