第4話 道案内、ごくろうさま。

 唐突に、ケイトラは止まった。


「さ、降りなよ。こっからまた歩くで」


 男はそう言って先に降り、黒い道が切れた先へと進んでいく。


 ずっとケイトラに揺られていたせいか、なんとなくフワフワと落ち着かないような気持ちがする。


「この先に、エルフらがおる集落があるさけな。もうちょっと歩いてもらうで」


 と、男は言う。


 嘘では???


 と未だに疑ってはいるが、とりあえずは何も言わずに男について行く。


 私は大人しくそれに従い、また再び荒れた道を歩み始める。


「……」


 この地に転移してからずっと抱えていた焦りや不安はもう消えている。


 なぜなら、私は魔力を感じていたのだから。


 集落のみんなの気配を!


 この森の独特な魔力のせいか少し察知しづらいが、しかし近づいている、確実に!


「……名前は?」


 私は男に聞いた。


 今更名前を知ったところで何になるわけでもないけれど。


 ただ、最後に聞いておこうと思っただけ。


 この異世界で最初に出会った、不思議な落ち着きを纏ったこの男の名を。


「そっか、また言うてなかったな。俺は御坊颯太ごぼう そうた


「ゴボー、ね。歳は?」


「二十歳やけど」


「若いわね。私の五分の一じゃない」


「いや、そら、おまんらに比べたらな」


 たいして歩かないうちに、は見えてきた。


 懐かしき、わが集落の門。


 丸太で荒く作られてはいるものの、邪なものを一切拒む刻印のつけられた、邪悪に対してひときわ堅固な門である。


「俺は紀伊きい橘田きった町、ふるさと事業課の職員や。最初は研修で窓口におったんやけど、エルフが来てからは、エルフの世話係っちゅう感じやな」


「ふうん……」


 エルフの世話係とは傲慢な。


「で、おまん、名前はなんちゅうんな?」


 私はゴボーを追い越し、集落を背にゴボーを見返した。


「私は、シュルツ。絶対に人間なんかに支配されない、世話とかもされない、自立した、唯一無二の、誇り高きエルフの一族」


 御坊は口を開けたまま私をしばらくみつめたあと、


「……なんか重みがないなぁ」


「……とにかく!」私はコホン、と息をついて、「道案内、ご苦労さま」


 と言い終わる頃には、もう私はゴボーの鼻先まで近づいていた。

 瞬時に背後に周り両手を後ろ手にひねりあげる。


「な、なんな!?」


 慌てて重心が浮いたところで足を払い、地面にうつぶせにたたきつける。


「……造作もない」


 やはりこの男、特に武芸のたしなみがあるわけでもない、ただの素人。


 典型的な文官タイプの権力者だ。


 若いところを見ると、おそらくその血だけで力を得た権力者の倅、というところだろう。


 体術の心得もないこんな薄っぺらい人間、ひねりつぶすには私一人で十分。


 魔法を使うまでもない。


 後ろ手にした両手首を右手で抑え、左腕をゴボーの首に巻き付ける。


「ぐ……い……」ゴボーの口から苦悶の声が絞り出されるが、無視して力を込める。


 と、何か遊んでいるのかと勘違いしたのか、クマゴロウが楽しそうな顔で私の頬をひとなめした。


「……ごめんね、クマゴロウ。これは遊びじゃないんだ」


 最後の一締めをしようと力を入れた、その瞬間。


「おい! シュルツ! なんでお前がここに……!」


 と、聞き覚えのある声がした。


 地を這うように低く響き、森そのものと会話をしているかのような通りの良い声。


「族長……! それにみんなも……!」


 族長含む数人のエルフが、門の前に集まってきた。


 何年もはぐれていたわけではないのに、異様なまでの懐かしさが私の心を満たしていき、あやうく落涙しそうになる。


 が、まずはやるべきことがある。


「何って、私はこのゴボーとかいう男を……」


 族長は何も言わず私の襟をひっつかむ。勢い御坊を手放してしまう。


 「え、族長、何を……」


 私の言葉も聞かず、容赦なしに集落の外へ向けて放り投げた。


「いッた!!! ちょ、何するんですかッ!! いきなり投げるって意味わかんないんですけど……!」


 吹っ飛んだ私のことは無視して、族長は御坊の意識を確かめている。

 どういうこと? こんなエルフの敵相手に……


「御坊さん大丈夫ですか?」


「ゲホ……カハッ……ああ、とりあえずは大丈夫」と、御坊がやっと声を出す。


「族長、なぜ……このような人間を……」


 と、私は族長を見上げた。


「ワケを聞きたいのはこちらのほうだ! なぜ、御坊さんをこんな目に!」


「え、いや、だって……その、この男がみんなを監禁して……!」


「この状況が監禁されているように見えるか?」


 そう言われると……そうは見えないけど……


「えっと、じゃあきっと軟禁されてたのね! そんで見るに堪えないような強制労働を……」


 族長は、はああああ、と大きなため息をして、「お前はほんと、昔から何も変わらんな……」と、心底残念そうにつぶやいた。


「まあまあ、彼女もそんな悪気ないみたいやから」と、御坊が私たちの会話に水を差す。「俺は全然でんでん大丈夫ですよ、まあシュルツもこっち来たばっかやし、色々分からんでもしゃあないすわ」


「……すみません。この無礼者もわが一族の大事な末裔のひとり。お許しいただければ……」


「いや、ほやから、でんでん気にせんで大丈夫ですよ」


 御坊は私の近くまでやって来て、手を差し出した。


「……」


 私はその手を無視して、自分で立ち上がる。


 族長がたしなめるような目で私を睨んで、ゴボーに話しかける。


「御坊さん。もういいですよ、あとは私たちが話をつけますんで――」


「いや、私も発電所の様子を見に来たとこで都合いいですから。シュルツ、すまんけど、ちょっと案内したいとこがあるんで来てくれやんか?」


「……何言ってんの、ここは私の里なのよ? ヨソ者のあんたの案内なんか要るわけないでしょ」


「まあまあ、そう言わんと」


 と、御坊はふたたびのしのしと集落の中へ入っていく。


 ……あれ、この中には、邪な者――とりわけ人間は――入ることができないんじゃなかったっけ?


 族長たちの目が光る中で飛び蹴りなどを浴びせることはできないのが残念だが……私はふたたび御坊の後を追いかけた。


(つづく)

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