第12話 知りたい気持ち

 御坊が用意したのは土汁だけではなかった。


「とりあえずここで寝泊まり出来るように色々持ってたわ。テントやろ、あとは着替え、レインコート、食材ひととおり。あ、食材はあとで追加で持ってくるから、なくなったら連絡よこしなよ」


 よく分からないモノも多々あるが、かなりの差し入れを持ってきているようで、そのすべてはテントの中に収納されている。


 ……本当に、この世界ではエルフは『保護すべきもの』として扱われているようだ。人間に主権を握られているかのようで腹が立つが、その制度のお陰で死なずに死んだことも事実である。


「それから、これ。スマホとタブレット。持っとけ」


 と、御坊は大小の滑らかで光沢のある板を取り出した。


「このちっちゃいほうがスマホで……なんちゅうか、もしもの時に連絡が取れる機械や。地図なんかも入っちゃる。生活すんのに色々便利や。使つこてるうちに慣れるやろ」


 私は言われるがままにいろいろないんを触ってみた。


 目まぐるしく画面が変わり、なにか音が聞こえてきたり、地図が浮かび上がったりしてくる様子には言葉がない。


「これは、何の魔法を……」


「違うって。これが、その、魔法から取り出せる、電気ってやつの力やな。めちゃくちゃ大まかに言うと」


 そうなのか……そうなのか……と、私はスイスイと人差し指で画面を撫でる。


 あのハツデンショとかいう場所で手に入るのはこういう途方もない技術の源なんだなと、改めて実感させられる。


「スマホには勉強のアプリとかも入れてるから、読み書きはそれ使って勉強したらええわ。急造のアプリで申し訳ないけど、無いよりもはよ理解できるようになると思う」


 言われた通りに本の形をした印を触ると、色々な言葉が古エルフ語の言葉に変換される、辞書のような機能が現れた。


「たぶん魔力と一緒と思うんやけど、この電気の力にも限りはある。ずっと使っちゃあるとこのスマホもタブレットも動かんくなるってことやな。あとは、こいつがうまく使えればええんやけど……」


 と、次に御坊が取り出したのは白くて細い紐。その片方はスマホに空いた穴にぴったりと差し込むことができる。


「なかなか、上手くいかんのよな。里のみんなは誰も使えんかったし、たぶんこのリング自体に問題があるんやろ」


 紐に繋がれた、小さなリングに繋がれている。


「試しにそれ指に嵌めてみい。まぁ上手くいかんと思うけど……」


 リングに指を通すと、かなり微量ではあるが魔力がそのリングへ流れ込むのを感じる。


 「おっ……?」


 と、同時に、何も触っていないはずのスマホが輝きだした。


 ついでに御坊の目も輝きだした。


「……ほお……これが上手くいったの、おまんが初めてじょよ」


「そうなの?」


「これで発電機とかめんどいもん持って来んでもええわ。これだけですぐに充電――つまり、電力を回復させられる」


「……吸われ続けて魔力が枯渇することもなさそうね」私はリングをしげしげと見つめた。「こんなものまで作ってしまうんだな、ゴボーは。恐ろしい男……」


「はいはい」


 と、御坊が空になった鍋や食器を片付けて立ちあがる。


「帰るのか?」


「色々手続きとかもあるから。あと課長とか町長にも報告せんと」


 私の世話をするのが掟であり、仕事。ということなんだろうか。


 彼は手早く荷物をまとめてリュックを背負いなおすと、


「ほな、今日はこんなもんにしとくな。また来るわ」


 と、私を見てぺこり、とお辞儀をした。


「お、おい、ゴボー……!」と、私はとっさに彼の名を呼んだ。


「? なんなよ?」


 私は一度大きく深呼吸をして、


「とりあえず私は……しばらくここを拠点に生活する。このスマホやタブレットとやらでこの世界のことを勉強して、そしてこのあたりを色々回ってみて……」


「そうけ」


「そう、色々と知っていきたいんだ! この世界のことを。人間のことを。 もちろん私は決してお前たち人間を完全に信じたわけじゃない。だが、しかし命を救ってもらったのも確かだし、その、色々と分かって理解してから、お前たち人間を消してもいいかなって……」


「消されたら困るんやけど」


「施しをされたのも最初は気に食わなかったが……とにかく、その、このたびは……助かった。ありがとう」


 と、私は頭を下げた。


 御坊はそんな私を見て、「ああ」とつぶやき、


「ほいたらな。またらよ。クマ、行くで」


 と、熊五郎を呼んで帰っていった。


 熊五郎は何度か私のほうを振り向きつつ、ゴボーについて森の向こうに消えていった。


 彼らの影が見えなくなってから、私はゴボーが用意してくれたテントの中に移動した。


 その中でゴロリと仰向けになって、


「……本当に人間はいいものかしら……」


 と呟いた。



(つづく)

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