第17話 アベル

 メグの突然の告白によって、急にソウザ先生に職員室に呼ばれたジャックは、教会に来た怪しい男に心当たりはないか、また、しばらくは気をつけるように言われたが、ジャックからは、何も話さなかった。


 リチャードさんの話しはしない方が、良いだろうと思った。

 学校が、どっちについているか分からなかったから。


 ジャックは、学校に週3日通っている。

 学校が休みでも、仕事があるジャックは、用がある時は昼休みを削るしかない。

 まぁ、学校と違ってパン1個のお昼なんてすぐ食べ終わる。昼寝を削るだけだ。


 街中を歩くジャックの前方に、物ごいをする子供が2人座っている。


 ジャックは、子供たちの前に置かれている缶に、小銭を投げ入れ、足早に通り過ぎる。


 子供の1人が、缶の中に手を入れる。


「なんだよ、あの野郎。ニセ金なんか入れやがって!」


「貸しな!」

 年上の子供が、木で出来た偽物の小銭を見る。


「おい!」

 後ろに隠れていた見張り役の子供に、放り投げる。


「了解!」

 見張り役の子供の中の1人が、偽物の小銭を持って走って行く。


「なんだよ、あの野郎ボコボコにすんのか?」

 缶の前にいる子供が、偽物の小銭を放り投げた年上の子供に不思議そうに聞く。


「ちげーよ!誰かが、ボスと話したがってんのさ。覚えておけよ。偽物の小銭に場所とか通りの名があったら、後ろに回せ。いいな!」


「その場所が待ち合わせ場所なのか?」


「ちげーよ。あの場所や通り名は、ボスとそいつの何らかの共通のところってわけさ!ボスとそいつしか分からない。あれ見て、ボスは誰の呼び出しで、どこで会うかすぐ分かるのさ!」


「ふーん、面倒くせーの!」


「誰にも捕まりたくねぇ奴らは、面倒くせーこと考えんのさ!」



 木で出来た偽物の小銭を持って、子供は橋を渡って行く。

 橋を渡ると貴族が入ることを恐れる貧民街だ。


 川からは、異臭がするが、子供は気にすることなく進んで行く。


 貧民街の通りは、細い通りばかりだ。

 馬車など走らないのだから。

 仕事にも食事にもありつけない者が、道に、ぼーっと座っている。

 食事の配給は、朝と夕方だけだ。


 偽物の小銭を持った子供は、細い通りを右に曲がったり、左に曲がったり、まっすぐ進んだりしながら、ゆっくり歩いていく。


 飲み屋の前に立つ。


 子供が上を見上げた先には、小さな看板が垂れ下がっている。

 昔は店の名前が入っていたのかもしれない。

 今は、字はかすれて読めず、片方の留め具が外れぶら下がっていて、今にも落ちそうだ。


 店の親父が出て来た。


 子供は偽物の小銭を渡す。


 店の親父は、子供にハムを挟んだパンを渡してやる。


 子供は満面の笑顔を見せた。

「ありがとう。」


「店の中で食いな!取られるぞ。」

 店の親父は、強面の顔を笑顔にした。


 店の親父は、2階にいる女を呼ぶ。

「ルーシー、いつまで寝てんだ!降りてこい。」


「うるさいわねー。明け方まで客を相手にしてたのよ。もう少し寝させてよ。」

 素肌に白いシャツを1枚羽織っているだけの、若い女が、2階から降りてきた。

 張りのある胸が、白いシャツに透けて見える。



「ここは、宿屋じゃねーし、娼館でもねー。店の前で酔い潰れてたから、部屋貸してやっただけだ。さっさと出てけ。」


「分かったわよ。」

 ルーシーは、泊めてくれたお礼に店の親父の頬にキスすると、着替えのために2階へ上がろうとした。


「おい、これ持ってけ!」


「えー、人使い荒いー。」


 店の親父は、子供が持ってきた偽物の小銭を女に投げた。


「これ、アベルにでしょう。どうしようかな?でも、急ぎでしょう?」

 ルーシーは、文句を言いながら、別に困った風でもなく首を傾げている。


「渡すだけにしな。色恋ならあいつはやめとけ。巻き添えくらうぞ。」

 店の親父は、一応、忠告した。

 どうせ惚れた男の言うことしか聞かねぇ。


 ルーシーは、急いで2階に上がって行った。




 ジャックは、時間を気にしながら、いつも通り汚い道を歩き、昔は教会だった廃屋に着いた。



 この教会は、アベルたちと過ごした昔のアジトだ。

 アベルに追い出されてから、訪れたのは2回目。

 ついこの間、リチャードさんのために、酒場ギャロウズの件を頼んだばかりだ。



「人使いが荒いな。ジャック坊や。」

 アベルが、薄暗い教会の祭壇に腰掛けていた。


 祭壇の奥にあるステンドグラスから入る光りが、アベルを照らしている。

 綺麗な顔で、意地悪そうな笑顔を見せていた。





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