第24話 密談に最適な風呂場
私はデッキブラシとバケツを持って風呂場に入った。
まずは女湯から。
高い天井にひたひたという裸足の足音が静かに反響する。
湯を抜いたタイルばりの湯船の中に入り、隅から丁寧にブラシをかけていく。大方の汚れはこれと水だけで綺麗になる。
私は単純作業が好きなのかもしれない。
単純作業を繰り返していると、頭の中がからっぽになり、単純にきれいになっていく。
「いろんなことが、この風呂場の汚れのように落ちればいいんだけど……」
ついつい独り言が出てしまったが、
「とはいえ、やで。中々落ちやん汚れもある」
と、誰かが私の独り言を拾った。
その声は、男湯から天井伝いに聞こえてくる。
「ゴボー……! 生きてたんだね……!」
少しのなつかしさに涙しそうになる。
「いや別に死んでないし」
「幽閉されたと聞いていたから……てっきり拷問、処刑台からの絞首刑のフルセットかと」
「一か月役場内勤務になってただけやのに大げさな……ま、今日やっと通常勤務に戻れたからな。集落の様子見に行くついでに寄ったんよ。みんな元気そうでよかった」
「そっか……」
「このまま発電所の勤務を外されるかと思ったけどよ、まぁ中々この仕事ができるやつやおらんし、そうはならんかったなぁ」
言葉だけ拾えば『俺以外に誰もできない仕事』自慢に聞こえそうなものだが、御坊が淡々と言うとそうは思えない。
「たしかに、あんたの代わりができるヤツなんていないかもね」
「最低でも引継ぎできる状態にせなアカンけど……まだまだ時間がかかるわ。このまま投げ出して終われやん」
御坊の響かせるブラシの音が力強く響く。
「……なにか話があるんでしょ?」
と、私は手を止めた。そんな世間話をするためだけに、御坊がわざわざここに来るはずがない。
御坊も手を止めたようで、風呂場に静寂が訪れる。
「スマホとタブレット、欲しいか?」
ガタン! と音がして私は驚いたが、それは私がデッキブラシを取り落とした音だった。
「は、ま、まさか……あんな悪魔の石板なんか……」
「あーまーほんならエエか、この話は無しに――」
「ちょちょちょちょ! ちょっと! 欲しいか欲しくないかって言えばね、そりゃね、ギリギリで欲しい側になると思いますよ!!」
「自分の身を滅ぼした道具であっても?」
「ああああああ! まあ! うん! そうだけど! うん!! そうなんだけど! なんていうか、正しい使い方を知らなかっただけなのよね、ほら、禁書みたいなもので、ちゃんと使い方さえ間違えなければ……! だから今度は……!」
「そっか、欲しいんか」
「あ…………はい……」
「正直でよろしい」と、ゴボーが言った。と、何かをポケットから取り出す気配がする。「これは制限つきのスマホやけどな、まあこれくらいやったらおまんに渡してもエエかなって思ちゃある。ただし、今から俺が与えるミッションをクリア出来たら、な」
「……!」
なるほど、タダでは渡せないというわけか。
「……それは、どんなミッションなの?」
「その前にやるかやらんか決めよし、先に」
「そんな、何をするかも分からないで決めろだなんて無理よ!」
「……ホンマに無理か? ほれ、スマホ使いたいんやろ??」
まさか御坊がこんなに姑息な男だったとは。
しかしもしこの誘いを受けたとして……どんな無理難題を押し付けられるのだろう。
魔法を使って御坊の私利私欲を満たす手助けをさせられるとか?
ムカつく上司をどつく手伝いとか?
はたまた、私の身体が目的みたいなやつとか……??
「くっ……やっぱり人間は卑怯ね! 釣り合わなすぎるわ。そんな無茶苦茶なリスクを背負ってまで私は――」
私は、インターネットのある生活なんか……
「私は……リスクを……インターネットを……」
簡単な決断じゃないか、こんな、インターネットの……
「……あ~~~~~もうダメだッ!! いいわよ、受けて立つわ!! ミッションを!! ほしいのよ! スマホが! インターネットが! 私はぁああああ!!!」
私の叫びは風呂場にこだまする。
「……よっしゃ。ほんなら仕事終わったら迎えに来らよ。夕方またな」
御坊は満足げにそう言って、すたこら風呂場から出ていった。
一人取り残された私は、再びデッキブラシを拾って掃除を再開する。
「……ゴボーめ、私に何をさせる気だ……?」
何かたくらみがあることは確かだが……まあ良い。
なんといっても私には、エルフたる魔法の力がある。
万が一、御坊の邪悪な試みが露見したとしたら――その瞬間、私の魔力がきっと奴を黒焦げに焼き尽くすだろう。
「私を好き勝手できると思うなよ、ゴボー……!」
(つづく)
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