第6話 修行1ヶ月目(※爺や視点)


 ――慈恩じおんハジメという少年が修業を初めて、1ヵ月が経った。


 最初、この子の両親から〝魔力抑制珠〟でも魔力を抑え切れないと聞いた時は、なにかの冗談かと思ったものだ。


 〝魔力抑制珠〟に使われる封魔石は、妖怪の魂すらも閉じ込めることができると言われる奇跡の産物。

 それを使ったとあらば、人間の魔力を封ずることなど造作もないはず。


 だが確かに、〝魔力抑制珠〟を身につけて尚この子の魔力は溢れ出ている。

 こんなに強大な魔力は見たことがない。

 かつて千を超える妖怪を狩り、〝血染めの白鬼〟とまで呼ばれたこの鬼庭おにわ斎門さいもんでさえ震えを覚える。

 明らかに異常だ、彼の魔力は。


 おそらく坊っちゃんの魔力は、日本中の誰よりも――。


 ――見てみたいと思った。

 ――鍛えてみたいと思った。


 この幼子がどうなるのか。

 世界をどのように変えてしまうのか。

 それら全て、この目で見届けてみたくなった。


 好奇心。

 それに勝るとも劣らない恐怖。


 もう永らく弟子など取っていなかったが……坊ちゃんが力の封印を拒み、自らの才能を生かしたいと言った時、決意したのだ。

 この子は、自分が導いてみせると。


 ……慈恩じおんハジメが生まれたことで、時代は大きく変わるだろう。

 そして、それはどんな時代となるのか――。


 ――見てみたい。

 いや、見るまでは死ねん。


 こんな老いぼれが、全身の血が滾る感覚を覚える。

 坊ちゃんと出会えたこと……天に感謝致しましょうぞ。



「――では坊っちゃん、今日も〝魔力の収縮〟の修練をしていきますぞ」


「押忍! それじゃあ、集中……!」


 道場の中、胴着姿で目を瞑る坊ちゃん。

 スウッと息を小さく吸い込み、ゆっくりと吐き出す。


 ――彼から溢れ出ていた魔力が、ズズズッと体内に押し込まれていく。

 そしてすぐに、魔力はほとんど視認できなくなった。


 ……〝魔力の収縮〟を教えて、たったのひと月。

 こんな短期間で、もうこの技をモノにしている……。


 本来であれば、それほど簡単な技術ではないのだ。

 魔力とは血液と同じく、生命力の一部として身体の中で精製され、循環し、消費され、また精製されてゆくもの。

 それを抑え込むというのは、意図的に体内で不自然な状態を生み出しているに等しい。


 つまりは、自らの意志で生命活動を制限しているということ。

 人によっては地獄の苦しみを味わうはずだ。


 にも拘わらず、彼はケロリとした顔でやってみせる。

 ワシが〝魔力の収縮〟を身につけるには、5年もの歳月がかかったというのに……。


 魔力が強大なだけではない。

 学びさえすれば、その制御だってこれほど緻密にできる。


 ――怪物だ。

 正真正銘の。


 ああ……坊っちゃんは、どこまでこの老いぼれを魅了してくれるのですか。


「いい調子ですな。もうほとんど魔力が見えなくなり申した」


「本当!? 僕、魔力のコントロールができてるのかな……!?」


「ええ。ではその状態を維持したまま、打突を繰り出してみましょうか」


 坊っちゃんと共に、庭に設置された打ち込み台の前へと赴く。

 彼は集中したまま構えると――


「破ッ!」


 正拳突きを繰り出した。


 その瞬間――拳から莫大な魔力が噴出。

 さながら波動砲のような光線が放たれる。

 

 打ち込み台はジュッと音を立てて消滅し、それどころか寺の塀にも大穴を空け、遥か遠方にある山すらも凹ませた。


 当然、〝魔力抑制珠〟を着けた状態でコレである。

 惚れ惚れしてしまうほどの威力だ。

 

 坊っちゃんは青ざめた表情になり、


「ご……ごめん、なさい……」


「ホッホッホ、どうやら攻撃に関しては、まだまだこれからのようですな」

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