第二章 夏
第13話 エルフとインターネット
蝉の鳴き声で目が覚めた。
そのけたたましい大音量は、夜の間だけ吹く心地よい風をいとも簡単に押し出してしまう。
「……あっつ……」
寝起きは最悪。汗だくになった体をタオルで拭きつつ、私はテントから出て頭上を見上げる。
高い木々に遮られていて空は狭いけど……それでもこれからやってくる日中の暑さをイヤというほど感じさせる夏の空気が、そのわずかな青空にはしっかりと感じられる。
とても暑い日が続いている。
ほんとに。
意味が分からないくらい。
しかし天気ニュース動画によると、この暑さは平年並みとのこと。
「ふざけるな……」と、思わず私はつぶやいた。
前の世界では考えられないような酷暑が、ここ地球では毎年巡ってくるということか。
「中々骨のある人間が育ちそうな世界だ……」
……私も負けてられない!
と、私は手をかざして指先に魔力を集中させる。
ここ最近の日課である氷柱づくりである。
紀伊橘田町職員の御坊に持ってきてもらった金属製のタライのなかにそれを収めて水を少し足し、テントの入り口付近に設置する。
こうすればひんやりしたテント内空調の完成である。タライの中に足を着けておけばヒンヤリがさらに倍!
風が吹き、テントの入り口につけたガラスの風鈴がちりんと鳴る。
私はタライの冷水に足をつけたまま、タブレットでYOUTUBEを見始めた。
すぐれた学習ツールのお陰で私は様々な知識を得ることができている。本当に、この世界には驚かされることばかりだ。
この世界にまつわる情報、地理、政治、宗教、それに人間やその生活について……そしてその裏側にある巨大な力についても……
そのすべてを、私はこのYOUTUBEや各種SNSなど、インターネットというシステムから得ることができている。
「『インターネット』……これは賢者の大図書館にもはるかに勝る、この世界の人間の知恵の泉だな」
たとえばこの私がいま暮らしている森。
そこは、地球と呼ばれるこの球体世界の、その中のほんの小さな国である日本の、さらにその国を47分割統治したうちの一つである和歌山県の、山深くにある森。
そのことが、異なる世界から飛んできた私でさえ、インターネットひとつあれば瞬時に分かってしまうのだから驚いてしまう。
もちろんそんなことは私が学んだことの一部にしかすぎない。
言葉も文化も何もかも、私はインターネットを通じて学ぶことができた。
かつてこの世界で起こった争い、滅びていった文明、いま直面している危機。
もちろんその中には、人間たちとエルフたち(先行到着したエルフたちのことだ)に関するものもある。
問題の渦中にいる者として、そのあたりの情報収集は欠かせない。
一時は何十年もの旅に出る必要があると思っていたが、その時間をインターネットが劇的に短縮してくれた。
とくにYOUTUBEではエルフに対する関心が高いらしく、数多くの動画が挙げられており、そのどれもが大いなる『真実』を語るものである。
私はそのひとつも聞き漏らすまいと、この森の中で、日夜情報収集にいそしんでいるのだ。
「今日もゴブリン氏の動画は含蓄に富んでいてすごいな……敵ながら、恐ろしい人物……」
私はそのゴブリンという人間ほどではないがある程度汚らわしい名の動画制作者、反エルフ動画をアップロードし続ける一人の男に、立場は違えど一目置いている。
反エルフを堂々と標榜して戦っている姿も素晴らしいし、この国を統治する者たちの本当の目的を暴こうという姿勢にはどこか親近感をもてる。
――と、画面端の時計が午前九時を指しているのに気が付いた。
「……今日も行くか」
と、私は腰を上げ、とある場所へと向かうことにした。
この猛暑、ここがなければ心が折れていただろうという、我が心のオアシスへ、いざ――!
(つづく)
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