第29話 スカウトマン


 ――収録当日。

 週末の日曜日。

 俺とあずさは目的地である江戸川近辺までやって来ていた。


 虎嬢こじょうさんに指示された場所には確かに大きなDゲートがそびえ立っており、周辺は警察のバリケードによって封鎖されている。


「い、いよいよだね、ハジメくん……」


「そうだね、あずさお姉ちゃん。……ところで、その格好どうしたの?」


 今日のあずさは普段の制服姿とは違い、小袖に袴という巫女装束の出で立ちをしている。

 

 彼女が現役の巫女なのはわかっているけど、見慣れていないのでかなり新鮮だ。

 そういえば巫女姿を見せてくれたのはこれが初かな?


「い、いやさ、ZZZVズィーヴのHPで私〝現役高校生巫女DTuber〟って紹介されてて……。やっぱりこういう格好した方が映えるかな~って……」


「うん、映えると思う。凄く似合ってるし、綺麗だよ!」


「ふぇ!? そ、そうかなぁ……?」


 照れて顔を赤くするあずさ


 実際似合ってる。

 それに普段にも増して魔力が澄んでいる感じがするし。

 あと強そうに見えるよね、やっぱり。


 いいな~、こういう勝負服みたいなの。

 凄くキャラ立って見えるし。

 俺もなにか爺やに頼んで拵えてもらおうかな?


 そんなことを思いつつ、警察の人たちに魔力保持者証明書を提示してバリケードを越えようとする。

 すると、


「――失礼、慈恩じおんハジメさんと出雲いずもあずささんでしょうか?」


 そんな声が俺たちを呼び止めた。

 振り向くと、そこには黒スーツを着た笑顔の男が。


「? そうですけど……」


「どうも初めまして。私DTuber事務所VARIATIONバリエーションの営業、松永まつながと申します」


 パキッと七三に分けた黒髪と爽やかな顔つき。

 名乗らなくてもわかるほど絵に描いたような営業マンである。


 松永と名乗った彼は「こちら名刺です」と名刺も渡してくる。

 嫌にバカ丁寧な社交辞令も実に営業らしい。


「えっと……僕たちになんのご用でしょう?」


「はい、本日はお2人を弊社の専属DTuberとしてお誘いすべく、契約の打診のためにお伺いさせて頂きました」


 ああ……なんとなく予想はしてたけど、やっぱり。

 

 あれだけ配信がバズったんだから、そりゃお声がけは来るよな。

 嬉しいしありがたいんだけど……。


 あずさも申し訳なさそうにしつつ、


「すみません、私たちもう別の事務所と契約しちゃってまして……。どうかお引き取りを――」


「別の、というと――ZZZVズィーヴとでしょうか?」


 ――あれ?

 なんで知って――


「ああ、やっぱり。お噂は聞いておりました。単刀直入に言わせて頂きますと、即刻に契約解除をお勧め致します」


「え……?」


ZZZVズィーヴの社長である豊臣とよとみ虎嬢こじょう氏は、お金のためなら平然と社員を使い潰すと有名ですよ? 動画の視聴率を稼ぐために、所属DTuberをワザと妖怪に食わせた……なんて聞いたこともあります」


「!? そんな……嘘だ!」


「業界内での彼女の評判は最悪。このままだとあなた方も奴隷のように使われ、いずれは――」


「……ハジメくん、行こう」


 あずさが俺の手を引っ張り、連れて行こうとする。

 彼女の声色には明らかな苛立ちが感じられた。


「お言葉ですけど、勧誘のために他人の陰口を言うような人は信用できません。もう関わらないでください」


「……それは残念。ですが、弊社はいつでもご連絡をお待ちしておりますよ」


 あずさは彼の言葉を完璧に無視し、彼の下から去っていった。


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