第14話 活動拠点『健康館』にて

 私は洗濯物を詰め込んだ手提げ袋を片手、スマホを片手にてくてくと森の道を歩いていく。


 スマホを手に入れてから道に迷うこともなくなった。現在位置を示してくれるGPSなる機能があるおかげで、いつでも自分の場所を確認できるからだ。


 かつて熟練の猟師や船乗りは星の配置や太陽の進む道を見て自らの現在地を把握していたというが、この世界では、電力というものがある限り、誰もがこの機能を行使できるのだ。


 その仕組みも地球と呼ばれるこの大地? の周りに人口の星? を飛ばしてそこから位置を特定しているとかいう、なんか、ちょっとまだ良く理解できない技術によるものらしいけど、まあそういうのはおいおい知っていけばいい。


 おおよそ5分ほど轍を歩くと、突然森は終わり、広い道に面した駐車場に出る。


 その向こうに、エルフ発電所ほど大きくはないがそれでも立派な木造施設「きった健康館」がある。


 平べったい六角形のような美しい意匠、丸太小屋のようなぬくもりのある外観。


 私は駐車場から伸びる階段を上り、健康館のガラス戸をガラガラと開けた。


 受付にいるリュウちゃんこと龍神りゅうじんカヨコが私に向かって手を振る。かなり神々しい苗字だが本名らしい。


「こんにちは! シュルツさんいつもごくろうさん!」


「こんにちは。今日は一段と暑いよ……」と、靴を脱ぎつつ挨拶をする。


「こんなもんよぉ! 大阪とか京都のほうがもっと暑いで!」


 と、リュウちゃんはこの夏の太陽のように明るくハキハキとしゃべる。背は私よりも頭ひとつぶんくらい低く、少し高いところで結んだポニーテールがよく似合う。


 アウラに比べて礼儀もあるししっかり者だし私をバカにしないし、愛嬌もあってとても良い子だ。



「にしても、ここんとこ毎日来ちゃるね~」


「これだけ暑いと寝汗がすごいんだよ。いくら野宿とはいえある程度清潔ではいたいからね」


「そうけーえらいよなぁ、いまだに野宿でやり過ごしちゃるなんて信じられん」


 えらい、と言われて鼻が高いような気分がするが、それはちょっと違う。


「……まだ集落の様子がつかめないから、仕方なくあそこで暮らしてるだけ。あれくらいの距離で監視してるのがちょうど良いんだよ」


「でもなぁ……やっぱ野宿なんてやめて、ここで住み込みで働きなよぉ。野宿よりそっちしかエエに決まってら。ごはんもおいしいし、冷房も完備!」


 この提案を聞くたびに、ここに住み込みたさがものスゴイ勢いでやってくるが、


「いつもそう言ってくれるのは有難いんだけど、その相談にも乗れないかな。いちおう、まだ、人間を信用できてるわけじゃないからね」


 リュウちゃんだけはけっこう信用しているけどね。


「ふうん。な~~~~んかフクザツやなぁ」


「そう、フクザツなんだよ。私のこの状況はね」


 私はリュウちゃんに靴箱の鍵を預けると、女湯ののれんがかかった脱衣場へと入る。


 中には誰もいない。


 誰もいない風呂ほど気持ちよいものはない。


 正直、きった健康館の洗い場と風呂場はエルフ発電所に比べると断然狭い。内風呂の湯船なんて一度に十人も入れないのではないだろうか。


 しかし総木造の香り豊かな室内風呂に、岩をごろごろ寄せて作った小ぶりだが野趣あふれる露天に、私はなんとも言えない愛着を抱いている。


 川に面した良い景色に、源泉かけ流し。


 みるみるうちに体内に魔力が貯まっていくのを感じる。


 しかし長風呂は禁物だ。私は魔力が貯まりやすい体質らしく、すぐ供給過多でオーバーヒートしてしまう。


 そうならないようにサッと上がって体を拭き、持ってきていた新しい服に着替える。


 脱衣所から出て近くのコインランドリーに本日の洗濯物を突っ込み、スイッチを入れる。


 洗濯感想が終わるまでの間、休憩室のマッサージチェアに座ってリラックスしながらタブレットで情報収集する。それが私の至福の時間である。


 もちろんのこと、コーヒー牛乳も欠かせない。


「さて、さっきのゴブリン氏の動画の続きを……」


 と、チャンネルを確認してみると、なんと今生配信中らしい。


 こんな朝早くに生配信とは珍しい……いつもは夜中に配信しているのに……


 興味津々で配信動画をタップしてみると、


「……えーここですね。ここにいる人物にね、突撃して、本音の激論を交わしたいと思っています。中々、苦労はしましたが、えー、あっ、ここが入り口かな?」


 画質は少々荒いが、藍色の暖簾をくぐり、すりガラスの戸をガラガラを開き、ゴブリン氏は建物の中に入っていくのが見える。


 あれ、ここって……。


「いらっしゃいませー!」


 というリュウちゃんの声が聞こえ、それを追いかけるように、


「いらっしゃいませー!」


 という声がタブレットからも聞こえてくる。


 まさか……と思い、首を入り口の方に向けると、そこには間違いなく、ゴブリン氏の姿が!


 ぶっっっ


 あまりに驚いたせいで、口に含んだコーヒー牛乳を盛大に噴き出してしまった。


 着替えたばかりの服やタブレットをビシャビシャにしてしまったが、しかしそれどころではない。


 私はただ、


「な、生ゴブリン氏だ……! めちゃくちゃ嬉しい……!」


 と、呟くことしかできなかった。



(つづく)

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