第7話 整いゆく魔力
今私は温泉に浸かっているのだが……
何から語るべきだろうか……
とにかく、この世界の温泉については、いい意味で驚くことが多すぎる。
まず、その湯の量に驚愕した。
我が故郷の森にある温泉と言えば、大きめのツボにためて一人ずつ浸かるのが精いっぱいといった風情で、おまけに一度溢れさせてしまうとまた満水になるまで半日は要するという心もとないものだった。
だがこの温泉の! おおよそ涸れるとは思えないほどの尋常じゃないお湯の量を刮目して見よ!
湯船も馬鹿みたいに広く、千人が同時に入れると言われても信じてしまう。
アウラ曰く、この辺りにはこの規模の温泉がゴロゴロあるらしい。
本当ならば凄いことだ……エルフの楽園と銘打って入場料を取ってもいいくらいだろう。
次に温度と濃度。
冷たくもなく熱すぎもせず、浸かるのにちょうどいい温度の温泉が湧き出ているというから驚きだ。
「嘘だと思うなら、ほら、底に手をついてみれば分かるッスよ」
言われた通りに手を沈めてみると……
ところどころの隙間から、湯がしみだしてくるのが良く分かる。
薄める必要がない、また放置して冷ますことがない、というのはもちろんその湯の中に内包される魔力をそのまま吸収できることに他ならない。
さらに驚くことには、その効能!!
魔力の補充のみならず! 肩こり腰痛疲れ目はもちろんのこと、擦り傷切り傷なんかの外傷もあっという間に治るとのこと。
更には肌もつるつるになって言うことなし。
ああ、ハツデンショ!
なんて素敵な響き。
こんなものがある世界なら、いっそ元の森になんて戻らなくてもいいかな……
……
いや、それはさすがにダメだろう。
元の世界に知り合いを残してきた者もいるはずだ。突如としてエルフがいなくなったことで周辺種族たちのパワーバランスが崩れている可能性もある。均衡が崩れると戦が起こる。世界はそういうふうにできているのだ。
なるべく早く、里を元の位置に逆転送しなければならない。
「ふいーーーー、そろそろ出るッスかね」
「いや、もう少し、もう少し調査を……」
「
「むうう……」
この謎を解明するまで……もうちょっと……
と、フヤフヤにふやけた体を引っぱられ、私は泣く泣く湯船から退散した。
脱衣所の椅子でぼんやり座っていると、
「お次は……これッス!!!」
心地よい暖かさとと魔力の高まりに頬を上気させながら、アウラは汚い土色をした瓶を私の目の前に差し出した。
「これは……」
「牛乳と香料を混ぜた飲み物なんスけど、これが格別なんスよねぇ~~」
と、アウラは紙で出来たフタをはがし、腰に手を当て、ぐいぐいぐいとその飲み物を飲み干していく。
「あ゛~~~~~~! ……~~~くゥ~~~~~~!!! もう元の世界に戻らなくてもいいッス! これさえあれば、これさえあればッ!」
疑うよりも興味が出るリアクションに、私はごくり、と生唾を呑んで手元の瓶を見つめる。
紙のふたを開けるとき、ぽっ、と小気味よい音が鳴る。
「さあ、ぐいっといくッスよぐいっと! あ、手は腰に当てるんスよ、それが作法なんスから」
言われた通り私は足を少し開き、腰に手を当て、瓶を口に当て、
きゅ~~~~~っと、一気に飲み干す。
すると不思議なことが起こった。
私の体内に溜まっているはちきれんばかりの魔力が一気に躍動し始め、かと思えば凝集し、ひときわ強い輝きを放ち始めた。
これって魔力の増幅剤のようなものなのかな。
あとを追うように、甘く、そしてほのかに香ばしい、極上の味が体中に染み渡る。
その瞬間はたった一度しか訪れない。
そのあとは圧倒的な清涼感が頭の先からつま先までを支配する。
何か、体内の複雑な生命機能すべてがすべて同じ『生きるための方向』を向いて整列するかのような、雑多で巨大な本棚の本がすべて整っていくような快感とともに――
「す、すごいな、これ……」
私は思わずひざから崩れ落ちた。
「なんで光ってたんスか? いや、まあこの際それはどうでもいいか」と、アウラが私の手を引いて再度立ち上がらせる。「ね、たまらんでしょ??」
「私の知らないところでこんな凄い施設ができていたなんて……」
「でしょ? さ、じゃあ整ったところで……」と、アウラはまた私の先をゆく。
一旦、裸部屋から出るらしい。
「今度はどこへ行くの」
と、私が聞くと、
「次が、お待ちかね、発電所ッスよ!」
おや。
あれ。
今までの温泉は?
コーヒーギウニウでの整いは?
あれがハツデンショの主な機能ではなかったというのか?
「あれは、まあ、発電所への準備みたいなもんスよ。ここからが本番ッスよ」
あんなのが準備だなんて!
この先の発電所ではどんな素晴らしいものが待ってるんだろう!
これ以上の幸福に私の身体は耐えられるのか!?
身体の中の良質の魔力が流れが、一層早く滑らかに行きわたるのを、私は感じた。
(つづく)
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