第三章 秋

第23話 反省の日々

「シュウちゃん! ほら起きて!」


 と、リュウちゃんの声で目が覚める。カーテンと窓を開けたらしく、まぶしい朝日が畳敷きの部屋に差し込み、さわやかな秋の空気があっという間に充満する。


 ここのところ一気に秋の気配が濃くなった。先週くらいから冷房をつける必要もないどころか、少し肌寒いくらいだ。


 窓の外にはいっそう濃く、そして暗くなった緑の山々が波立っていて、やがて来る紅葉の気配を感じさせる。


「んー」と、私は布団の中から声を出す。「今何時……?」


「7時だよ! ほら、朝ごはん食べたら仕事仕事っ!」


 と、リュウちゃんは布団を一気に引っぺがし、だらしない寝巻姿の私があらわになる。


「はい、はい……了解です……」


 と、私は大人しく起き上がり、作務衣を模したという仕事着に着替え、一階へと降りる。


「関係者以外立ち入り禁止」の暖簾をくぐり、まだ開館前の誰もいない食堂に入ると、10名ほどしか入れない狭い食堂に、すでにリュウちゃんとアウラが朝ごはんの配膳を行っていた。アウラはこの地に馴染むためか毛を黒く染め耳を隠し、一見すると陰気な日本人大学生にしか見えなくなっている。


「お! やっと起きたんスね、焼かれ損ないエルフのシュルツさん」


 アウラの容赦ない冗談にはもう慣れた。私は「……おはよう、本日もおいしく焼けてる?」と聞き返す。


「本日はシャケがちょうどあんばいよ~~~~く焼けてるッスよ」


 机の上にはご飯、揚げとわかめの味噌汁、シャケの塩焼き、梅干しが並んでいる。


「アッちゃん、そんな意地悪いうたらあかんで! ほら、食べるよ」


「うぃーッス! 龍神さん、いつも美味しい朝ごはんありがとうごぜえますです」


「ハイハイどういたしまして。ほら、シュウちゃんも!」


 と私も机に腰を掛け、三人そろって、


「いただきます!」


 と、合唱した。


 □


 私はもぐもぐと白米を頬に詰め込みながら、ここ最近のことを思い返す。


 ダブル炎上騒ぎから1か月。


 私はこの健康館の一室を借り、文字通り引きこもりの生活を送っていた。


 スマホもタブレットもなし。


 何もやることがないのがつらすぎる&罪悪感がデカすぎるのもあって、私は健康館の裏方仕事を少しずつ手伝うようになっていた。


 自分が犯した過ちを棚上げしたまま、やることがなく部屋に閉じこもっているのは座敷牢にも似た苦痛。身体を動かすことで、少しでもその苦痛を和らげたかった。


 髪を耳の上から結ってエルフであることを隠し(アウラのように染はしないが)、なるべく謙虚に、ひたすら風呂場・脱衣場の掃除や厨房の手伝いをして過ごす。


 リュウちゃんをはじめバイト長の絹さん、厨房を仕切る山口のおいやんも最初は私の扱いに困っていたようだったけど、今はすっかり普通に接してくれるようになった。


 本当にありがたい。


 あれだけひどい行いをしておきながらここまで受け入れてくれる人たちのことを、私は一生忘れないだろう。


 □


 自分のせいであることは甘んじて受け入れるけれども、私には大きなトラウマができてしまった。


 まず、健康館に来る人たちにいちいちビクビクしてしまうこと。


 私の顔写真は公表されず、この健康館にかくまわれている事実も一切メディアに出てなくて、私目当ての人間が来るはずもないんだけど、稀に、


「ねえねえ、紀伊橘田町と安田市の間くらいにエルフの集落ってあるんでしょ? 例のエルフいるの? あの裏切り者の」


 などと好奇心でエルフを探しにくる人間が来館する。


 髪に隠した私の耳がその声を拾い上げる度、冷や汗が背中を滝のように流れ、ついつい表から離れた場所へ逃げてしまう。


 裏方仕事のために来館者に出会うことはないのだが、それでも恐ろしくて奥へ奥へと引っ込んでしまう。


今もまだ、営業時間中に表へ出るのはちょっと遠慮願いたい。


「……アウラって、いつまで私の様子見に来るの?」


 味噌汁の具を先に全部口へ放り込んでいるアウラに、私は聞いた。


「あれだけのことやって、しかもまだ集落には戻らないなんて、あたしらにしたら不信感の塊でしかないッスからね~~~まだまだ、監視させてもらいますよ! ふへへ」


「趣味悪りぃよ、アッちゃん。もうこんだけちゃんと働いちゃるんやさけ、エエんとちがうん。シュウちゃん本人も十分反省しちゃるみたいやし……」


「そういう判断は族長に言ってくれッス」


「ほやけど……」


「まったく、リュウちゃんは甘いッスねえ~~」と、汁だけになった味噌汁をぐいっと飲み干す。「まだまだ反省してもらわにゃ! エルフに対しても、山の人々に対しても! そのためにはまだまだ働いて反省してもらうほうがいいッス。人間なにごとも、やりすぎくらいで丁度いいんスよ」


 その言葉の端々に「シュルツについて回ってればぜったい面白いこと起こるはず、面白いことを見逃したくねぇ~~~!!」という気持ちがありありと感じられる。コイツ……


 ただ、今の私にはそれにいちいち突っ込みを入れる元気も余裕もない。


 今はただ、粛々とこの健康館のために働こう。


 そしてじっくり時間をかけて、この町を、この世界を知って、人を知って、そのあとで、誰もが納得する形で、元の世界へ帰る方法を考えよう。


 もうこれ以上の面白いことなど、起こす気はさらさらない。


「そうだ、そうとも、千里の道も一歩から!」と、私は茶碗を置いて立ち上がる。


「ま、結局は元気なんすスね、このポジティブ思考どうなってんだか」


 とアウラが言う。


「元気なんはエエことやいしょ。元気ないと何も出来やんし」


 と、リュウちゃんが言う。私は、


「ご馳走様! よろしゅうおあがり!」


 と言って食器を厨房へ片付け、浴場の掃除へと向かった。



(つづく)

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