第22話 帰巣
地図にない私の住処へ向かって、軽トラはつづら折りの坂道を登っていく。
途中県道から獣道に入ったところで、御坊はいったん軽トラを停めた。
「? こんな道通ったか?」
「尾行されちゃあるかもしれんやろ。車も確認しとかんとな、なんかいらんもん引っ付いちゃあるかもしれん」
追っ手を撒きつつ、追跡の発信機などがひっついていないかをチェックするらしい。
「……どうしてこんなことに……」
「さすがに、それギャグで言っちゃあるんよな?」
「私はただ、みんなと一緒に元の世界に帰りたいだけなのに……」
先ほどゴブリン氏が配信していた動画のアーカイブを確認する。
見るに堪えないコメントの雨嵐。
それは今までの自分たちの行いがすべて否定されるものでもあった。
「人の気持ちを利用しようとするのはやめたほうがエエ、ちゅうことよな」
「……私の気持ちも知らないで」
「分かるわけないやろ、他人の気持ちなんか」
と、御坊は素っ気ない。「それより、しばらくお前は山に隠れとけ、ほとぼりが冷めるまでな」
「……大丈夫だって、顔もバレてないし」
「バレてなかろうが外に出てるエルフなんてお前くらいしかおらんのやし、結果バレるに決まっちゃる。出来ればエルフの集落に戻って大人しくしてほしいが……それはまあ出来ればでエエ。とにかく、地図に映らん森の範囲でジッとしといてくれよ」
「うう……」
「そいで、これも没収」
と、御坊は私からスマホとタブレットを奪い取った。
「! そ、それは! それだけは絶対にダメ!」
「アカン。これがあるからダメになるんや。いったんエルフらしい暮らしに戻って反省しい」
「スマホもタブレットもなく生きていくことなど出来るはずないよ!!」
「お前にインターネットは早すぎたわな」
そこで私は最後の一手を繰り出す決意をする。
「……エルフのいうことは聞かなきゃいけないはずでしょ! 私たちが、自由に、生きていけるように……! 何に縛られることもなく……!」
「エルフに本当の自由を与えるために進んでいた色んなことを、今回のお前が止めようした。その自覚はないんか?」
私はそこで言葉に詰まってしまった。
だって、それはそうだから。
でもそれより「元の世界に帰る」ことが大事だから……。
「元の世界に戻りたい気持ちも、まぁ、分からんでもないけども……それでも、こういうやり方はアカンかったな、ってことが分かったやろ」
「……」
私は何も言わず、軽トラに乗った。
「もう一回見直せ。巣に戻って」
「……巣って言うな」
軽トラに異常がないことが確認できた御坊は、再び軽トラを発信させる。
御坊の言う通り『やり方がアカン』かった。
文明の利器に頼りきり、その便利さゆえにそれが世の中のすべてであるかのように錯覚していた。自分が全能であるかのように感じていた。
私はふう、とため息をついた。
今この瞬間から、計画は一旦白紙へ戻そう。
当初の計画通りこの世界を地道に知っていくことから初めていこう。
スマホ・タブレット禁止令は、そのリハビリにちょうどいい……
私はシートに身を沈め、自らの行く末を暗示するかのような遠回りの道のりを、じっと車窓から眺めていた。
*
「あの……これは……?」
やっと戻ってきた我が家は、なぜか多くの人に囲まれてその全容がすぐには見えない。
「ちょっと、私の家は……」
その問いに誰も答えることはなく、ただ無言で、何人かがその場を退いた。
目の前にあるのは、確かに私の家……と……いや、ここは私の家……?
テント骨組みだけになり、その周りは黒いペンキで雑に塗ったようにコゲやススだらけになっている。
御坊が何も言わずに黒くなった私の家へ歩いていき、私が使っていた充電用のバッテリーにつながれているいくつもの発電用リングと、複雑に絡んだ配線を拾い上げる。
びしゃびしゃに濡れた焦げ臭いそれを掲げ、私の方に見せる。
「……これが原因かな」
「いや、その、充電の効率を上げるために、全部のリングをつないで……そんで……」
「まさか、自分の家も燃やすとはな……」
「違うんだって! これは事故! だから……」と、私は私を取り囲む人々に顔を向けた。
「あ……」
みんなの目を見た瞬間私は悟り、一切の言い訳を言うことをやめた。
「本当に……すみませんでした……消し止めてくれてありがとうございます……」
と、ゆっくりと深く、頭を下げる。
ネットで燃えた直後に、自分の家も燃やしてしまった。
たった一日のうちに、私は人から与えられたものをすべてなくしてしまった。
やがて火を消してくれた山の人々は、ひとり、またふたりとその場から離れていく。
私はずっと頭を下げたまま。
やるせなさと罪悪感のあまり頭を上げることができなかった。誰の顔も見たくなかった。
そして誰もいなくなった後、真っ黒な焼け跡で、私は泣き崩れた。
「山火事ならんで良かっとな。ま、明日からどうしょうなぁ」
と、一人だけ残っていた御坊がそう言い、私の肩をポンと叩いた。
(第二章おわり)
(第三章へつづく)
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