第21話 炎の刻印

 出てきたのは町長でも町役場の職員でもない、一人の、背の低い少女だった。


 短パンとTシャツにサンダル、誰にでも分かるラフな格好をした少女はそこでゴブリン氏に対峙し――しかし、見ているのはゴブリン氏ではない、


 彼女は見ていた。


 彼女はたしか、健康館にいた少女。


 彼女はただならぬ気配を漂わせながら、口をぱくぱくさせる。


 決して聞こえるはずのないその声が、私には聞こえる――


『ここは本当に穏便で平和な世界だな。火を使わずともエルフを燃やすことができる――』


 そういうと、彼女の姿は消えていた。


 ざわつく中、やった役場の中からスーツ姿の女性が出て来た。彼女の手にも拡声器が握られている。


 群衆の熱気をそぐような冷静な声で、「では、こちらは受け取ります」と署名を受け取る。素っ気ない。


「ちょっと、あれ、予定では町長が挨拶を――」


 と、いつものゴブリン氏の声が拡声器ごしに聞こえてくる。


「町長は現在、『例の動画』を確認しているので、この場には立ち会えません。あなたたちも用事が終わったのなら、早々に立ち去っていただきたいですね」


「れ、例の動画……? って?」


 ふん、と小さく息を吐き、その女性が言う。


「本日発売の週刊現報しゅうかんげんぽう、まだ見てないみたいですね。ネット記事配信は13時だったそうですから、ご自身で確認してみるのがよいかと」


「!」


 私は素早く自分のスマホを取り出し、現報の記事を確認してみると――


「お、おい、これは……!」


『人気動画配信者ゴブリン氏 一線を越えた“金儲けバトル”の行く末』


 記事では人間とエルフの対立をあおり莫大な配信収入を得る悪者として、ゴブリン氏が大々的に扱われている。


 法案制定直前のグレーゾーンをついた軽率な蛮行。


 人権感覚のない我儘な阿呆大学生。


 エルフ・人間の両者の歩み寄りを阻止し対立を煽る悪の根源――。


「こ、これがいわゆる『週現砲しゅうげんほう』……! 見方が違うだけでこんな記事になってしまうのか……!」


 私が愕然とする余裕もなく、群衆のところどころから怒号が上がり、ゴブリン氏を追い詰めようとする。


 助けにいかなければ!


 と立ち上がろうとした私の肩を誰かが押さえ、「アカンわ、これはアカン」と、諫める。


「離せ、ゴボー!」


「記事、最後まで読んだか? ドアホ」


 と言われスマホを見直すと、小見出しで、


『協力者のエルフは町役場の職員にご執心?』


 という記事が目に入る。


 そこには私がゴボーと話す写真、躓いて頭突きをした写真、洗濯物の受け渡しをする写真、車に乗せてもらう写真が、さも逢引現場を押さえたかのような文章とともに掲載されている。


『見せかけの対立、隠しきれない嘘』


「ああああああああこれも切り取り方次第じゃない! こんな写真何枚かで何が信じられるっていうの!」


「……こんな動画も出回ってる」


 ゴボーのスマホでYOUTUBEを見ると、私とゴボーが仲睦まじくイチャつく動画まで上げられている。それはもう、イチャついている。


 もちろんまったく身に覚えがない。身に覚えがないのだが、それを疑いたくもなるほど、これは確かに私だ……あれ、こんなことしてたっけ……?


「まさか、ほ、ほんとに周りからはこう見えて――」


「ディープフェイク。作られた動画や。……はめられたな」


 と、御坊は軽トラのキーを回す。「まあ、おまんらも、流石にやりすぎたってことよな」


「待って、ゴブリン氏を助けないと!」


 と、階段上のゴブリン氏はと言えば、


「ちがう、こんな記事でたらめだ! 僕は人間たちのことを思って……! 目を覚ませ! 僕らの生活にエルフは必要ないだろ!! だからみんな集まったんじゃないか! ウワ、こっちこないで! 暴力は良くない!! 暴力はダメだってば! この続きは次回の動画で!! 次の動画で弁解させてくれ!!」


 と、アッサリ町役場内へと逃げ込んでしまった。


「ま、役所におればとりあえず安心よな。ほんなら、俺らも行くぞ。安全確保や」


 と、軽トラを慎重に発信させ、駅前の群衆から脱出した。


「役場へは?」


「行っても危ないだけや、俺らは山へいく」


 と、頭の中で、あの少女の声が響く。


『……どこへ行っても逃げられんぞ……』


 どこだ、どこにいる……!


 頭を振って見回しても当然、この軽トラを追ってくる者はいない。声は続ける。


『どこにも逃げ場はない。それがインターネットの恐ろしさ……デジタル・タトゥー炎の刻印はどこまでもお前に付きまとい、お前を燃やし続けるのだ……ふはは……!』


「ゴボー、はやく! もっとスピード出ないの?」


「この道は徐行指示やから10キロでしか進めやんのよ」


 お願い、私の軽トラ……! いそいで……!


『逃がさない……絶対に燃やし尽くしてやる……まずはお前から……』


 私にだけ聞こえているらしい呪詛の言葉から逃れるように、私は俯いて耳をふさいだ。



(つづく)

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